7-19
ソーディスさんの命運を賭けたアプランツァイト学園高等科生徒会選挙は、私とルシアとクレティという勉強会同級生組が一致団結してソーディスさんを後援したのにも関わらず、結果はオーディリア先輩の擁立した生徒会長候補の勝利に終わった。
負けた理由は極めて明白。ほとんど全ての打ち手がオーディリア先輩の掌の上で、こちらの行動が完全に読まれていた。ただ、それだけ。
そう。
――先輩の打ち手は一分の隙無く、完璧であった。
それは間違いない。確実に私などでは太刀打ち出来ない相手であることは明瞭だし、事実私は今回ほとんど何も動けていない。アロディアさんに支援を求めたくらいだが、それもオーディリア先輩の助力なしでは成し遂げることが出来なかった。
だけど。いや、だからこそと言うべきか。
ここまで完敗を喫したことで、1つ気付いたことがあった。
それを確かめるために、週末に喫茶店を訪ねる。
あの王家御用達の――今回の関係者では、私とオーディリア先輩しか存在を知らない――喫茶店。
そして、そこでジャスミンティーを頼み、持ってきた文庫本を広げて読み耽っていると、しばらくしたら店内にお客さんが入ってくる音がした。
私はその音を気にも留めずに読書を続けていたら、その新規のお客さんは私の対面に座る。他に席が空いているにも関わらず。
「此処に居る……ということは、気付きましたか。ヴェレナさん?」
その対面の主はオーディリア先輩であった。
そして、先輩が今日ここに来ることは半ば確信していた。
「結局。
――オーディリア先輩とソーディスさんは、最初から組んでいたのでしょう?」
その私の問いかけに対する返答は、端的に済まされた。
「――勿論」
やっぱり。それなら全て辻褄が合う。
*
完敗。行動が完全に読まれる。
確かに私とオーディリア先輩が戦えば、同じような結果になるだろう。ルシアとクレティでもこの先輩相手では分が悪いかもしれない。
しかし、ソーディスさんがああも容易く崩されるであろうか。かえって彼女があのようにあっさり敗北を喫したことで、私の中で疑念が生まれたのだ。
如何にオーディリア先輩相手でも、ソーディスさんが本気で生徒会長になろうと考えていれば、もう少し善戦しても良かったのではなかったのだろうか、と。
「仕組まれていたのは、どこからどこまでですか?
この勝敗も最初から仕込んでいたものですか?」
「……その仕掛けはあまり多くはありませんよ。
ただソーディスさんが勝てば生徒会長になって留学事業を意のままに操れ、敗北したらソーディスさん自身を留学に出せるように手続きを進める、とそう確約しただけですわ」
つまり。ソーディスさんは、始まる前からどちらに転ぼうとも利益が確定していたのである。
……ああ、だから。最初にソーディスさんに目的を尋ねたときに『1年生の内から生徒会長に就くメリットがあまり無い』と答えたのか。
その言葉の続きで2年生になったら確実に生徒会長になれるから今生徒会長の座を狙っても……と言っていたから、言葉尻通り『メリットが無い』と捉えてしまったが、あの言葉の真意は『勝っても負けても私の利益が確約されているから』メリットがあまり無いということだったのだ。
手がかりはあったが、それは流石に気付けない。
更にオーディリア先輩の擁立候補が出てきてソーディスさんが退かなかった理由は、オーディリア先輩が話した仕掛けの部分であり。
「……となると、今回。ソーディスさんはオーディリア先輩の意のままに動いていた、と」
「……何といいますか。
意図通りではあります。けれど意のままというわけではないですよ。
ヴェレナさん、一度私に聞きましたよね? 好奇心で4人と戦ってみたいという理由……あれはあれで、紛れもない本心であったのですよ。
私とソーディスさんのね?」
つまり。
オーディリア先輩とソーディスさん。興味本位で戦ってみたいという部分で利害が一致した。
だからこそ対立してきた点に関しては『意図通り』ではあったけれども、その後ソーディスさんを含む私達の陣営が『意のままに』動いていたわけでは無いということで。
「……それにしては、ソーディスさんは手心を加えていたというか……、常識的な手を打ち続けていたような……」
「それはそうでしょうね。彼女は自身の力が私に及ぶのではなく。ヴェレナさん。あなたがどういった手を私に対して打つのか、という戦力評価が主のようでしたからね。
……そういった意味では、私の好奇心を満たす結果には残念ながらなっていないですね」
ソーディスさんの主目的は私であったのか、それは気付かなかった。だから私がオーディリア先輩側に付くのをあそこまで嫌ったのか。それに私の取り込みに全力で挑んできたのも、そこに意義があったからと繋がる。
にも関わらず、私はソーディスさんを勝利にもたらす程の働きが出来なかった……けれど、それはそれでソーディスさんの中で私に対する戦力評価が定まるという意味では収穫があったと言えるわけで。私が動けても動けなくても、どちらの場合でもソーディスさんにとって不利益が生じる訳では無いという点。
……やっぱり、この2人。別格である。
「……でも。そう言われるとソーディスさんは、オーディリア先輩よりも私の方が危険だと感じているってことなのですか?」
口に出してみて、ちょっと傲慢というか失言の類だと気が付く。しかし先輩はそこを気にせず流して答えてくれる。
「実際、そう見ているのだと思いますよ。
見識のムラと言いますか……、貴方が持っている知識について予測を付けることは中々難しいですし。逆に常識と言えるべき知識がごっそり抜けていることもあるので、ソーディスさんのような知識量と卓越した行動予測能力で他者との距離感を図る方には、中々にやり辛くそれでいて興味深い人物だと思われているのではないですかね、ヴェレナさん?」
ソーディスさんはそこまで私のことを未知だと捉えていたとは知らなかった。てっきりもっと私のことを把握しているものだと。
私の『転生者』という本質を捉えかかってきている人物であるので、友人でありながらもある種の恐怖心を抱いていたが、別の意味ではソーディスさんも私に対して恐怖心を抱いていたのかもしれないね。
しかし、先輩がこういう言い方をするということ、そして今回の生徒会選挙の主敵にソーディスさんを掲げた辺りから、私のことはそこまで脅威と見ていないと見受けられる。……少なくとも、ソーディスさんよりはね。
その辺りも種明かしを求めてみる。
「……となると、先輩的には今回の生徒会選挙の顛末は望ましい結果であったということでしょうか」
「正直、勝敗についてはどちらでも良かったのですよ。
とはいえ、勝利した今の状況の方が私に好ましいのは確かですが」
さて。
勝敗がどちらでも良かった、ということはすなわち、今回の生徒会選挙の騒動を起こしたことで主目的が達成されているということである。
しかし、後者の勝利したことで先輩にとって好ましい状態が整えられたというのは幾分分かりやすい。
それであれば、用意していたこの言葉を繰り出せる。
「やっぱり。ソーディスさんを国外に置くのは、本人の希望以外に意図があるのですね」
立会演説会の場ではソーディスさんの留学が彼女の追放策ではないとは告げていたが、それは先輩が発表原稿を監修していたとはいえあくまでも演説用の、あの生徒会長候補の言葉だ。
オーディリア先輩の本心とは別のところにあると見てよさそうだ。
「ソーディスさんは、ヴェレナさんを最も警戒していますけれども。
私にとってはソーディスさんが最大の警戒対象であるということですよ」
そこで先輩は一旦言葉を区切る。
ソーディスさんが警戒対象? ああ、だから生徒会選挙の……って。
オーディリア先輩は生徒会選挙の勝敗はどうでもいいって言っていたから警戒する要素が無くない……。
あれ……? どういうことだろうか……。
その続きの言葉を待っていたが、返ってきた言葉は予想外のものであった。
「だからこそ、これから進める魔法系学院の改革事業に。
ヴェレナさん。あなたがもし反対してきても身動きを取れなくするために、あなたの手元からソーディスさんを切り離す必要があったのですよ」
――うわあ。まさかそんなところに繋がっていたなんて。
王子から話があり、オーディリア先輩に預けた『儀仗組改称問題』。王家やら片翼党やら魔法使い上層部と魔法教育機関などが複雑に絡みあい、しかも生徒間の出身校による待遇の違いなども関連してきてあまりの問題の厄介さと、私の立ち位置を明け透けに利用しようとしてきた王子に対して恐怖心が先行して思わず断ってしまってそのまま棚上げになっていた問題。
それをオーディリア先輩はしっかりと問題解決に向けて進めており、しかも私に対して秘匿するために生徒会選挙というビッグイベントそのものを時間稼ぎの手段としてきて使ってきたということだったのである。
しかも、その時間稼ぎの手段でしかなかったものを上手く利用してソーディスさんを私から切り離しオーディリア先輩に反旗を翻せないように、確実に私の取れる手立てを狭めるという別の目的にも転化しているという恐ろしさ。
一石二鳥などという生易しい話ではない。
『儀仗組』、『片翼党』、『水族館』、『生徒会選挙』……そのすべてがオーディリア先輩の思惑の中では魔法使い内部での権勢に連動し、まるで複雑な歯車が噛み合うかのように、全ての事象が相互作用して影響を及ぼし合っていたのである。
*
となると、色々と考え直す必要が出てくる。
生徒会選挙の一件。これが、魔法教育の行く末たる『儀仗組改称問題』に関わっていたのであれば。
そこには、片翼党や王子といった因子が隠れているはずだ。
「あっ……ソーディスさん……」
思わず声に出てしまったが、無言で先輩が頭を縦に振ったことで確定。
ソーディスさんの留学案件は私の手を削ぐとともに、『革新主義』的な傾向の見られたと判断している近衛兵一派の事実上の追い落とし策だ。
私やソーディスさんのことを、この国の『過激派』に迎合しかねない存在とみなし監視対象にしている一部の近衛兵勢力からすれば、王子の周囲に近侍できないように国外へ送るというオーディリア先輩の策は渡りに船であったはずだ。
……たった1つの策だけでも、そこまで連動させる先輩の才覚は最早天井知らずである。しかも裏を知れば悪辣にすら感じるが、表向きは彼女の意に沿っておりこの件で直接的にかつ現時点で不利益を享受している人物は居ないという周到さ。
強いて言えば今後私がソーディスさんに助けを求めにくくなっているというのが、不利益らしい不利益だが、それもあくまで私がオーディリア先輩と対立路線を選んでかつ、自身で政治力を発揮しようと動いた場合に限られる話だ。
あるいは、今まで事実上彼女の庇護者であったクレティの本家であるロイトハルト家も不利益を与えられたと言えなくもないが、それに対してはクレティ自身に副生徒会長代理の座を提供することで相殺している。
そこまで練った上で、先輩は一体何を成し遂げようとしているのか。
「中央校出身者と地方校出身者。あるいは身分制度。もしくは儀仗組とそれ以外の組の待遇の格差。
――それらを是正し学内対立を緩和するための生徒組織である『連絡会議』の設置をエルフワイン王子と共に進めております」
ここで初めて明かされる『連絡会議』なる先輩の新構想についてオーディリア先輩は続けて説明する。
中央校出身者・地方校出身者・外部生そして女子生徒の代表生徒の4名で相互に定期的に意見交換をする場を設け、学生生活に関わる重要事項を審議できるようにするというもの。
そして、肝心の王子は、その会議の上位者として『御臨席』いただくという構想であった。
成程、直接クラス名を変更するという急進的な改革手段に出るのではなく、あくまで穏当にかつ関わる人数を減らすことで折衷しやすい形で漸進的に進めやすいように組織を整える、ということだろうか。
随分と私も『アプランツァイト式』の考え方に染まってきたなと内心苦笑いを浮かべつつ、気になった点を先輩に尋ねる。
「これが……どうして、私が反対するかもしれないと先輩は考えたのですか……?」
別に私としては、儀仗組改称問題に関してはほとんど全部オーディリア先輩に丸投げしたこともあり異論を挟む立場に無いと考えていたのだが、どうも先輩はそうは考えていないようなのだ。
「まあ、正直本気で私もヴェレナさんが反対するとは、あまり考えておらず保険としての側面が強いのですが。
『連絡会議』で設置される女子生徒代表の座は1名です。……そこに私が就くことになりますが、それが王子の意図とは若干ずれているので……」
あー……、つまりはそういうことか。
今であれば、王子の信任を頼りにオーディリア先輩に魔法使い女子生徒の代表の座をかけて勝負を挑める、と。
――であれば、訂正しよう。
オーディリア先輩にとって先の『生徒会選挙』は時間稼ぎの手段などではなく。私が対抗してきた場合を踏まえた上での前哨戦であったのだ。
だから私が対立を選択するかもしれないと考えたらこそ、好奇心という名目でデモンストレーションを行い、最も危険な私の支援者になりかねないソーディスさんに留学の確約をさせ、更にはその前哨戦で完璧な勝利を挙げることで対立路線を取り辛くさせる、ということまで行ったのである。
私が自分の考えで決定する前に、その意志がオーディリア先輩と対立する方向に向かせないようにするため彼女はありとあらゆる手を打っていた。
そして、そうした選択肢を減らす一手が私に効果的であることを先輩は知っているからこそ、ソーディスさん程に私のことを恐れていないのだ。
「――ここまでする、ということは。私が先輩から代表の座を奪うなんて……言わない確信があってのことでしょう?
……嫌、ですよ。先輩が全身全霊を注いで作り上げた繊細な組織を、私が運用出来るとは思えませんし」
私が、そう言えばオーディリア先輩は「ヴェレナさんならそういうと思っていました」と笑う始末。ちくしょう、結局全部読まれているじゃないか。
この先輩にばかりは、初めて出会った初等科1年生のときから全く敵う気がしない。
……というか、今の惨状を考えれば出会った頃が一番隙があったな。魔法使いの権力掌握のモデルケースを学ぶためという決して可愛くない理由ではあったけれども、あの頃の先輩はここまで裏を張り巡らさせては来なかった。そういう意味では先輩も当時は小学生だったのだなあ、と感慨深くなる。
いつの間にやらここまで策謀を巡らすようになってしまって、と謎目線から先輩について思慮にふける。
そんな最中、ふとオーディリア先輩が呟く。
「……でも、まあ。生徒会選挙を目くらましに使ったのは私以外にもう1人居るのですけれどもね。ヴェレナさん気が付きました?
――この生徒会選挙の準備が始まってから、あなたほとんど自室の魔力通信装置を使っていないではないですか」
――えっ、もう1人……とはどういうことだ。こういうときは分かるものから分解して考えてみる。
となると魔力通信装置。普段使っていたのは、ルシアからリベオール総合商会経由で手に入った国内外の情報をやり取りするため。『森の民金融恐慌』の際にルシアのお父さんであるベックさんと意見交換を行った時の恩賞として頂いた定期的な情報提供の話である。
でも、それは使っていないのも当然だ。だってあの生徒会選挙の間は直接ルシアと会っていたのだから、定期的に魔力通信で連絡を取り合う必要なんて無い……って、あれ?
――私、最後にルシアから国内・国際情勢に関する定例報告を受け取ったのっていつだっけ?




