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7-15


「悩み事や困ったことですか……。

 そうですね、であれば1つ伺いたいことはございます」


 お昼時よりは少し早い時間だが、相も変わらずに喫茶店の席はほとんどが空いたままだ。

 程よく冷房の効いた室内には、まだまだ外では眩しいと感じる日差しも、心地良い暖かさを私達に分け隔てなく与えてくれる。


 そんな快適な環境に身を置きつつも、私は背筋に冷や汗が流れるのを感じても、それに意識を向けることさえできない。


「何でしょう、ヴェレナさん?」


「――っ。

 ……オーディリア先輩は何故、アプランツァイト学園の高等科生徒会選挙に介入したのですか?」


 ここで私が選択したのは、初手から搦め手なしの直球勝負。正直、先輩もこの質問を誘っている感があったのでほとんど乗っかる形だ。


 そして、私がその質問をしたことで満足そうにオーディリア先輩は頷く。


「アプランツァイト学園の高等科では生徒会長に1年生が就任した先例が無いから、ではいけませんか?」


 まずは、分かりやすい所から先輩は回答した。

 先例を盾に、今まで無かったことだから反対する為に対立候補を立てた。成程、筋道としては分かりやすい。だが……。


「その理由ですと、オーディリア先輩が動く意味が分からないのですよね。既に私達は、当事者ではありませんし、例え前例のない出来事とは言えど一学園の内々のことなのですから介入するには薄いでしょう」


 そこまで告げれば、オーディリア先輩も肯定の意を返す。完全に私のことを試しに来ているな。


「……では。ソーディスさんを生徒会長に任命した場合に、彼女自身は有力者と直接結びついているわけではありませんから勉強会派閥の一本頼りになってしまうリスクがある……というのはどうでしょうか」


 次に告げられたのはアプランツァイト学園の校風・・の方向性から攻めた言葉。これもまた事実であろう。

 しかも、この理由であればオーディリア先輩も勉強会派閥の一員であるため当事者となる。つまり「既に魔法系学院へ進学した身であるが、身内の不始末は自分達で付ける」というロジックで対立候補擁立を主導した……という動機付けが出来ている。


 しかし、これもまた。


「確かに、向けにはその理由はお誂え向きではありますが。

 別にソーディスさんがそのリスクを被ろうと、オーディリア先輩に対して然したる不利益は無いのでは? それに、そもそもあの学園には『人脈形成潜在(・・)能力』という評価項目があるのですから、潜在性という意味では彼女程有力な人物も中々居ないと考えますが」


 私が、そう答えると、


「まあ、ソーディスさんであれば、生徒会長になった後で色々と関係性を構築することは容易いでしょうね」


 と、先輩も太鼓判を押す。どうやら、これもブラフの理由であったというわけだ。

 一体いつになったら本心を明かすのか、と私が考えていたら、更に別の理由を述べる。


「――となると。

 外向けではなく身内向けの理由としてですね。所謂『勉強会派閥』と呼ばれる私達ですが、今まで表立って対立したことはありませんでしたね。

 ……ちょっと好奇心で4人を相手に戦ってみたいな、と思った――というのはどうでしょうか?

 ほら。私達が学生・・である時間は今しかありません。大人となってしまったらきっと今のように利害関係が薄い状態で戦うことはできないでしょう?」



 これは……先輩の本心……なのか?




 *


 一旦先輩の発言を整理しよう。

 まず勉強会メンバーが対立したことが無かった。――これは事実だ。多少意見の行き違い程度はあったが、明確に方向性を異とすることは今までに無く。それは今考えれば初等科時代であれば対立した際の学園内影響力を加味してのことであったと思うし、逆に私が魔法青少年学院進学後はそもそも全員が交わること自体がかなり限られた状況であったために対立する機会すら少なかったからである。


 では、先輩の好奇心が、今回の生徒会選挙騒動を引き起こしたのか? ――あり得そうと言えばあり得そうだ。しかも純粋な興味関心の類であればメリットや採算を度外視して行動していたことに対しても一定の蓋然性が生まれる。

 つまり、理由として納得がいくと言えばそうなのだ。


 更に、そこに付け加えられた『学生』という条件設定と、利害関係。 ――これも、事実であろう。

 勿論私達と勝負したかったことが前提とはなるけれど、大人になって私やオーディリア先輩は魔法使い組織や女性魔法使いとして女性の社会進出を支援する教会勢力等が相互に作用する状況下では、私と先輩の対立ですら非常に気を遣うものだと言うのは想像できる。

 更に、ルシアのリベオール総合商会関連や、クレティの王都人脈、更にはソーディスさんの対外志向はクレティの従姉妹家と結び付き、未だ微弱な関係性だが外務省と作用しつつある。

 皮算用気味ではあれど、そうした私達が大人になった後の対決は、省庁対立、更には公務員勢力と民間の対立というオーディリア先輩の『官民連携』構想から逸脱するシナリオになりかねない。

 だからこそ今動いた、というのも先輩の考えを吐露しているものだと思える。


 細かく考えれば考える程、先輩の発言は尤もらしく、それでいてそれっぽさがある。



 ――にも、関わらず。感じるのは強烈な違和感。

 確たる理由も整然たる説明も出来ないが、どうも腑に落ちない。

 何が腑に落ちないのか説明することすら出来ないが、何かがおかしい。


 ……かくなる上は、ブラフを掛けてみるか。


「――成程。好奇心という訳ですね。

 オーディリア先輩がそこまでして私達と戦ってみたいと考えているとは知りませんでしたが……本当に、それだけなのでしょうか?」



 さて、先輩はどう出るか。


「……ふふ、そうですわね。

 確かに、私が今この場で全てを答えていない可能性はありますね。

 さて、私は何を隠しているんでしょうか、ヴェレナさん?」



 そう躱してくるのか。裏があることを明確に否定こそして来なかったが、かといってこれだけでは揶揄ってきている可能性も考え得る。

 つまり、この発言だけでは何も判断できないということだ。


 まあ、でも。私達と戦ってみたいという好奇心部分は、少なくとも嘘を言っては居なさそうであったし、その上で何か隠している意図があるかもしれないと分かったのは収穫だと、前向きに捉えねばならないだろう。

 以前までの私では、表向きや外向けの理由だけで納得して満足していたところだから、そういう意味では成長はしているとは思う。


 と、そう思わないとやっていられないわけでね。




 *


 それから、また1週間後の週末。

 選挙管理の裏本部として設置されたルシア宅に集まるソーディスさん陣営。とは言っても学園内の協力者については学園に居る間に根回しやら指示を出しているようで、休みの日の集まりに参加するのは勉強会メンバー同級生組の4人でしかない。

 情報秘匿性やクレティやソーディスさんが住んでいる関係で集まりやすいのはクレティの本邸であったが、今回は私との連絡を密に取る意図があるので魔力通信装置の置かれ、ラグはあるものの相互にやり取りが可能なルシアの家が主として利用されている。


「さて、ヴェレナの為にも改めて生徒会長選出手法について説明するわね」


 そうルシアが言い、説明されるアプランツァイト学園高等科の選挙システム。

 生徒全員が各々に生徒会長にしたい者の名前を記名する直接投票制……ではなく少々分かりにくいシステムを取っている。


 というのも、各クラスごとに意見をまとめて、そのクラスの代表者である委員長がクラスの総意として投票を行うというシステムを採用している。

 3学年3クラスなので合計9票。なので2人候補者の今回は1回の投票で、全てが決定する。ちなみに3人以上立候補者が居た場合は、予備選を実施してやはり候補者を事前に2人に絞るようである。


 これだけ聞くとクラス委員長を買収すれば楽勝じゃないか、と考えたりもするが、まあそこはアプランツァイト学園ということで。


「委員長に与えられた裁量は、あくまでもクラスの意見をまとめることと、そのクラスの意見に従って投票することのみです。

 逆に言えば、委員長になった生徒個人の考えや主張をクラス内で通すことは禁じられています」


 あくまでも委員長はクラスの全体意思の代弁者であって、そこに個人のイデオロギーを混ぜてはならないということね。

 そう言うことで委員長1人に力が集中しないように配慮しているという面と、『もし』委員長個人の意見を生徒会選挙にてそれでも押し通したい場合は、常日頃から直接的な表現を避けつつもクラスメイトが忖度するようなクラス風土を作り上げておく必要がある、と。


 まあ、このくらいは権力・派閥どんとこいのアプランツァイト学園だから、想定はしていた。


 でもそれはイレギュラーパターンだ。

 セオリーに沿うのであれば、公約やら交渉やらで各クラスの意見を賛意に持っていくことが重要となる。


 と、ここまでが基本。

 さて、我らがソーディスさん陣営の動き方を見てみよう。


「まずは票読みよね。初の1年生の生徒会長という面を全面に押し出せば、そのアプランツァイト学園史に残る初の事業を行った学年として注目されるから、1年生クラス――即ち私達1年1組は当然として、1年2組や1年3組の票をこちらに流すのはそこまで難しくないわね」


「そうですわね、ルシア。

 で、全9票だから、過半数は5票。あと2票確保すればクレメンティー先輩がどう動こうとも私達の勝利は確定ね」


「狙い目……は、順当だけれども、オーディリア先輩が……2年3組の候補者だから……1組、学力的に上のクラス……を狙い打った政策で……2年1組と3年1組を、率いれば……良いかな」


 まさかの票読み体制であった。

 いや、まあ確定値を広げればそりゃ負けないけどさ。もっとオールグラウンダーに広く票が集められそうなやり口もあるだろうに、支持層決め打ちというのは……。


 そんなことを考えている間にもルシアが続ける。


「と、なると。ソーディスさんの元々の主張である『交換留学生』事業。

 これの利益の便宜付与辺りが1組の取り込み策としては、使えますかね?」


 あっ、そうやって繋げていくのね。先にどこを取り込むか明確にしてから、その次に自らの陣営の個性を生かした支援策を検討する。

 正しいのか否かは良く分からない。


 ただ、疑問が1つ出た。


「……これって、私必要無くない?」


「ヴェレナ、さんは……オーディリア先輩と、連携されると……面倒なので……」


 そのソーディスさんの発言はある種の答えを示していた。

 私の立ち位置は、敵に回られると厄介だけれども、味方にしてもすることは殆ど無い。うーん、これは何というか。


「そう言うなら、何か無いの? ヴェレナ?」


 そして追撃かのごとく剛速球をぶつけてくるルシア。

 生徒会選挙。まあ前世でもあったけれども、当事者では無かったから、適当に仲が良い方を推した気がする。所詮その程度だ。

 となると、前世で使い道がありそうなのは……議員選挙の方か。選挙カーとか街頭演説とか? でも、これくらいのことは思い付きそうだけれども、とりあえず言ってみるか。


「名前とか公約のスローガンとか、そうしたとにかく覚えて欲しいことを端的に、繰り返すってのはどう?」


 この私の発言にはクレティが答える。


「……まあ、それは一般的には有効な手段ではあるのですけれども。

 ウチの学園だと……。ソーディスさんの名前も指針もある程度把握していますからね」


 あー……。そっか、アプランツァイト学園の校風考えればそりゃそうか。

 生徒会選挙なんて派閥抗争の最たるものか。そりゃ、熱中度合いが市井とは全く異なるし、公約レベルなら高等科の全生徒が把握しているとかそういう水準なんだ。


 返す返すとんでもない学園である。



 となると、本格的にやることが無くなってきた。

 一応今の高等科1-1の面々は、私も初等科時代のクラスメイトではあったとはいえ、関わりという面ではそこまで強くなかったし。

 それに中等科時代がそっくり空いているし、彼らからしてみれば私が出てきても、本当に今更な話だ。


 同学年ですら、こんな体たらくなのだから2年生、3年生などは言わずもがな。本格的にやることがない。


 だって、私のアプランツァイト学園との関係なんて初等科の頃が精々で、現役の3人以上のコネクションなんて有していない……?



 ……あっ、1つあった。


「――ねえ! ちょっと間接的なアプローチ手法にはなるのだけれども……」



 

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