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『連絡会議』。
それはオーディリア先輩によるアマルリック王子をも巻き込んだ新構想。
改めて背後関係を見直すと相当厄介だ。一度立ち返って考えを整理する。
まず。そもそもの前提として、魔法爵育成学院内部には様々な対立構造が内包している。
第一に出身中学校が魔法青少年学院か外部生か。更に魔法青少年学院卒でも王都にあるガルフィンガング魔法青少年学院――中央校と、それ以外の地方校かどうかで序列が定まっている。これは魔法使い内部の歴史的積み重ねによるものであり、男子生徒あるいは卒業生の間では確固たる常識として根付いている。魔法爵育成学院卒業生は、お父さんの代の一期生を輩出してから既に30年以上経過している。
とはいえ、その対立構造は女子生徒の間には持ち込まれていない……ただし、これはオーディリア先輩の仕込みの結果であることは聞いている。そうか、そこも繋がっていたか。
そして、男女の話が出てきたから別の対立軸として男子生徒と女子生徒。とはいえ、魔法爵育成学院では昨年から女子生徒の入学を解禁したことと、そもそもの絶対数が全く異なることから対立というよりかは手探り状態であるし、規模からすればほぼ相手にされていないと言っても良い。
3つ目。所属部による対立構造。とはいえこれは兵部とそれ以外の部で、卒業後の魔法使い中枢での昇進に影響があるということで、この時点で兵科に進む生徒の政治的優位性を他科の生徒は概ね認めているので対立とまではいかないかもしれない。とはいえ、個々の部の専門性は高いのでそうした独占的領域を損なうような振る舞いをすればその限りでは無い。
4つ目として兵部内限定の話となるが、クラス編成による対立構造。
魔法爵育成学院のクラス編成はトップクラスである儀仗組と、色で構成される4種――赤組・青組・緑組・黄組に分けられる。これはある種本題であり同時に厄介なので後述する。
最後に身分制度や経済的な格差といった面も対立構造としてある。だが、まあこれは一般社会でもよくある話だ。しかし、これが出身校による格差と混ざると途端にややこしくなる。即ち、中央校出身の平民と外部生の貴族子息はどちらが学院内で偉いのか? とか、もっと面倒なのが同じ平民でも中央校出身の商家跡取りと、地方校出身の元騎士・従士階級の出自の生徒では同じ平民だからといって中央校出身者が確実に優遇されるのか、と言えばそうでもあるし、そうでない場合もあるとしか答えようがない。
ケースバイケース、状況次第でこの上下関係は流動的に変化するのが煩わしい限りである。
しかし、そんな関係性を明瞭にする1つの手段がクラス編成――つまり儀仗組の問題だ。儀仗組に任ぜられる生徒は学院側から『格別な配慮』の必要があると判断された生徒が主体で同時に、その格別な配慮を要する生徒とクラスメイトとなっても問題が無いと判断された生徒が所属できるクラスであった。なので、この諸々の対立構造を踏まえた上で何が一番偉いかという指標に対する答えは、基本的には『儀仗組』の生徒となる訳である。
勿論、その区分に問題が無いわけでは無い。色の名を冠するクラスの統率者になってもらう意図として中央校出身でも儀仗組ではない生徒もいる。そうした生徒が儀仗組に残った中央校出身者よりも出来が悪いかと言われれば必ずしもそういう訳では無い。と、このように例外はあるのだ。
しかしそうした例外を踏まえても尚、区分として『儀仗組』の生徒と他の生徒という分け方が分かりやすいがために浸透しているのだ。
……で、ここまでが魔法爵育成学院の生徒と魔法使いの共通理解の話。
ここからはそこに加わるトッピング――『片翼党』と『王子』の双方の考え方が入り乱れる。
まず大前提としてこの国の魔法使いには学閥という枠組みと、魔法系学院が出来る以前に魔法使いとなった旧来の魔法使いという2つの勢力があることは周知のことであろう。
ローザさんも所属する片翼党はレーヴンヴァルト州出身者派閥である。出身者派閥ということは魔法系学院卒業者も旧来の魔法使い側の人物も混在していた。それが故に、軍縮時代を乗り越え今でもこうして影響力が残され続けている。
で、その片翼党の実質的な後継者として着目されている人物がフルドウィグ・ノーマン魔法教育統括部総務部長。魔法系学院の運営を預かるキャリアに所属しているのだ。
そして一方で王子は、儀礼爵位であり同時に魔法使い最高位の魔法爵位でもある『魔法大公』を有する片翼党の2代目棟梁に師事されている。
だからこそ『片翼党』としては、このタイミングで教育制度改革を推進して、それを次期後継者の政治的な得点にしようと画策した。
他方、王子はそうした『片翼党』主導で教育制度改革を行われることに不信感を抱き、その改革を実質を伴わないよう骨抜きにするために、敢えて推進派に回り全面的に賛同する立場をとった。……露骨に反対すれば、場から外されイニシアティブをとれなくなることを見越したうえで。
そこでオーディリア先輩は自身と女子生徒をこのタイミングを逃さず高値で売り付け、王子と同様に改革賛成の立場に座る。
ここで考えてほしい。王子とオーディリア先輩はどちらも王都の魔法青少年学院――中央校の出身者である。
一方で、片翼党は西方のレーヴンヴァルト州に地盤を置く地方派閥だ。つまり全面的に片翼党主導で改革を行わせた場合に地方校に有利な条件になることはある程度察しが付く。だからこそ中央校の権勢を保持するために王子とオーディリア先輩は結託している、そんな見方も出来るのだ。
というところまできて、話を『連絡会議』に戻すことができる。
片翼党と王子・オーディリア先輩側で最大の争点となるのが出身校による対立構造。それを緩和する目的で設置されたのが『連絡会議』となる。
改めてその組織の概略を説明すれば、中央校出身者・地方校出身者・外部生そして女子生徒の代表生徒の4名とその上に『御臨席』という形で王子に君臨して頂いて学内の諸問題を審議するというものだ。
まず『連絡会議』設置の目的としては建前は教育制度改革であるが、実態は『兵部の』制度改革なのである。だから大前提として『連絡会議』の存在そのものが兵部の優位性に依拠するものであり、兵部と他の部の政治的影響力の格差を是正する目的には無いということだ、これは魔法使いの政治勢力を考慮する上で基本的な事項となる。通信兵や衛生兵、獣医や軍楽隊など兵の指揮以外にもスペシャリストは多岐にわたるものの基本的に魔法使いにおける権力争いの場に姿を見せるのは一般部隊の指揮統率が可能な人間だけだ。
そして目に付くところで大きなところは『女子生徒』代表。これは主導的立ち位置で動いたオーディリア先輩への恩賞であるとともに、父に学閥の旗頭的人物、友人に片翼党員を抱える私という存在を王子が取り込むために用意した将来的な懐柔策への布石と見るべきだ。学院全体で見れば1学年300人、兵部だけで見ても150人を誇るこの魔法爵育成学院において女子生徒の比率は圧倒的に少ないが、それでも『連絡会議』に1議席を充てられたという意味は推して図るべきであろう。
そして人数比という考えに着目して考えるのであれば、中央校出身者と地方校出身者の人数比率もまた地方校のが圧倒して隔絶しているのにも関わらず、ここも共に同様の権限を付与しているという点だ。つまり生徒数比で割り振った場合に権勢が確定する地方校出身者を阻害する目的があるということ。即ち、そういう意味合いでは片翼党側の目論見を阻止する意図が『連絡会議』設立には働いていると見て間違いはない。
で、ここでようやく本題だ。女子寄宿舎として新聞購読の可否を『連絡会議』にて議題に挙げる。
購読そのものはお父さんとの会話の中で提案されていたもので、私に対する情報遮断への対抗方策であると同時に、私がケアレスミスで見落としが発生するのを防ぐ意図でもって得られた知見であったが、これを『連絡会議』を通すとなると更なる意味合いが付加される。
まあ、そこまで複雑な話でもない。設立してまもない『連絡会議』に対する分かりやすい実績作りのデモンストレーションを行う議題としては軽いという点だ。
たかだか女子寄宿舎で新聞を取るくらい、別に私費でも出来なくは無いことを学院側に出させるというプロセスを噛ませることで『連絡会議』がそうした実務裁定の場として機能することを示す。それにかかる費用は微々たる額なのだから、それを議論する生徒代表の心理的障壁は少なく、またその辺りの意図を汲み取れない者であれば当事者意識すら無いだろう。「別に大して金のかかる事でもないし、女子のことだし、勝手にやっていれば良いのではないか」と、そんな考えに至るのも無理はない。
そして『連絡会議』から挙げられた陳情に対して学院運営側も、この程度のものであれば、と通過する可能性が高い。元々魔法爵育成学院上層部よりも更に上位組織たる魔法教育統括部からの思惑が働いていることで、組織として拒否に動く可能性が低い中で、あからさまに重要性の低い案件が来たともなれば、そのまま可決で流すという計算は入れての提案である。
で、ついでに提案内容の中身が新聞という面も批判避けを意識はしている。例えばこれが単なる遊具・玩具の提案であれば難色も示されただろうが、そうではない。こちらに反対されたときに「教育機会を奪うのか」という使いやすく分かりやすい反論材料があるというだけで、安易な反対意見を事前に封殺できるという算段だ。
――というここまでの考えを一瞬で読み取られての先のオーディリア先輩の発言に立ち戻るというわけである。
そして先輩は口を開き、考えを吐露する。
「……悪くは無いと思います。『女子寄宿舎でやるなら男子寄宿舎でも』という声が挙がりかねないという懸念点がありますが、魔法使いの予算は拡充される予定という話は伺っておりますのでそれでも問題は無いでしょう。
取り寄せる新聞も魔法使い機関紙を入れていくつか見繕えば良いですね」
あー……、女子寄宿舎だけであれば1部で済むが、男子生徒が同様の待遇を望んだ場合が多少面倒か。1寄宿舎に1つという配分を行うのであれば男子寄宿舎は10棟あるのだから10倍、人数比をも合わせるとなると6人当たり1部で単純計算で150倍。
ここまで来ると予算上の都合で単純に押し通しにくくなるが、それでも先輩の裁量であればやり通せるという判断なのだろう。即座にデメリットを考慮した上で、それすらも問題ないと断言できる胆力が心強い。
で、さり気なく魔法使い機関紙を入れるという卒の無さ。新聞関連にも魔法使いの利権があることを頭からすっぽりと抜けていた。そういうケアを先輩は見逃さない。
「――それで。ヴェレナさんとしては、『連絡会議』に議題へ挙げる時に、あなたの意見として出せばいいのかしら? それとも『女子生徒の総意』として? あるいは、私の意見としてもいいのでしょうか」
更に続けられた先輩の言葉について私は一旦考える。
てっきり先輩が勝手にその辺りはやりやすいように弁明すると思っていただけにあまり考えていなかった。まあ、総意とした方が意見は通りやすいのかも。
「差し支えなければ、総意ということにしてくれれば……」
「……あのですね、ヴェレナさん。そろそろ、自分自身の個人の利益と、女子生徒という枠組みの利益については別個に考えた方がよろしいですよ。
無論、利益には責任も伴いますから、そこまで考えた上で総意を選んだということであれば、私からとやかくは言いませんが、あなたは今単純に意見が通るかどうかで個人の利益を捨て去ろうとした……そうでしょう?」
私はその言葉に何も言い返すことが出来なかった。
利権誘導の類はオーディリア先輩の専売特許であるが、私に対しても少なくとも自分に対しての利益を確保することを薦めてきた。『連絡会議』関連は全て先輩の手柄にすることもできるのに私の教育も兼ねている。……これが善意から来るものだと理解は出来るが、同時に善意『だけ』の産物ではないことも流石に分かる。
オーディリア先輩にとって望ましい私の立ち位置は、必ずしも従順で対立をしないことが求められているわけでは無いのだ。
その一部始終を見ていたイダリア先輩がぽつりと一言。
「……オーディリアちゃんのヴェレナちゃんに求める水準高くないかな!?」
「まあ、そりゃあね。この子との付き合いは魔法使いの中だと一番長いですから」
私は何とも言えない表情で苦笑いすることしかできない。ある程度はオーディリア先輩に気に入られてはいることは自覚しているし、そういう側面があるからこそ要所要所で私に物事を教えるかのような動きをされていることも理解しているからこそ強く言い出したり、イダリア先輩に同調することはできない。
そして、そんな内面は私の見せる表情からオーディリア先輩に対して大方察せられているわけで。
それは、確かに信頼感と呼ぶべきものが形成されている……とは思う。
そんな空気感の中、突如オーディリア先輩は思い出したかのように語る。
「……ああ、そうでした。先ほどのお話の中で少し関係することが出てきたので2人には先に話しておきましょうか。
魔法使いの予算が拡充される関係で、去年延期となっていた女子の野営演習の課外授業……。場所の目途が付きましたので、今年の3月に行うそうですよ」




