7-18
「立会演説会?」
アプランツァイト学園高等科生徒会選挙の投票日が目前に迫ったある日。私は魔法爵育成学院の女子寄宿舎にて、オーディリア先輩から1つの提案を受けていた。
「ええ。本来学園外の生徒は参加することは出来ないのですが。実は来賓席を2枠だけ確保することができました。
……ですので、ヴェレナさんもご一緒にどうです? お三方のご勇姿をその目で見てみたいとは思いませんか?」
何というか、あからさまに罠っぽさを感じる提案だ。わざわざソーディスさん側である私の分の席まで用意するなんて。
オーディリア先輩は生徒会長候補者の傀儡回しなのだから、立会演説の場でも指示が出せるように近くに居た方が良いのだろう。しかし、翻って私はその場に同席する必要は薄い。
興味や関心といった意味で、そういう場にてソーディスさんが何を話すのか気にはなるが、別に私が居なかったところでソーディスさんのパフォーマンスに影響が出るわけでもない。
「もし、私が参加しない……と言ったらどうなります?」
結局私が出るために、多大な不利益をソーディスさんに与える結果となってしまっては元も子もない。
「特に何も。別にヴェレナさんが参加しようとしまいと私は参加しますよ。
それに断るのでしたら、別の方に1枠お譲りするだけですし」
あー……、そうなると私が参加しない方がデメリットが大きくなるのか。でも行ったら行ったで魔法爵育成学院生徒を両陣営から1人ずつ呼んだって建前が整備されるのか。
うーん、どちらを選んでも悪手にしか転ばない気がするのだけれども、これ。
かといって、その2つ以外に何かこの状況を打開する方法は今のところ思い浮かばない。
ただ、逆に言えば。その立会演説会でオーディリア先輩が何か仕掛けるつもりなのは、ほぼ確定している。何故なら大したことが無ければ私にこうやって話を振ることはないだろう。
問題は私が参加することによってオーディリア先輩の目的が達成されるのか、あるいは私に立会演説会の存在を教えることこそが肝要であったのか分からない点である。
となると参加した方が良いか。メリットが大きくなる選択が出来ない以上、デメリットを減らす選択をした方が良いだろう。
*
立会演説会当日。
私とオーディリア先輩はアプランツァイト学園を訪ねていた。来賓とはいえ学外利用者なので事務手続きを行い、入園許可を得る。この辺りの警備の厳重さはあの『森の民金融恐慌』で治安が一時的に悪化して以来ずっと継続しているのだけれども、ずっと厳戒態勢敷いたままなのよね。
そして立会演説。勿論メインは立候補者2人の演説であり、必然高等科生徒は全員参加である。
ただし、ここは政争と派閥抗争の試験場であるアプランツァイト学園。今更演説の空気感や雰囲気などと言った要素で投票が左右されることは無い……と思いきや、影響することもあるみたい。この学園の個々の生徒の派閥意識の高さから見れば今更演説の内容など大した影響力は無いと私は考えていたが、演説の巧拙というか技術そのものは、この学園の生徒にではなく学園外の人間……すなわち世論に訴えかける有効な手段であるため、そうした『ツール』を有しているという意味での肯定評価としてプラスされる。
そしてこの学園の生徒会は学生自治や自主尊重などといったお題目ではなく純粋な政治力育成の場として設置されていることから、生徒に委譲されている権限はそれなりに大きく、生徒会長ともなれば学外との折衷交渉の場などもあることから確かに演説に対する才覚はあって損はないというわけである。
そんな演説会の行われる会場は、アーチ状の屋根と無数の装飾窓が印象的な『設立記念ホール』。初等科のときに入学式を執り行った会場だ。
来賓席ということで司会などが待機する前方の隅の部分で、ホール全体が見えるようになっている。
「……こうしてヴェレナさんとこの場所で隣に座っていますと、あなたの入学式を思い出しますわね」
オーディリア先輩が座席を取った関係上、隣同士であり。『設立記念ホール』で最前列の方で先輩と隣り合って座るという関係性は、最早10年程昔のことだけれども、確かに先輩が『パートナー』として私にこの学園の生活様式について手取り足取り教えてくれるようになる初日、つまりは入学式を思い起こさせる。
「まあ先輩と、こういう立ち位置でまたこの場に座る機会があるとは思いませんでしたけれども」
「……それはそうですわね。私もあの頃はまさか魔法使いを志すとは思っていませんでしたし。それに、こんなに早く『来賓』としてこの学園を訪れることになるとは考えておりませんでしたもの」
そう言えば『来賓』というのは、この学園テイストで考えれば、社会で上手く物事を成し遂げた『成功者』みたいなポジションだったのだっけ。そりゃあ完全にこの学園で適性がマッチしていたオーディリア先輩がまさか高校生の段階で学園の外から来賓として訪れることは想定できないのも無理はない。
「まあ、ここからはお互い手出しできることはありませんから、大人しく見守りましょう」
そう先輩は話して、それからまもなく立会演説会は開始される。
*
立候補者同士の演説合戦はこの会のメインイベントになるらしく、まずはそれ以外のプログラムから消化されていった。学園の理事長挨拶や高等科校長挨拶から始まり、現生徒会による確認事項の説明などなど思ったよりも色々と話が立て込んだ。
そうしたプログラムを消化した後に、初等科・中等科・大学科の代表らによる応援演説が行われる。
まずは初等科の子が壇上に上がり挨拶もそこそこに初等科の児童会としての知見を述べる。その中でも印象的だったのが、この1フレーズ。
「――学園生一丸となって頑張っていけるそんな児童会を、高等科の先輩たちと一緒に作れればと思います!」
これには、私とオーディリア先輩は顔を見合わせて苦笑い。
『学園生一丸』。この言葉は裏を返せば、ソーディスさんの基幹の公約である『留学生』の存在を否認している。だからオーディリア先輩サイド陣営なのは、下馬評通りなのだけれども。
この言葉、そうした留学生云々のみならず、『魔法系学院』に通う私達の存在もあまり快く思っていないように受け取ることも可能だ。
即ち初等科としては、オーディリア先輩陣営側を消極的に支持するが、同時にあまり学園の外から口出しされるのも困る、といった趣旨を極力オブラートに包んで処理したこととなる。
そして、次は中等科代表。
「――我が学園の伝統を踏まえつつも、変化に柔軟に対応できる先輩が居て下さると後輩として心強く思います」
伝統という言葉は、ソーディスさんの先例のない1年生での高等科生徒会長就任に懐疑的な姿勢を示している一方で、『変化に柔軟に対応』という部分は、どちらかと言えば留学生など国外情勢も絡む部分については評価しようとしている。
両張りというか玉虫色というか、そんな発言であるが。これはアロディアさんを使った工作が上手く行ったことの証左なのだろう。それでもオーディリア先輩側に寄ってはいるが。
最後に大学科の学生会長。
「――国際社会が混迷に渦巻く昨今ですが、我々も無関心であってはなりません。魔法・錬金術分野の発展の著しい現代において、最早一分野、一学園で完結して出来ることは徐々に減っていくでしょう。だからこそ初等科から大学科までの協調した上で、他校との連携も強化し私立校のみならず王立・国立・公立の学校との結びつきを深くする――そういった文化交流が重要になっていくと確信しております」
冒頭の『国際社会』という単語に着目すると、一見ソーディスさん寄りに見える上に、文化交流というワードもどちらとも取れるように見える。
けれども、この私立校や公立校の連携強化という話は、オーディリア先輩の『官民連携』思想に類するところがある。おそらく大学科の代表はそこを意識して話しているに違いない。
言葉の節々は私達に配慮しているものの、結果的に相手サイドの立ち位置に居ることを示しているのだ。
と、初等科は相手側支持で魔法系学院生徒の介入に反対、中等科はオーディリア先輩への好意的中立、大学科はオーディリア先輩全面支持、とかなり旗色が鮮明となった結果だ。
だが、これは予期されていた事態でもあるため、我々ソーディスさん陣営としての動揺はあまり大きくない。
さあ、ここからソーディスさんの立会演説だ。
*
「――以上のように、交換留学生制度の推進と文化奨励事業の導入……ですが、これらは学園に新たな風を吹き込み、より多大な利益と、国内に留まらない広範な人間関係の育成に必ずや……役に立つことだと、私は考えます。
……確かに、私は……1年生で、『勉強会』を中心とした関係性が、中心でした。
でも、これからは……皆さんと一緒に、伝統と慣習を良い所は残しつつ……新しいことを……積極的に取り入れて――世界の『外のセカイ』、を見せられたらな、と……思います」
拍手の中で退場するソーディスさん。……意外と詰まらずに話をしていたな。用意された原稿とかだと比較的すらすらと読めるのかな。
全体の内容としては、今までの公約の確認が主であった。しかし、最後の言葉。これはおそらく彼女なりのアドリブだろう。喋り方が若干いつものペースになっていたし。
そして彼女側から勉強会について直接言及したときには多少だが、どよめきが起きていた。まあ、今回の一件外から見れば勉強会派閥内部の対立構造に見えるし、ソーディスさん自身の出自もその勉強会以外で頼れる人間関係はあまり多くないという個の学園的な弱点も抱えている中で、敢えてそこに言及したという意味は大きい。
そして次に壇上に上がったのは、オーディリア先輩が擁立した候補者の方。
……あれ? 男性だ。てっきり先輩が擁立したという部分から無条件で女子生徒を考えていたけれども、男子だったのか。言われてみれば、対立候補の性別について聞いていなかったし、私自身は相手陣営と直接接する機会無かったしで、根本的な部分の情報が抜けていた。
壇上へと上がり、魔石装置の音響機材の調整をする。さて、何を話すのかな。
――そして開口一番に放たれたその台詞は、この場に居たほとんどの人間にとって想定外の話からであった。
「今から5年前。僕が初等科6年生のときですが、『森の民金融恐慌』が発生し、ドラッセル商会傘下の銀行が解体されたのを覚えているでしょうか――」
……なんだ、その切り口。今回の生徒会選挙に全く関係が無い話をいきなり始める壇上の彼にどよめきが走る。
「――その際、高等科1年のルシア・ラグニフラスさんと、初等科時代に本学園に在籍していたヴェレナ・フリサスフィスさん――本日は来賓としていらしてますね――このお二人が、その後リベオール総合商会から評価を受けたことは、記憶力の良い者であれば覚えているかもしれません」
うわあ、そう来るか。だからオーディリア先輩は私を呼んだのか。そして同時に演説内容も先輩の仕込みだなこれ。
まさか貶す方向性ではなく、私やルシアのことを褒めるという手を取ってくるとは。……だが、それは何のために?
壇上の彼は絶妙な間を取って話を続ける。
「――しかし、僕はそのことを覚えておりませんでした。
教えてくれたのは、僕の演技力をかっていて下さった元同級生の――オーディリア・クレメンティーさんです」
会場のどこかからか、複数の溜め息が漏れ、息を飲む音が聴こえてくるように私は感じた。
当たり前だ。公然の秘密とは言え、オーディリア先輩の名をこの場で直接出すということは、操り人形であることを公言することと同義なのだから。
実際にその通りではあっても、それを公の場で口にできる胆力と実行力は只者ではない。そして同時にその台本を通したオーディリア先輩の度胸も。
「……彼、演劇部に所属しているのですよ」
小声で補足をする隣に座るオーディリア先輩だが、正直それどころではない。既に、この場は壇上の彼の一挙手一投足に飲み込まれているのだから。
そうして彼は、次々と勉強会の派閥としての功績を挙げて、パフォーマンスを織り交ぜつつ褒めていく。
「……無論、これまでの功績の数々には王都のことには詳しいクレティ・ロイトハルトさんとそのご実家の助力が不可欠であったことは特筆すべきでしょう」
こうしてクレティに視線を当てたりと、バランス感覚も長けている。しかし、こうまで敵対陣営であるはずの私達のことを褒め続けるのには一体どのような意味があるのか。
その疑問は次の一言で氷解した。
「――だからこそ、僕は疑問を呈さざるを得ません。
……このまま『勉強会』の方々を分断せしめるようなことがあって良いのか!」
ああ……そういうことか。
建前で外向きの理由であったはずの『勉強会』の対立という幻影。それをここに来て全面に押し出してきた。
そしてここから話の舵取りが代わり、各々の生徒会長就任後の政策について論点が移り変わる。
私達、ソーディスさんサイドは留学生事業と文化部に助成金を与える文化奨励事業。
一方で、あちら側は、学業機会の均等化と部活動振興。
「――敢えて言いましょう。僕の政策と、ワーガヴァントさんの政策。そこにどのような違いがあるというのか」
……言い切った。政策の陳腐化を狙ったのは全てこの発言のために仕組まれたものだったか。それに文化部助成金という手段でカウンターに転じたことすらも織り込み済みでそれを受けつつ、こちらへの攻撃のカードへと転じさせる奇手。
「ここに、新たに1つ宣言致します。
僕が当選した暁には、対立候補であるワーガヴァントさんを副生徒会長に任命します。その上で、彼女には我が校の留学事業拡大の一環として、生徒会の負担で諸国の名高い名門校を訪ねて貰おうと考えております。
無論、その間は彼女の代理として勉強会派閥の一員である――ラグニフラスさんとロイトハルトさんに補佐をお願いいたします」
更に追撃で、こちらの陣営丸ごとの懐柔策すらも用意している。この件で協力関係となる前に聞いたルシアとクレティの目的は生徒会に入ることであった。
また、ソーディスさんの目的は留学生制度の拡大であったが、これは同時に彼女の国際志向に反して彼女自身が国外に赴く機会に恵まれなかったために生まれた次善の策。自らが国外へと旅立つことが出来るのであればソーディスさん自身が生徒会長に就任する理由が消失するのである。
すなわち、彼女ら3人の主目的が同時に達成されているのである。
――それも副生徒会長というポストたった1つで。
ただし、まだこれは完全ではない。
何故ならソーディスさん自身の内心を深く知らない人から見れば、彼女自身を留学させるというのは、悪く言えば自分の対立者を国外追放にするような話にも見えるからだ。
――しかし、そのような分かりやすい批判の種を、隣に居るオーディリア先輩がケアしていないはずがない。
「ええ……分かっております。これがワーガヴァントさんの追放策なのではないか、とそう考える人も確かに居るでしょう。
なので、もう1つ。先ほど大学科の先輩から話がありました他校との連携についてですが。これを実は既に推し進めております。魔法使い……ひいては魔法系学院との水面下での交渉を進めておりまして、生徒会長に就任した暁にはいくつかの点で提携を結ぶことも叶うでしょう。
これに付随して、魔法使いの方々の間で、軍事的に制式採用されている魔力通信装置……その2台の貸与を受けることができました。
1つは生徒会室。そしてもう1つは諸外国を見聞することになるワーガヴァントさんにお渡しする予定です」
この辺りはオーディリア先輩が暗躍していたに違いない。そうだ、水族館機関紙での一件でもそうだったが、先輩と片翼党は繋がっている節があり、しかもその片翼党の次期党首は現在の魔法教育を掌る役職に就いていた。
……まさか、ここに繋がっていたとは。
「そして魔法系学院と言えば、本日来賓としていらしているお二人の元学園生――ヴェレナ・フリサスフィスさんとオーディリア・クレメンティーさんが在籍しております。
――即ち、この魔力通信装置での連絡網は、元々の『勉強会』派閥。その全てのメンバーが密に連絡を取り、再び5名の皆様が一致団結するために……高等科生徒会は責任をもってその橋渡しをする、手段なのです!」
建前として存在した勉強会分裂の危機を生徒会が未然に防いだという実績作りにも転用されるということで。
オーディリア先輩のマッチポンプ的な所業を節々には感じるものの、全ての諸問題をそれなりの完成度で、誰も不利益を被らずに解決できる手段を提示した――提示できてしまったのである。
……ちらりと、ルシアやクレティの様子を来賓席から遠目に見てみれば、彼女らがはっきりと落胆しているのが分かった。
まあ、ここからの巻き返しが不可能なのは私でも分かる。
――この翌日にあった投票にて。
その開票結果がソーディスさん側が3票。残り6票を全てもぎ取られて敗北した、という連絡がルシアからもたらされたのであった。




