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7-14


 ルシアの家からの帰宅途上、改めて今回の生徒会選挙の一件を考え直す。


 ソーディスさんに聖女の国との官吏体験交換留学制度という、『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のシナリオに直接関わりの強そうなものを交渉材料として取り上げられてしまっては、ゲームシナリオ通りに進むと訪れる可能性のある敗戦を回避することを目標として掲げている私としては、協力せざるを得ない。


 ここで末恐ろしいのはやはりソーディスさんだ。

 おそらく彼女は、私が何故この事象に重きを置いているかまでは理解していないとは思う。けれども、私の言動やリアクションなどから『私が転生者である』、『この世界がゲームを基盤にして出来ている』などといった事前知識なしで、ほぼ正確に私の中の行動指針を、私の特性から類推してきたのである。

 確か、以前の吟遊詩人の折には、『予知能力のごとき先を見通せる』能力と『当たり前のことを不自然に把握している』認識能力の異常性を指摘されている。

 それを彼女は『想像との答え合わせ』とまで表現した。これも私が異世界転生者である事前知識なしで、私の外に現れる言動や所作といった細かな、そして莫大な情報を統合して判断したことである。


 両親しか知り得ない私の本質・・について、ソーディスさんは理解してはいないが、それを捨て置いても私の行動と目標の予測は可能であることを示している。過程や思考プロセスなどを放棄して結果だけをひたすら集積するだけでもそこまでの高い精度での予測が可能であるというのは、本当に恐ろしい。


 ――と、ひと通りここまでソーディスさんの異端性について考えてみたが、結局私がソーディスさんに協力するとはいっても具体的にどうような行動を取れば良いのかは結局分からず仕舞いだ。

 3人とも、特にその点に触れなかったことを考えれば、今日のように定期的に休日に招集されたり、その他必要なことがあれば魔力通信装置を介して何らかの指示が出されるのかな。


 そんなことを考えていたら、路面列車は魔法爵育成学院の最寄りであるマルタールピアーノの停留所に差し掛かり、私は慌てて降りる。

 ポーチから、初等科時代から修理して使い続けている懐中時計を出し時間を確かめれば午後6時を指している。まあ多分数分はずれているのだろうけれども、一応門限には間に合う。


 ……懐中時計もいい加減新しいものを買わないとなあ、部品は幾度も交換して取り繕いながら使っていたが、もう限界かもしれない。




 *


 女子寄宿舎に戻り守衛さんに挨拶をして中に入る。外泊すると言っていたオーディリア先輩を除けば、今日は全員寄宿舎に残っているはずだ。

 ビルギット先輩が実家に戻らずに普通に学院内に残っているのも、ローザさんが家庭教師のアルバイトが休みなのも珍しいと言えば珍しいが。


 時間帯的に門限である7時には間に合うとは、伝えていたので寄宿舎に戻ると夕食を準備している最中であった。

 そこからは特に何事もなく。寄宿舎に居るメンバーで夕食を取ったり、ローザさんと共にお風呂に行ったり、休み中の課題を解いたりして、そのまま就寝した。



 そして、翌朝。

 ローザさんよりも早く目覚めて喉の渇きを感じた私は、彼女を起こさないようにこっそりとベッドから起きて部屋から抜け出し、1階へと降りてダイニングキッチンにある冷蔵装置へと向かう。


 まだ残暑が和らがず、暑さが去り止まぬこの頃。

 魔石装置のエアコンが部屋に備え付けられているおかげで、寝汗をかきながら寝苦しい夜を明かすことは無いものの、部屋の温度を下げている以上、湿度が変わらなくとも部屋の空気に含まれる水蒸気量は低下する。だから肌で感じる程には乾燥していなくとも、空気中からは確実に水分が抜けているため、寝起きに喉が渇く。


 とはいえ、前世世界のエアコンとは異なり魔石で動作していることもあり、空気の冷却には魔力を用いて冷やしているらしい。エコ……なのかどうかは知らない。魔石も直方体にカットされ精錬されているから分かりにくいが、未知の森やその近傍の一部に偏在する戦略資源だから、使いすぎると環境に良くないという意味合いよりかは、限りある資源であることは念頭に置いた方が良いのかもしれない。

 まあ、魔力の再充填自体は可能なので、使い切りの化石燃料よりかは相当コストパフォーマンスに優れるのも確かである。


 そして、同じく魔石装置である冷蔵装置の扉を開けて私の私物エリアに置いておいた瓶に入れた水を取る。

 キッチンには飲用用途のウォーターサーバーも設置されているけれど、常温よりも冷やした水のが美味しいしね。


 ダイニングチェアに腰かけて水を飲みながら一息つく。外を見れば陽の光が木々を照らしている。ダイニングも冷房は効いているので、今日も暑くなりそうだなという漠然な感想を抱くだけに留まったが。


 そんな詮無きことを考えていたら、廊下と繋がる扉が開かれる。


「……あれ? ラウラ先輩じゃないですか、休みの日なのに早起きですね……って、どこに行っていたのですか?」


 扉を開けて入ってきたラウラ先輩は、何やら木箱を両手で抱えて持っていた。

 というか扉はどうやって開けたんだ、脚でも使ったか?


「あー、ヴェレナか。別に、近くの朝市に顔出してきただけだ。

 保存用の乾燥果物ばかりだと飽きるし、もしかしたら珍しいのもあるかもしれないからな」


 確かに先輩はドライフルーツを常備でストックしているが、生鮮食品であるフルーツの類は備蓄には不向きだ。

 でも、こんな朝早くから朝市に行ってまで、果物を調達しているとは知らなかった。


「いつもこんな朝早くから出掛けているのですか?」


「いや。今日は起こされたからな……オーディリアに」


「あれ? オーディリア先輩は外泊していたはずでは……?」


「ああ、あいつ。夜が明ける前に一度部屋に戻ってきやがったんだよ。その物音で、目が覚めるし。

 しかも風呂だけ入ったらまたすぐ出て行った」


 ……本当に、一体何をしているんだ。オーディリア先輩……?

 そりゃ、ソーディスさんを相手にして高等科の生徒会選挙に介入するなんて、アプランツァイト学園生を相手取る行為が容易に出来ることでは無いとは思うが、オーディリア先輩が傀儡として擁立した候補を人形劇が如く操るのに、朝帰りやその後すぐまた外出が必要になる程の労力を使うというのは全くあり得ないことと断言することもできないが、不自然にも思う。


「……あ、そういえば。

 オーディリアからヴェレナに言伝を預かっていたな」


「……聞きましょう」


 ここに来てオーディリア先輩からの伝言。

 先輩自身がわずかな寄宿舎への帰宅時間では会えないと判断して、こうやってラウラ先輩に言葉を託すというのは珍しい。

 このタイミングで仕掛けてくるということは十中八九、私が生徒会選挙の顛末をある程度把握していること、そしてソーディスさん側に招集されたことはバレているだろう。

 あるいは。ソーディスさんの味方に付くことすら予想されている、と考えたとしてもそれは思い過ごしの類にはならないだろう。


「――『午前11時、烟茶えんちゃがあるくだんの喫茶店で』だってさ」


 烟茶・・か。

 私とオーディリア先輩の2人が知る喫茶店で、そのお茶を給仕するお店は1つしか知らない。


 ――王家御用達の喫茶店。

 あの、吟遊詩人面会の報酬として王子に対して要求し、紹介してもらったお店だ。


 そしてそのお店を指定するということは、本来は私に付いていた魔法使いの監視役の目を近衛兵による監視体制によって掻い潜る為のものだ。

 しかし今の私はオードバガール魔法準男爵から直接伝えられた通り魔法使い上層部側からの監視は付いていない。


 ……いや。その事実って私が中学校課程である魔法青少年学院3年のときに同学院で聞いた出来事だったな。そのときオーディリア先輩は既に魔法爵育成学院に進学していた。


 ということは、私が監視対象から外された事実を先輩は……知らない?



 そこまで考えるとラウラ先輩が冷蔵装置の中に朝市で買ってきたものを粗方詰め終わっていたようで、私が思惑に耽っていた姿をばっちりとみられていた。


「あのさー、ヴェレナ1つ聞いても大丈夫か?」


「えっ、ああ……はい。何でしょうか」


「烟茶って何だ?」


 あっ、そこ興味持ったのね。


「紅茶の茶葉に松の葉っぱで燻し、更に香りづけをした手間のかかった茶葉を用いたお茶のことですよ。……もしかして興味あります?」


 思わず話の流れで興味の有無を聞いてしまったが、これは悪手であった。

 あの王家御用達の喫茶店の存在をラウラ先輩に明かすのは……どうなんだろう。王家が隠れて使用するだけにちょっと普通ではない特殊な事情を抱えていたかもしれない。少なくとも王子に相談してから誘った方が良いことを思う。

 となると、ここでラウラ先輩が興味を持った場合、王都内で烟茶を供する別の喫茶店を探さねばならないが……。


「……いや、やっぱいいや。

 煙が燻る(・・・・)類のものはウチはどうも苦手だからなあ、パスだパス」


 そう言って空になった木箱を持ってダイニングを後にするラウラ先輩。



 ……あー、これはラウラ先輩に私とオーディリア先輩が変な動きをしていることを察されたな。

 先ほど『煙が燻る』ものを苦手とラウラ先輩は言ったが、ドライフルーツを食べる先輩が燻製にするドライフルーツを知らない訳がないし、それ以前にあの皮革産業の街――ハウトクヴェレで生まれ育った彼女が食べ物で好き嫌いがあるとはあまり思えない。


 となると『煙が燻る』という表現が示しているものは――『政治的』な話のことに他ならず。

 ラウラ先輩はそういった話を毛嫌いはするものの、それは彼女が政治的嗅覚に乏しいという訳ではなくこうしてアンテナは充分に張っているから、逃れることが出来るという証左のである。




 *


 指定の時間の5分ほど前に、王家御用達の喫茶店へと細やかな路地と分かりにくい入り組んだ街並みを深く入っていって辿り着く。

 店内には数名のお客さんが居るが、一般人とは思わずに近衛兵関連の関係者だと考えた方が良いだろう。


 その窓際の席に見覚えのある軍服ワンピースの姿が1つ。……オーディリア先輩だ。


「申し訳ございません、お待たせしてしまいましたか? オーディリア先輩」


「いえ、ゆっくりとお茶を楽しむことが出来たので気にしていませんよ」


 本当はこの場で、私の魔法使いの監視役が解かれたことを先輩が知っているのか尋ねたい。何故なら先輩がその事実を知っていてこの喫茶店を指定したのと、知らずに行ったのでは意味合いが全く異なるからだ。

 後者であれば、割と話は単純で魔法使い上層部に知られたくない情報をこれから共有しようとしていることになる。


 だが、逆に前者の場合。わざわざこの喫茶店を指定して話をする必要性が薄い。敢えて近衛兵組織に我々の行動を筒抜けにする必要がある? あるいは制限された情報を公開することで近衛兵側の動きを制御する?

 いずれにしても王子近傍が話に絡みそうな気がしてならない。だが、高々アプランツァイト学園の高等科生徒会選挙の動向がどうやって王族に絡むのか。

 ……全く、分からない。


 だからこそある程度オーディリア先輩の考えを把握してから臨みたかったが、既にこの喫茶店内に居る状況からして、むしろ今のような意図を聞き出す方が私達にとってマイナスとなることは分かる。

 近衛兵側の我々の監視役が一切何も知らないでいる可能性もあり、その場合私の行動はとんでもない悪手となってしまうからだ。

 吟遊詩人の折で、直接対談に及んだ私やソーディスさんを警戒対象に加えたのにも関わらず、目の前のオーディリア先輩には目を付けなかった。それは近衛兵の監視が甘いというよりかは、私達の関係性についての理解を仕切る前に吟遊詩人対談で脅威に思われたからなんだけど。


 ……ということもあり、私は今回はオーディリア先輩の出方を見てから動かねばならない。それは先輩に主導権を完全に明け渡すということ。

 ちょっと、本気で寒気がしてきた。


「……そ、それでオーディリア先輩。

 今日、突然お茶会のお誘いを受けた訳ですが……」


「ええ、そうですわね。寄宿舎や学院内の食堂で食事を共にすることは多いですけれども、アプランツァイト学園に在学していた頃のように腰を落ち着かせて食事をしたりお茶をする機会というのは、魔法使いを目指して以降あまり多くなかったですからね」


 オーディリア先輩と一緒に外食を食べに行くという機会が、初等科時代には多かったと言われると別にそんなことは無いので、これは平日のお昼休みと昼食のことを指しているのだろう。

 というのもアプランツァイト学園は昼食と昼休みの時間を合わせて90分あったが、魔法系学院に入学して以降はその時間は40分と半分以下に短縮されたからである。


 ……ただ。問題はそれがこうして喫茶店に出向いて話をするということに直接繋がる訳ではない。

 何故ならば、同じ寄宿舎で暮らしているのだから、一緒に居る時間そのもので言えば初等科時代よりも遥かに今の方が長い。

 となると、先の口上は欺瞞――そうでなければ別の言葉を引き出すためのさわり(・・・)でしかない。


 取り敢えず話を合わせることにする。


「確かに……寄宿舎以外の場で、こうして2人で過ごすのは久方ぶりかもしれません。

 でも、先輩が私にそういう気の使い方をするのは珍しいですね?」


「ええ、まあ……。私もここ最近は少し立て込んでおりますので、可愛い後輩(・・・・・)面倒・・をみれていないところもありまして。

 何か……、ヴェレナさんに悩み事(・・・)困ったこと(・・・・・)があれば、是非ともお話を伺いたいな、と思いこういう場を用意した……とそういう訳なのです」



 ――待って、待って! ちょっと怖いってこれ、本当に!

 核心に踏み込まずに、当たり障りのない会話風に見立てて、それでも多くのことを把握しているように示唆させる言い回しは、この先輩が今の状況下で行うと恐怖心だけが先行するから……。

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