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8-2


 ふと、書斎の木枠で仕切られた窓を見やる。

 不透明なガラスなので外の様子を伺いにくいが、雪が風に舞ってちらりちらりと降っている。


 そのような寒々とした外の景色を見つつ、お母さんが買い物に出る前に用意していたお茶を湯気が出ている間に一口。

 すると口の中にはふわっと甘さを感じつつも、しっかりとした透き通るかのような二重三重の香りが爽やかに通り抜ける。その芳醇さとは裏腹に茶葉本来の味は若干濃い目であり少々苦味すらも感じる。

 しかし。それがかえって重厚さを演出し複雑な口当たりと香りが全身の緊張をほぐし安心感を増大させる。


 お母さんが良く飲んでいるジャスミンティーとはまた違ったお茶の楽しみ方。

 そう、桂花けいか烏龍茶と呼ばれる花茶は、ウーロン茶の茶葉に桂花――キンモクセイの香りをジャスミンティーのように付加しているのである。


 そして私がお茶を堪能したのを見計らってか、お父さんが話を再度仕切り直す。


「――そういえば、ヴェレナから聞いたときには判断に悩んだから話していなかったが……魔法使いの強硬派を率いて宰相になる話。あれが、どうも腑に落ちない」


「……というと?」


「従来の魔法使いの昇進速度と合わない、ということだ」


 まずゲームの悪役令嬢・ヴェレナの年齢は良く分からない。が、アマルリック王子と主人公が同級生であるという描写は為されていたので、その前提が崩されていなければ私の年齢と主人公は同一と見て問題がない。

 としたときに、私を敗戦へと導くことになる魔王侵攻は、細かい年齢までは覚えていないが主人公側のスケジュール的には20代後半から30代にかけてとなるはず。少なくとも間違いなく40歳になる前だ。確かwikiに書かれていた情報では、ゲーム内時間で最大プレイ期間は40年はいかなかったはず。最早うろ覚えに近いので、この家の自分の部屋に置きっぱなしにしていたメモ書きを取ってきて広げてみれば『38年』と書かれていた。多分、その最長シナリオが私がプレイしたものという可能性は低いのでもっと短いはずであろう。しかし、明確なタイムリミットがこれで設定される。


 だからそこから逆算すると、私が宰相に就任するタイミングもある程度透けて見えてくる。どんなに遅くても30代前半には宰相としてこの国を掌握、そして王子と婚約していなければシナリオとして破綻が生じる。


 宰相そのものは、実は年齢による規定はない。被選挙権による制限を受けないのかと思ったが、この国の宰相は別に必ずしも政党政治家や議員から選出されるわけではない。無論、一応の慣例として与党の党首が就任することにはなってはいるが例外も既に多くある。暴行事件を受けたコンラッド前宰相などは、後々多元民衆党の党首とはなったが、宰相任命時は更に先任の宰相からの直接指名であった。

 だから、宰相就任にはある程度の自由裁量権があることからゲームシナリオ上でまだ政治の道では若すぎるヴェレナが就く整合性が取れている。


 お父さんは続ける。


「問題は『魔法宰相』と呼ばれていたという部分だ。この肩書きというか異名をどう捉えるかは難しいところだが魔法使いを掌握していると考えるのが自然だろう。

 となると、魔法大臣職を兼任することが条件として考えられるが。問題は魔法大臣の任命には魔法侯爵以上の魔法爵位を有していることが目安となっている。


 だが30代前半では、どれ程上層部に気にられていようとも魔法子爵が限界だ」


 つまりは魔法使い側の仕組みに起因する問題だ。

 魔法爵位は、軍隊の指揮に関しての目安としても機能する。私が今通う魔法爵育成学院を卒業すれば魔法準男爵が叙爵される。そこで18歳。

 そうすれば魔法子爵までは最大で昇進することが出来るが、そもそも魔法準男爵と魔法男爵との間の溝が大きい。一応年功序列の側面もあるので一定の年齢に達すれば一律で昇進しないわけでもないが、それでも10年以上はずっと魔法準男爵として魔法使いにおけるキャリアを積み上げることとなる。


 また大学課程となる魔法学院を卒業すれば魔法子爵よりも上――即ち魔法子爵、魔法伯爵、魔法侯爵、魔法公爵への道が開かれるが、それが役に立つ頃には子供はおろか下手をすれば孫も居るくらいの年齢になってしまいかねない。


 魔法大臣任命条件の魔法公爵とは、魔法準男爵から魔法男爵、魔法子爵、魔法伯爵と超えた先にあり、お父さんの話す30代前半での限界キャリアである魔法子爵では魔法大臣には全く届いていない。


「じゃあ、どうやって……」


「……つまり、正規の昇進手法でない抜け道を使った可能性が高い。あくまでこの国の現在の官制に則って考えると……だ。


 ――儀礼爵位でもあり貴族院への議席も付与される一代爵位でかつ、魔法爵位の最高位たる『魔法大公』を王家から顕彰された可能性が最も自然となるのだが。


 ヴェレナ。その物語を真として捉えるのであれば、一体何をすればそこまでの栄典が約されるのだろうかね?」



 ここに来て、『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』の悪役令嬢、ヴェレナ・フリサスフィスは、この国の魔法使いの最高位『魔法大公』を王家から特例で、しかも30歳になるかどうかという若年で与えられている可能性が浮上する。

 だが、これで繋がるものもある。ずっと疑問であった『王族との結婚は貴族院当院資格を有する家格が必要』である点。『魔法大公』という魔法爵位は、貴族とは異なるものの貴族院への議席が付与される。断定は出来ないが、平民でありながら悪役令嬢として婚約へ至るための仕掛けの一端――それがようやく見えてきた。



 ……だが。ゲーム中でこのヴェレナ()という人物は一体何を成し遂げたのだろうか?

 魔法使いの最高位など易々と渡せるものでもなかろう。栄典を納得させるだけの理由が分からない。


 そしてこの国は、そんな称号を易々と平民出身の一魔法使いでしかない女性に明け渡すとは何が起こっていたのだろうか。




 *


 私がお父さんの疑問に対しての回答を持たないことを、返答が無いことから察してかお父さんは話題転換を図る。


「……で、話を戻すが。ヴェレナに手駒なく情報が遮断されるとなす術が途端に限られてしまう件についてはどうするのか?」


「うーん……。子飼形成はあまり気が進まないのだけど」


「……まあ、他に手が無いわけでは無い。

 要は自分に情報が入れば良いのだから、女子寄宿舎で新聞を取ればいい。

 そうすれば、少なくとも新聞に書かれているくらい水準の情報を取りこぼすことも無いし、寄宿舎生を巻き込めば万が一自分で見落としても誰かがカバーしてくれる可能性も高まる」


 そう言われて私は少し考える。

 自分で購読するのではなく、寄宿舎全体で新聞を取る。


 そうすれば、先輩4人とローザさんを巻き込める。そうすれば例えばオーディリア先輩が私に対して新聞に載っているような情報を遮断しようと思っても、他4人全員に口止めを行わなければならなくなる。それを怠れば偶然による情報の流出を避けられない。

 確かに、そう考えれば有効な方策ではある。でも。


「何かお父さんっぽくない」


 その辺りの情報遮断をケアするという手法は何というか派閥対策感があり、お父さんの思考過程にはあまり無いものだと思っていたが。

 その手の小手先が出来る人物なら、そこまであっさりと左遷されることも無かった気もすると考えてしまう。


「まあ、気が付いたのは大学教授になって、学生たちと情報共有しておけば自らの過失を指摘してくれることも稀にあったことから思い付いたものだからね」


 ……ああ、そっちなのね、何だか納得。

 見落としを防ぐ手法として多くの者と共有することの大事さの方か。そりゃ自分で購読しろとは言わない訳だ。


 そして何となく気が付いてしまう。

 これがそこまで悪手ではないことから、私が検討することをお父さんは読んで発言はしているだろうということと、更にその裏にある『子飼の形成』という手段を取らせないために、子飼に関しては問題があることを敢えて包み隠さずに告げた上で、本命ともいえるこの『女子寄宿舎新聞購読』の話を後から持ってきたことに。


 それは間違いなく私に対して後者の手段を取って欲しいという感情が乗せられていることまで把握は出来たが。

 だからといって、そういった裏の思惑に反発して反対する程のことでもない。実際検討に値するものなのだから、ここはお父さんのやり口に乗せられておこうと気が付いたことは話さずに後者の手段について今後ゆっくりと模索することとする。



 何となくお父さんについても分かってきたな、というところで改めて爆弾を落とされる。


「――で。ここまでは前座だろう。今回わざわざ私とこういう場を設けて聞きたかった……いや、相談したかった悩み事は何かな、ヴェレナ」


「え……どうして、それを……」




 *


 私がお父さんの思惑をある程度読むことが出来ていたのとともに、私の思惑は逆にお父さんに筒抜けであったことが分かる。


 ――そう。私が初心に立ち返り両親、それもとりわけお父さんの力を借りなければならない必要があったのは別の『悩み』が起因している。

 そして、それは今の状況とも大いにリンクする悩み事なのである。私は心中にずっと秘していた想いをここで吐露する。



「ねえ、お父さん。……ヴェレナが、わたしである意味って。わたし転生者わたしである意味って。一体何なのだろうね……」


 『世界繊維危機』という恐らく重大かと思われるターニングポイントを前にして私は行動しないことを選択した。

 これが悪役令嬢であるヴェレナ・フリサスフィスがもし何とかできるかもしれない手段を、私のように知っていれば彼女・・も動いたのだろうか。

 あるいは、私ではない別の人間が転生者であったのならば、その人は行動することを選択したのだろうか。


 いや、それだけではない。

 それ以前に私はソーディスさんに、オーディリア先輩に、ルシアにも今回の『生徒会選挙』とそれに付随する様々な一件で大きく翻弄された。2度目の人生というアドバンテージがあるのにも関わらず、私はそれを今の今まで上手く活かすことが出来ていない。

 ……確かに、この世界に来て。様々なことを経験し、学び。私自身成長したとは思う。少なくとも、アプランツァイト学園生として世界に触れ、周囲に『勉強会』の面々を始めとして交渉に長けた人物が居なければ、私は人の裏の思惑や意図を読み取ろうとは考えもしなかったと思うし、それが不完全ながらも少しずつ彼女らの考え方を通じて私も変わってきている、成長してきている実感はある。


 けれども。私の成長以上に、私の周囲は飛躍的に、急速に、著しく成長を遂げているのだ。

 そんなとき私は前世知識やゲーム知識の傀儡とならぬように、けれどもそれらを参考にして――1度目の人生経験という預金を崩しながらやってきたつもりだった。けれども……それは破綻しているのだ。

 転生者・・・としての知識が明確に私の進退に役立った場面が、結局のところ初等科時代の学業成績ぐらいではなかろうか。その勉学ですらも、高校課程としては最高峰に近い魔法爵育成学院では、最早まるで歯が立っておらず次席としてちやほやされていた時期は何処やら、付いていくのが手一杯となっている。


 そうしたときに私は。自己同一性確立の拠り所として考えてしまうのだ。最早、転生者である意味は全く無いのではないか。

 ……1度目の人生を送ったヴェレナ・フリサスフィスではないの人格など、本質的には全く不要であったのではないか、と。


 わたしヴェレナではないことの価値は、が悪役令嬢になることを知っているということ。だが、今の今までわたしは、それを回避するための手立てを打つことがまともに出来ていない。

 仮に宰相に就任するのが30歳として、今は15歳。既に折り返し地点までに来ているのにも関わらず、わたしは何もやれていない。


 ――わたしは本当に、必要であったのか。と思うことさえ度々あるのだ。


 そしてそのことを『生徒会選挙』にまつわる一件では強く実感する出来事であった。



 お父さんは私の静かに語った慟哭をただ黙って、何も言わずに聞き。そして私の話が終わると、不意に立ち上がり、書斎内の本棚に向き合い1つの本を抜き取り私達の前に置く。


 お父さんはその状態でページをぱらぱらとめくり、あるところで手を止める。


「……ほら。ここを読んでみなさい」


 父に示されたページを開いたまま、私はその本を持ち読む。


 ――それは新聞記事の切り抜きをまとめる本であった。


 そして開かれたページには。



「――『今年度の聖女の国との官吏交換留学生、相互受け入れ延期で合意』。

 ……あ、あのっ。もしかして……これって」


「察しの通り。

 ――既に、ヴェレナの見た物語からは……未来が変わっている」



 ヒロインがこの国に来て。攻略対象である王子と出会う唯一の機会であった官吏体験の交換留学。

 それがヒロインが来るはずの年である今年に中止になることが明らかになっている。



 それはつまり。ヒロインが王子と出会うフラグが折れ。同時にヒロインが王子に固執するフラグも折れ――物語が破綻したことを示しているのである。


 ……えっ、でも何が原因で変わったんだ?




 *


 記事を読み進めると経済状況の悪化が中止の主要因となっていた。

 となると、私が『世界繊維危機』の森の民への波及を防がなかった(・・・・・・)ことが分岐点……?


 いや。そこではないはず。

 だって、ルシアに提示された対症療法策は元々私が前世知識から言い出したことだ。前世知識前提の部分なので、元々のゲームのヴェレナにはそもそも防ぐ選択肢は無かったはず。だからここではない。


 では。何処だ……? どこで未来は変わったのか?


 その疑問に関して、頭を捻らせるもきっかけとなる出来事に全く心当たりが無い。

 ふと、お父さんと目が合う。その瞬間口から無意識的に零れた。


「ねえ、お父さん。私がアプランツァイト学園に行く話が出たのって……私が転生者だと発覚した後だったよね?」


「……正確には、ヴェレナが別人に代わり、それが魔物の仕業では無いと私達が確信した後だな。手習いをさせ始めた頃には意識していた。

 確かにヴェレナがそこで普通の幼児とは異なる違和――まあそれが転生者であったという事実なのだが、それが無ければ確かに私立校へ入れようなどとは思いもしなかったやもしれぬ」


 それが分岐点……? だが、私が公立校ではなくアプランツァイト学園に行ったことで生じた変化とは何だろうか。

 影響範囲があまりにも大きい。その上、官吏体験交換留学を阻害する直接的要因になりそうな出来事が全く浮かばないが……。



 ……あっ。オーディリア先輩の進退を魔法使いに舵を切ったのは、完全に私の影響だ。私があの学園に居なければ、おそらくそのまま順当に学園内で進級していただろうことには想像に難くない。

 つまりオーディリア先輩の初等科卒業後の全行動は、もしかするとゲームシナリオには本来存在し得ない動きが含まれた可能性がある。その中のどれかが作用した結果なのか……?


 だが、確認する方法は案の定存在しない。



 けれど、未来は変わりつつある。


 私は、何を成し遂げたのかは依然として分からないままであるが、何も出来ていないわけではなかったのだ。


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