8-3
年末年始の帰省期間が終わり、魔法爵育成学院の女子寄宿舎は、先輩4人とローザさんと私の6人が揃い踏みした。
その中で北方のローヴェクセル州出身の騎士階級であるイダリア先輩と、西方の大都市たるヴァンジェール州州都・ラルゴフィーラの隣にある州であるレーヴンヴァルト州で魔法使い内部の出身者派閥『レーヴンヴァルトの片翼党』に所属しているローザさんの2人も、年末年始のこの時期は実家まで帰省したとのこと。
この国で『騎士』を正式に名乗れるのは、森の民が統一した際に領主に仕える直臣クラスの一代爵位である『騎士爵』に準ずるため、その数は領主に付与された貴族爵位程多くは無いがそれでも限られている。
だからこそ、地元ではかなり名の通った名家なのだろうとイダリア先輩の実家・アーミンヒルト家の推測を立て、それであれば確かに帰省費用くらいは問題にもならないだろうが、一方でローザさんは話を聞く限りだと本当に一般庶民の出のようだ。
確かに考えてみれば、王都の魔法青少年学院卒の私と先輩3人衆は全員身分制度上では平民ではあるけれども、私は元従士階級で大学教授の子、ビルギット先輩も元従士だが実家で馬を飼い分家の人間を使用人や護衛として扱える程の家系、オーディリア先輩もその才覚と人脈で忘却しそうになるが『家』として考えれば開業医の家の出身者。
ラウラ先輩が皮革産業の街ハウトクヴェレの出身でこの中では唯一として一般庶民どころか経済的困窮者の生活に直結するところに身を置いているが、それでも彼女自身は郷里では『お嬢』と呼ばれる街の代表者としての側面も有している。
何だかんだ言っても私達4人は、少なくとも自分自身の家が金銭面で困るケースが多くない。
そういう意味では私の出会ってきた女子魔法使いの中では、ローザさんは異質と言えば異質だ。週末を使って家庭教師のアルバイトをしているのも他に理由があったとしても、生活費を稼ぐという意味合いもあったと話していた。
王都から西方の大都市たるラルゴフィーラまでは寝台特急を使って私達はかつて旅行へ赴いたことがあったけれども、そのときだって夕方に出て翌朝に到着するという程の距離がある。
ローザさんの場合そこから更に地元まで移動する必要があることを踏まえれば、帰省をするというだけでもかなりの時間と費用がかかるということは想像に難くない。
決して出せないというほどに高額な金額では無いが、この情勢の中で女の子1人で長距離移動するのだろうか。
……いや、誘拐などの犯罪に巻き込まれる危惧という意味ではなく。王都では路面列車がストライキで一部運休をしていた。だから長距離を走る特急列車などもそうした労働争議の影響で止まったり、あるいは途中までしかいけなかったりするかもしれない。で、『世界繊維恐慌』の影響は繊維産業にだけに留まらないから道中で泊まれる場所を探しても宿泊施設そのものがストライキを行っていることも考慮しなければならず……そういった諸々の懸念事項を突き詰めて帰省計画を立てるとなると労力がすさまじい、というわけだ。勿論経由地が増えれば増える程に時間も費用も更にかさむ。
と、ここまで考えるとローザさん自身がよく帰省に踏み切ったな、と思いつつ、その直後に気が付く。ああ、これは『片翼党』側で善意なのか裏があるのかは知らないが『支援』はされているだろうな、と。
そんな帰省後の一幕。
*
「……あっ。ローザさんお帰りなさい」
私が魔法爵育成学院へと戻った翌日の夕方にローザさんは帰ってきた。
「ぁ、えっと只今戻りました……?」
「って、すごい荷物だねローザさん……。意外」
「ああ、これは……。故郷で色々と持たされまして……。
持ち帰れないから、一度『片翼党』の王都支部の会館宛に送ってもらったら、学院まで転送してくれたみたいで、私は学院の本棟で受け取って持ってきただけですよ」
流石、地域派閥に属しているだけにそういう細やかなところのケアは然りとしている。
「あっ、そうでした。ヴェレナさんにはお土産です」
そう言って大仰な荷物の中から小瓶を1つ取り出し私に渡す。
「えっ! ローザさんありがとう。
それで、えっと……これは……粉?」
中には茶色とも土色ともつかぬ色合いをした粉が入っていた。何だろうこれ。
「はい。私の故郷で作られている『魚粉』です。
ちゃんと卸売用の在庫のものを貰ってきましたので、品質は保証できますよ。
汁物料理の出汁として使うと味に深みが出ます。ヴェレナさんもたまに寄宿舎の台所で料理をしている姿を見かけましたし、去年は色々と『魚』でお世話になりましたからね、そのお返しです」
確かに、『水族館』のことで色々あったからなあ。そう言えばローザさんは私よりもしっかりと料理をするタイプの子で、前にトラウトという魚を買ってきて自分で捌いてマリネを作ったりしていた。
で、地元で魚粉を作っているということは、この世界には海は無いから、湖や川などが集落の近くにあって漁業も行って生計を立てているのだろう。だから水産加工品の類をこうしてお土産に持ってきているのである。
「……と、なると。原材料はトラウトだったり?」
「確か卸売に回すものはそうだったと思います。混ぜる前の所から取ってきたので。
臭みが強く食べるのに向かない魚でも魚粉にしてしまえば、家畜の飼料や畑の肥料にはなりますので」
やっぱり、ローザさんの地元ではトラウトが水揚げされていたということになる。
しかしさらりと『混ぜる』と言われて驚いたが、この世界では食品偽装のハードルが低いことをすっかり忘れかけていた。ラウラ先輩の地元でも非可食部位を食すなんてことはあったが、ローザさんの方は飼料用の魚粉を混ぜてかさ増しを行って売る、ということを行っているらしい。
でも品質のために一度種別ごとに粉を分けているということは、混ぜ物をしないでそのまま高額で売り出す商品もあるということだ。水揚げされた魚を種別ごとに分けてから粉にするという過程をわざわざ踏んでいるということは、逆説的に混ぜ物をしない選択肢もあるということ。
最初から低品質の怪しいものとして売るのであれば、どんな魚も一緒くたにして粉にしてしまう方が作業工程的には楽なはずだからだ。そういう意味では、混ぜ物を売っている面もあるが、この世界では良心的な部類に入るのだろう。
「……で、1年ぶりの地元はどうだった、ローザさん?」
そうしたこの世界の食品の実態に恐れおののいているのを隠すために転換した話題に対して、ローザさんは殊の外真剣な表情となり呟く。
「――ラルゴフィーラやその他の都市に働きに出ていた人が少し戻ってきている、とそんな話を耳に挟みましたね。ぁ、まあ年末年始ですので戻ってきている人も多かったのですが。
一応私の故郷であれば、豊かでは無いですけれども飢える……ということは無いですから」
それはすなわち失業したり賃金が減らされて生活が厳しくなった人が、実家の家業を頼りに地方へと戻ることを余儀なくされたということだ。この魚粉が示しているが、共同体として漁業を行うノウハウがあり、各家庭も畑などで作物を育てているだろうことを鑑みると、成程供給不足となっている職を探し続けるよりも食べて行くことを考えれば地元の方がまだ何とかなる、という結論を出すのは分からなくもない。
「それは……えっと……」
「……あっ、そうでした。その魚粉はちゃんと冷蔵装置の中で保存してくださいね。そうすれば結構持つと思いますので」
私が何か言おうとしたら、その言葉を遮って話を魚粉に戻すローザさん。
何かを察したのか、あるいは追及されるとまずいことなのか、それともただの天然なのかは分からないが、そこで話は途切れてしまう。
*
「ラウラ先輩……冷蔵装置の中、果物増えましたね……」
「そうかー? 別にウチとしてみれば……ああ、確かちょっと安くなってたっけか。だから普段よりも余分に買ってたな」
先ほどローザさんから貰った魚粉を冷蔵装置に入れておこうとキッチンまで足を運んだらダイニングチェアにラウラ先輩は座って机の上にドライフルーツの広告紙を並べて吟味していた。何してんだこの人……。
で、冷蔵庫を開ければいつも以上に溢れかえっていた果物に目が付き、どうせラウラ先輩が買ってきたものだろうと追及すればあっさりと明かす。
「ヴェレナこそ、その手に持ってるやつは何だよ……って瓶詰めか、これ」
「うわっ、ラウラ先輩! いきなり後ろから手を回さないでくださいよ。
……先程、ローザさんからお土産として頂いたものですよ。常温だと痛むらしいので入れておこうと。
そういえば、ラウラ先輩も帰省していましたけれど、ハウトクヴェレはどうでした?」
いつの間にか私の背後に立っていたラウラ先輩に向きかえり質問を重ねる。
するとラウラ先輩、一瞬考える素振りを見せて、その後若干周囲を警戒した後にこう切り出した。
「……まあ、ヴェレナなら知っているだろうしいいか。
正直、状況はあまり良くないな。ほら、前に話しただろ? 『森の民金融恐慌』のときに仕事を失った銀行員を拾ったってやつ。
あの手の話が拡散されたのか、一時期そこら中から新参者がやってきていたみたいでな」
銀行員の話はあれか。ラウラ先輩に女性魔法教育門戸開放の話を当時伝えて、この先輩が魔法使いへの道を歩み進めるきっかけを作った人物。
確か、あのとき適当に経理として雇ったと言っていたが。それはどのような形であれ『不況時に失業者に対して仕事を斡旋した』という事実に他ならず。
それが今回の『世界繊維危機』において、流布された結果希望を求めた失業者がハウトクヴェレの地に殺到するというのは、分からない話ではないが……。
「でも、そうなっても提供できる仕事には限りがあるはず……。
対策はどうしたのですか?」
「あー……まあ。ウチらも自分らの生活で手一杯だし、繊維が打撃を受けると厳しいってのは……分かるだろ?」
「……ええ、まあ。そうですね」
言われてみれば単純な話。ハウトクヴェレは皮革産業の街である。
繊維業界全体が低迷しアパレル産業が虫の息となっている現状で、皮革だけが化学繊維による価格破壊の影響を受けない、とは考えにくい。天然繊維程に直接的な打撃を受けないとは思うが、流れ弾は十分にあり得る。
「ゴダスカルクがアンセルム爺を飯屋から引っ張り出して自警団を組織して……新参者を追い払い、街の外周の警備を強化した。
そんでウチは、ゴダスカルクに引っ張られて行政に事情説明して傭兵ではなくあくまで扶助組織だと説明して、課税逃れをしていた」
えっと。ゴダスカルクさんが確か正規の弁護士資格を有しているけれども、見た目が怖かった人で、アンセルムさんは居酒屋っぽい食事処で独特な臭いの煮込み料理を出していた先輩の祖父に仕えていた元傭兵副隊長のお爺さんだったはず。
で、傭兵団の復活ではなく自警団を作り、ラウラ先輩は私兵に対する課税を逃れるために事情説明と。何ともまあ……。
*
「失礼します」
「あっ! ヴェレナちゃん、お久しぶり……会いたかったよー!
……でも、珍しいね。私達の私室にヴェレナちゃんが来るとはね」
……いきなりイダリア先輩に抱き着かれたのだけれども。
私が訪ねたのは、女子寄宿舎のオーディリア先輩とイダリア先輩の部屋。
目線でオーディリア先輩に助けを求めようとしたが露骨に目を逸らされた。非情すぎる。
「……えっと、あの。お久しぶりです。イダリア先輩も帰省していたのですよね?
実家はどうでした?」
最早テンプレートと化した実家帰省トークを繰り出す。
すると私のことを抱き着く手は全く緩めずに、表情だけを曇らせて語る。結構頑張ってホールドから抜け出そうとしているけれども体幹が良いのかびくともしないんだけど。
「それが聞いてよ、ヴェレナちゃん! 前に染料の錬金術工場を拡張したって話したじゃない? そこが最近の景気不振で操業停止しちゃってね。
新年早々、領主邸に直臣衆が出仕することになって……。お父さんと一緒に登城したのだけれど、炊き出しの命令を拝命したから帰省中はゆっくり出来なかったのよ!」
「そ、それは大変でしたね……」
「分かってくれる、ヴェレナちゃん優しい! オーディリアちゃんなんて興味ないってバッサリだったのに……!」
いや、実際大変だと本心から思っているのだけれども、それよりもツッコミどころが多すぎる。
オーディリア先輩の無関心さもそうだが、領主の下に直臣が出仕だとか、登城だとか、命令拝命だとか、この人の故郷だけ世界観が時代劇なんだけど。
統一前の群雄割拠の領主が各地域を治めていた時代の風習がそのまま残っているじゃん。でも、それが炊き出しという弱者救済の安全弁として機能しているのだから、一概に形骸化しているというわけでもないのが。
「……で、ヴェレナちゃんはどうして私達の部屋に? いや、用がなくても来てくれて構わないのだけれどもね!」
久しぶりに相対したからイダリア先輩の私に対する好感度が高すぎないか、と思ってしまったが、この先輩は誰が相手でもこんな姿勢で接しているのをこの寄宿舎内で目撃しているから私が特別なのではないと思い直す。
「あっ……オーディリア先輩に用がありまして……」
私がそう言えば、抱き着いて来ていた腕の力が弱められて解放される。
そして、今はじめてこちらに興味関心を向けたかのように、オーディリア先輩が私達の方へと向きかえる。
「……聞きましょう、ヴェレナさん」
特別、という意味で言えば、実際のところオーディリア先輩は私に対して結構優しい気がしないでもない。いや辛辣な場面を切り取れば割とあるけれど、それでも他の人と接しているときよりも私に対しては相対的に興味を持ってくれていることが多い気がする……多分。
「……実は、女子寄宿舎として新聞を購読することが可能か聞こうと思いまして」
オーディリア先輩相手であれば、この一言で概ね察してくれるだろう。この場には『生徒会選挙』から連なる一連の出来事に無関係なイダリア先輩が居ることから万が一を考えて言葉を濁しておく。
すると、まずイダリア先輩が声を発した。
「……あれ? ヴェレナちゃんって別に自分で新聞を購読すればいいんじゃないの? お金には困ってないでしょ」
「イダリア、貴方考えていることは正しいのだからもう一歩踏み込んで考えなさいな。
ヴェレナさんが私に対して新聞を取ることなどの許可を求める。
……『連絡会議』に議題として提起して欲しいって魂胆……でしょう?」




