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この世界での10年目の冬が訪れた。
ここ、王都・ガルフィンガングの冬は豪雪地帯のように積もる程では無いが、降り注ぐ粉雪が屋外を銀世界に染め上げる。街中が白く薄化粧を施した中、私はタクシーの後部座席に乗りながら物思いに耽っていた。
ふと。車の窓の外を眺める。
『――我々は、憲法に規定されている集会の自由に基づき正当な抗議活動を行っているのに過ぎない! それに我々は、彼等にクビを切られた失業者だ! 大義ある正当な抗議活動を官憲諸君は汚そうとするのか?』
『――官憲横暴! 有司専制! 官憲横暴! 有司専制!』
群衆がとある建物を取り囲み、警察隊と揉めている様子が目と耳に入った。
「……あれは?」
私はタクシーの運転手と助手席で護衛に就いている――2名の予備役魔法使いに質問をする。
すると、運転手がこう答えた。
「確か……あそこは、ドラッセル人造絹糸の王都支部でしたね。周囲を固めているのは大方、人造繊維工場の元労働者といったところでしょうか。……迂回しましょうか」
私が返事をする間もなく車は左折して側道へと入っていく。そして無舗装道路の強烈な揺れを全身で感じながらも、改めて考え直す。
今年の冬は。私が今まで一度も見たことの無い王都の景色が広がっている。
――それは……私のせい、なのだろうか。
ルシアから、この……『世界繊維危機』について聞かされた3ヶ月前のあの時。私は『行動しない』ことを選択した。
それから加速度的に状況は悪化した。首相が狙撃され暴行を受け、街には失業者がちらほらと目にかかるようになったかと思えば、今のように抗議活動が王都のそこかしこで散見されるようになった。最初は新聞や噂話の中にしかなかったものが、今では自分の目や耳で実体験として入ってくるまでに……変わってしまった。
そして。私の生活も徐々にだが確実に変化が生じている。
初等科の頃は自転車を乗り回して王都を遊び回っていたが、それは『森の民金融恐慌』以降、私物自転車=お金持ちという図式から危険を招きかねないと乗るのを躊躇うようになり、移動には専ら路面列車やバスなどを利用するようになった。
そして、今。私はその路面列車すら乗らずに完全武装をして魔法銃を掲げる護衛とともにタクシーに乗っている。年末に差し掛かろうかとする時節、帰省ラッシュで繁忙期となるはずの路面列車は……一部が動いていない。
――総同盟罷業。王都の鉄道・路面列車などの運輸業界でゼネストが実施されているからだ。
しかし、そのようなゼネストも大きく取り沙汰されることはない。王都に限定されていること、全面運休ではなく一部運休。そのような足並みの揃っていないストライキなど、この国――いや、世界中でありふれた光景なのだから一々ニュースにすらならないのである。
それを思うと、どうしても考えてしまう。この光景の森の民という国に持ち込まないためにルシアの制止を振り切り、近衛兵の私を監視している一派を敵に回してでも、状況打開策を王子に伝えた方が良かったのではないか、と。
私の目的は敗戦回避であり、同時に元ゲームである『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』の悪役令嬢の二の舞を踏まないこと。
私がシナリオを踏襲すれば、敗戦並びに婚約破棄からの断罪が待っている訳だが、かといって何もしなければ勝手に開戦して勝手に敗戦するかもしれない。そうなったときに公務員である魔法使いの閑職に回されている父が失職する恐れがある。
これを避けることが私の行動原理である。だからこそ、今回の『世界繊維危機』に際して下手に動くことで、魔法使い内部での栄達からこの時点で外されることを私は危惧した。
その判断は間違っていなかったと思いたいが、流石にここまでの光景が広がってしまうと……私の決心も鈍る。
決して分の悪い賭けでは無かったのだ。近衛兵を敵に回しても、徹底的に王子の信任を損なわなければ。王子の権勢の庇護下というカウンターカードさえ手に入れれば。近衛兵も容易に手を出すことはできなかっただろう、とも今になっては思ってしまう。
その場合、私は王子に常に価値を示し続けねばならないが……しかし、それを可能にする手段を、オーディリア先輩が用意していた。
即ち、オーディリア先輩の準備していた魔法爵育成学院内部の渉外折衷組織である連絡会議の『女子生徒代表』枠。
ここをオーディリア先輩から簒奪せしめれば、可能性が王子も容易に私を切り捨てることが出来なくなることに、今の私は気が付いていた。
そして。私がこの可能性に至ったときに気付いたことがある。このようにオーディリア先輩が生徒会選挙を利用していた影で用意していた策と、ルシアが秘匿していた『世界繊維危機』のことすらも連動していることに。
そして、その一方でオーディリア先輩とルシアの間でのやり取りが行われていた状況証拠が残っていないこと。最たるものは『生徒会選挙』の手打ちの条件として先輩がルシアに提示したものは、『副生徒会長代理』の座であった。
――この2つの件とは無関係であるはずのクレティと恩賞が一致している。
あれ程までにギミックを凝らしているのにも関わらず、オーディリア先輩とルシア間の部分だけは、連動していたと考えるのには恩賞の不均一が気にかかる。
だからこそ、私はこう考えてもしまうのだ。
ギミックを緻密に練りすぎた先輩の策は、意図しない形でルシアの一件とも連動してしまい、後から急遽対応した……即ちオーディリア先輩の策略の数少ない弱点部分がここであったのではないか、と。
それは即ち、私があのとき『世界繊維危機』に介入を決めていれば自動的にオーディリア先輩との全面対決が引き起こされていたことに他ならず。しかし、それが先輩が最も避けるべきシナリオであり同時に先輩の弱点であったとしたら。
あの局面における唯一の勝ち筋と、森の民を恐慌から救う手立てを私は同時に喪失したこととなる。
結局のところはそれは私が別の選択肢を選んでいたらという『もしかしたら』という話に過ぎない。
私は。
生徒会選挙でソーディスさんが裏でオーディリア先輩と繋がっていて勝っても負けても良い体制を構築していたことに気付かず。
その裏でオーディリア先輩が、隠れながら連絡会議の設立という魔法爵育成学院における立ち位置について画策していことに気付かず。
更に、ルシアが秘匿していた『世界繊維危機』についても気付かなかった。
――ただ、それだけのことなのだ。そして、同世代である彼女らに全く太刀打ち出来ていない事実を私は真摯に受け止める必要がある。
だからこそ、私は初心に立ち返る必要があるのだ。
「フリサスフィス嬢? 到着いたしました」
……王都のヘルバウィリダー。その住宅街。
私の実家であり両親の住む家に、私は帰省したのである。
*
「――つまり、ヴェレナには『手駒』が足りないのだよ」
お父さんに今回の件について洗いざらい話した。お母さんに聞かせる話でもないと判断した私達はお父さんの書斎に移動している。が、その辺りを察していたお母さんは買い物に出て行ってしまった……私の乗ってきたタクシーをそのまま利用する形で。強かである。
そして今の状況整理を行ったお父さんから出た言葉が、手駒が足りないとのこと。
……手駒。
オーディリア先輩にとってのそれは、初等科時代にアプランツァイト学園で築き上げた学年年齢問わない広範なネットワークである。生徒会選挙の擁立候補という意味でもそうであるし、かつてオーディリア先輩が魔法使いを志すときに魔法使い内部の情報を新聞社関係者から入手しているという話もあったから、彼女の人脈の源泉はやはりそこが中核と見るべきである。
ルシアにとってはリベオール総合商会の情報網が、大きなアドバンテージとなっているのは今更強調するまでもないことであろう。
クレティも本家である油問屋・ロイトハルト家は王都でも有数の老舗であり、王都の枠内に限れば先に挙げた2人よりも強固でより深淵までアクセスが出来る部分が強みだ。
唯一ソーディスさんのみがお父さんの言う手駒を持っていない状態ではあるが、彼女には情報に対する異常な嗅覚と、知識の入手に的確な手を打てる天性の才覚がある。これを真似することは不可能であろう。
その一方で、私にはそうした私自身であったり家に忠誠を誓い確実に裏切ることの無い手駒というものは存在しない。勉強会の面々にしろ、魔法使い学生組……特に後輩のアロディアさんですら私という個人に完全に心服・心酔しているわけではない。まあ、友人関係としてみれば当然の話なのだけれどもね、それは。
だが、今回。その『友人』に情報を制限されたことで取り得る動きが大きく制限されていた。そして、そのことを客観的に評価することも気付くことも事態の渦中に居る時はできなかった。これが1つの問題の本質である。
お父さんは私のそうした反省を見透かしてか、1つ助言を行う。
「……まさか私がこのような助言をすることになるとは思いもしなかったが、今のヴェレナの状況を打開するためには『子飼』を形成する……という方法がある。
それは、私が忌み嫌い拒み続けたものであり。同時に持たなかったからこそ、今の現状があるのだがね」
それは、お父さんが取らなかった選択肢。
つまり魔法使い内の仲の良い後輩であるアロディアさんを、もう一歩利用して『派閥』を形成することに繋がる。
アロディアさん自身もアプランツァイト学園の出身者であることから、能力という意味では申し分ないであろう。そこを私が『女性魔法使い派閥』形成のためなどと吹き込めば、後はアロディアさんが動いて何らかの纏まりを作るということはできるだろう。
無論それが将来的に私とオーディリア先輩のどちらに帰属するものなのかで問題になる可能性はあるけれど。でも、その辺りも分かった上でアロディアさんは動くはずだ。
お父さんがそうした選択を取らなかったからこそ、左遷されることになった面があるのは私としても頷かざるを得ない。お父さんはその選択を取らなかったからこそ今でも後輩から好かれている。だが、後輩を囲い込むことをしなかったが故に、その境遇に対して誰しもが同情をしたが、結局終ぞお父さんの立場に立ち一貫して守ってくれる人物に恵まれなかった。
まあ更に踏み込んで、そうして誰からも同情され――父を追放する側の人物からも慮られたからこそ、手心が加えられたという側面もあるのだろうが。
だが確かに、そこで私に対して意図的無意図的な情報の抜けを指摘できる人物が私の側に居れば、今回のような事態は避けられるかもしれない。無論防ぐ手立てを考えればそれに対するカウンターくらいは練ってきそうではあるけれどもね。
しかし、問題もある。
アロディアさんが、そこに収まる器なのかということ。アロディアさんの支持で人を集めたとしたら、それは私の子飼ではなくアロディアさんの子飼となってしまうのではないだろうか。
逆に、それを防ぐためにアロディアさんをこの一件に噛ませないとすると、そもそも独力では誰を子飼に収められるのかが全く分からない。
そして、何より――。
「子飼の形成……。それってゆくゆくの魔法使い強硬派になるのでは……?」
「昔、ヴェレナが話した戦争犯罪人になる話か。可能性の域を出ないが故に何とも言えんなそれは」
ここで形成した子飼がそのままそっくり将来の魔法使い強硬派……私を宰相へ擁立し王子と婚約させこの国を破滅へと導いていく一派となり得るのではなかろうか。
お父さんには、転生者関係のことは随分前に話しているので、そこに対する助言も貰おうとしたが、明言はしてくれなかった。
でも。
ここで私が何らかの方策をもってして自身の後援者――子飼を形成することこそが、悪役令嬢ルートに入るものではないのだろうか。




