7-17
「……あっ、今日も門限ギリギリのお帰りですか、ヴェレナさん? 何処に行っていたのです?」
「ああ、ごめんね。ローザさん。
――ちょっと、魔法青少年学院の方に行って後輩と会ってました」
部屋の壁掛け時計に目を向けると、時間は門限である午後7時の5分前を指していた。
普段は家庭教師のお仕事でローザさんの方が遅くに帰ってくることが多かったのだけれども、私がソーディスさんの一件のお手伝いをし始めてからはその立場が逆転しつつあった。
アプランツァイト学園高等科生徒会選挙についてソーディスさん陣営として中等科の支援体制を整えてもらおうと、魔法青少年学院2年のアロディアさんに頼み込んだ後、オーディリア先輩とは一旦分かれて私は1人で魔法爵育成学院の女子寄宿舎に帰ってきていた。
「成程、王都の魔法青少年学院ですね。確かにヴェレナさんも知己も居るでしょうし……でも。
それなら、その荷物は何ですか?」
そんな私の両手には手提げ袋。それをローザさんは指差しながら先の台詞を紡ぐ。
「あ、いや。ラウラ先輩が先週朝市に行っていたのを思い出して、ちょっと市場の方を寄ってみたら、偶然バザールがやっててねえ……。
ちょっと気になっちゃって色々買っちゃった」
言ってしまえば衝動買い、というやつだ。
「あ、あのですね。ヴェレナさん。
確かに私は物が少ないですし、ヴェレナさんは色々とご多用だと思って、色々とお任せしていましたが……。
流石に、私物が多すぎますからねっ。折角の収納もこれじゃあ意味が無いじゃないですか」
そう言われながら指し示された先には部屋のクローゼット。
……そのクローゼットの中は8割以上は私の私物で埋め尽くされていた。
ローザさんが怒るのも無理ない話である。
しかし、逆に言えば入学当初に感じていたローザさんとの壁、というものも徐々に消え失せて来たように思え、今のように私に対して遠慮なく物事を伝えられる関係になったことは、素直に嬉しいと考えている。
「まあ、全部が全部この部屋に置くものではないからねえ。
例えば……ほら。このカトラリー入れは、キッチン収納用に買ったものだし」
そう言いながら木製の上が空いている箱のようなものを取り出す。
「あ、確かに、食器は最近買い足していましたから置き場に困っていましたね……」
そうローザさんが語る通り、この女子寄宿舎には何だかんだで料理をする人間ばかりなので食器置き場不足に陥っていた。
特に、魔法青少年学院の頃は男子寄宿舎にしか食堂が無かったので否応なしに自炊するしか無かったが、今は学院の棟内にもある上、購買部などでもご飯を買えるので料理を絶対にする必要がなくなった。
……その結果、趣味的に料理を各々が好き勝手にやるようになって、それに合わせて凝った用途の薄い食器類も徐々に増えていったのである。で、カトラリーも増えた。
「……では、こちらは何です?」
そう言いながらローザさんが広げたのは、パステルカラーのカラフルボーダーのワンピース。
部屋着というか寝間着として新しく買ったものである。
「似たようなもの持っていませんでしたか?」
「だって、こういうモコモコ系統の服って消耗が早いから……。それに安かったし……」
「ヴェレナさんの金銭感覚はあまり当てにならないですけれど……。
だって、この服も人造繊維素材でしょう? ……あっ、700ゼニー。素材考えれば確かに安い……。
虚偽記載とか偽造品とかではないですよね」
そこを言われると若干不安になる。バザーで買ったから品質偽造までされてしまうと手が付けられないが。
「質感的には本物っぽいと思って買っているけど、そう言われると不安が……ローザさんはどう思う?」
「私はヴェレナさんと違って、人造繊維のものは制服くらいしか扱いなれていないので分かりませんよ」
まあ、ルシアのところに持っていけば分かるか。でも外で着る用じゃないから直接着ていく訳にもいかないし荷物になるから嫌だなあ。
*
「素材の表示は本物だけれど……商標は偽造されているわよ、これ。
どこで買ったのよ」
結局悩んで翌週にワンピースを袋に入れて生徒会選挙ソーディスさん陣営の休日限定の本部であるルシアの家に足を運んで、中身をルシアに確認してもらったらすぐさま答えが返ってきた。
そうか、偽造ブランドだったのか……。
「バザールで売っていたから……」
「服はちゃんとしたお店で買わないと駄目よ、ヴェレナ。近頃は偽造品が増えているのだから。
あなたは良いお店を知っているのだから、無理に冒険をして買い物をすることないじゃない」
ルシア目線での良いお店って、きっとお母さんが紹介してくれたショップのことなんだろうなあ、と考える。
しかし、偽造にしても素材は化学繊維だったのか。この世界では高価であるはずの素材でわざわざ廉価品を作るとは悪い業者も良く分からないことしてる。
「まあ、それは置いておきましょ。
で、クレティ。オーディリア先輩側に動きがあったと言っていたけれど、一体何があったのか教えてくれるわね」
「ええ、そうねルシア。
まずはその前にこれまでの動きの前提のおさらいなのだけれどもクレメンティー先輩は元々、擁立している会長候補の先輩を通して『部活動の振興』を主張していたのよね」
ここでミソなのはオーディリア先輩自身はアプランツァイト学園時代に部活動に所属していなかったということ。つまり、彼女自身の考えと言うよりは支持層の差別化が主目的となっている。
私達ソーディスさん陣営の勝利陣営は、1年生クラス票の3票と、2年1組・3年1組の1組クラスの票を確定させることで過半数を握ることを目的としていた。
だからこそソーディスさんの考えていた『交換留学生』事業の便宜付与で学力的に優れている1組クラスの取り込みに走った――というのが先週までの話。
それに対してオーディリア先輩が取った手段は『部活動の振興』。すなわち直接的には学力や成績に関連しない部分を囲いに来た。それはすなわち1組クラスの取り込みよりも2組・3組をより重要視してきたということである。
「……正直、疑問なのだけれども。
オーディリア先輩の古巣は2年1組でしょ? なのに、そのクラスに対して何もしていないのかな?」
となると、私はこのような疑問が浮かぶのである。
先輩自身は1組出身でしかも首席だった。なのに2年1組に有利になるような策は何1つ取っていない。
これは、何もしなくても2年1組は自分に票を入れてくれるという自信の表れなのだろうか。それとも……。
「オーディリア先輩は……あくまで、傀儡回し。
実際に、立候補しているのは……2年3組の別の、先輩。だから、私は2組と3組の取り込みを優先した……と考えている」
そう話すのはソーディスさん。
ここに来て、オーディリア先輩本人が立候補しているわけではない弱点が露呈した形だとソーディスさんは考えているのだ。2年1組にまで割くリソースが足りていない。だから、後回しになっている、と。
その言葉に対してルシアが補足する。
「でも、私達が囲おうとしている票で一番取りこぼしの危険性があったのは2年1組で、そこが最大の争点になると思っていたのだけれども、正直予想が外れたのよね。
オーディリア先輩が2組と3組の取り込みを優先するのであれば、必然私達が警戒しなければならないのは1年生票を取りこぼすことよ」
ルシアの発言はある種の懸念だ。私達は1年生と1組クラスの取り込みを決めたが、1年生側に対しては『学園史上初の高等科1年生徒会長』というネームバリューの恩恵を学年全体で享受する以上の利益を提示していない。つまりこれ以上ない名はあれど実利は状況次第ではオーディリア先輩の掲げる『部活動振興』に劣る可能性はあり得る。
そして、それ以上に私達側は2年1組の取り合いが一番厳しくなるステージだと考えていただけに、戦略目標の見誤りの可能性すら浮上してきていて、このまま1組重視の政策を掲げ続けることで確実に2年1組と3年1組を取りに行くのか、逆に1年生クラスに補填するのか、選挙戦略の見直しのタイミングが来ているのだ。
そして。あくまでこれはクレティが言うにはオーディリア先輩の動きの前提部分。その確認でしかない。
「――ここに来て、クレメンティー先輩側は『学業の機会均等』を新たに掲げましたわ。
一応表向きは支持層である2組や3組の生徒の受けが良いように、学業成績に依らない教育機会を平等に提供する、と言ってはいるけれど。
明らかに私達の基盤層にしようとしていた1組クラスへの工作を仕掛けていますわね」
ここに来て打ち手に変化を混ぜてきた。1年から3年までの2組と3組、そこの票全てを取れるのであれば9票中6票となり勝利は確定するのにも関わらず、1組クラスをも内包する公約を入れてきた。
これは票を全取りする意図があるのか。あるいは、私達への妨害工作の域を出ないのか。はたまた2年1組の票を取りこぼさないがための防衛策なのか。
「……ヴェレナ、何も知らなかったの? 先輩とは一緒の寄宿舎に住んでいるのでしょう?」
そう言われても。先週アロディアさんの取り込み工作で協力してもらった以外には、向こうの動きについて知ることの出来る情報は少ない。
直球勝負で聞いても良いけど、それをするとこちらを攪乱する情報を私に提供する可能性は十二分に考え得るのであまり気が進まないのである。
それを伝えれば一定の納得を得られたのか溜め息はつかれたもののそれ以上何も言われなかった。
「でも、これって1組クラスの取り込み策とみていいんでしょう。それが本気で1組票を取りにくるのか、あくまで盤面を乱すだけの嫌がらせなのかは分からないのは問題だけれども、それであればそこまで気にせず私達は今までの路線を強化すれば……」
「甘いわよ、ヴェレナ。
まず、この手を打たれたことで私達は先輩が勝利するために狙っている目標が1年2組と3組なのか、あるいは2年1組なのか、以前よりもっと分からなくなったのよ」
それは確かに。でもこれはやはり『学業の機会均等』がブラフの公約なのか本気で私達の陣営を切り崩しに来る切り札級の一手なのか読めていないことに帰結する。
「それだけじゃない、よ……ヴェレナ、さん。
私の掲げるものは……『交換留学生』事業……。留学生を増やして、異国や異文化に接する教育機会を増やすこと……。
つまり、こちら側の公約の独自性を潰し……陳腐化させ……貶めるのが主目的、のはず」
……ちょっと、オーディリア先輩を敵に回すの怖すぎないか。
*
「そういうことであれば、同じことをやり返せばいいわね」
「それは……うん。そうなのだけれども、ね……ルシアさん。
……やり返さない理由は、無い。けれど……私達がやり返すという……行動、そのものを、オーディリア先輩は……読んでいるよ」
「結局、そこなのですよね。ヴェレナの後輩を使った中等科のかき乱し策も、今回の一件も、主導権は常にクレメンティー先輩側に握られていますもの」
オーディリア先輩の盤面で動かされている感に薄々察しがついてきているものの、ここで動かないのが最も悪手であることは私にも分かるので、最悪手を避けるために一手打つこととなった。
それは、交換留学生との文化奨励事業を付け加えるというもの。
留学生の受け入れを拡大して国際交流を活発にする、というお題目を更に一歩進めた感じだ。
留学生と学園生の文化交流を活発にするという名目で、異国の文化を学ぶ場を用意したり、お互いの文化について意見を交換する場を作る。
例えば、音楽。女神教の聖歌隊のような世界で画一的な存在もあるが、例え使用言語が同一であっても、各地域で流行する音楽には差異が生まれるはずだ。未知の楽器であったり、地域特性のある音楽理論であったり。
そのような文化格差をお互いに触れ合うことで、未知のことを知ることができる。あわよくば、より洗練された文化を複合という形で生み出すことも出来るかもしれない。
……という名目で、留学生を受け入れた文化部の部活動の助成金を増やす、という公約だ。
いっそすがすがしい程のオーディリア先輩側の掲げる『部活動振興』への妨害工作。だが、留学生事業の一環として薦めていることで最低限の一貫性は保たれている。
分かりやすい程の黄金色の実弾攻勢だが、単純でありふれた手であるが故にその効力も保証されている。
「おそらく……もう、これ以上……大きな手を打つことは、できない……と思う。
後は……地力との、勝負……かな」
ソーディスさんがそう語る通り、アプランツァイト学園高等科生徒会選挙は佳境を迎えつつあった。




