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7-13


 私を呼び寄せた最大の理由は、私をオーディリア先輩側の味方に付かないようにするため。ソーディスさんは確かにそう言った。

 成程、私にオーディリア先輩の動向を聞く程度の役割しか期待していなかったのであれば、対オーディリア先輩が明確になっているこの状況下でわざわざ貴重な工作時間を魔力通信装置の通信ラグまで含めて浪費するのは明らかに優先順位の付け方に疑問があったが、そうではないと分かりむしろ納得がいった。


 とはいえ、今回の問題では魔法使い云々を抜きで私がキーパーソンになり得るのか。ここが分からない。

 いや、別にキーパーソンでなくても良いのか。私がオーディリア先輩側に付くというケースは、私のことを先輩が手駒として使うことができるということ。

 そして、それがソーディスさんにとって困るケースというわけだ。私にアプランツァイト学園的な価値が……一体、何がある?


 考えろ。オーディリア先輩が全く油断ならない先輩であるというのは周知の事実であるが、一方でこのソーディスさんは、そのオーディリア先輩に引けを取らない程の動きが出来て、しかも分野によっては先輩以上の見識の持ち主である。これは吟遊詩人面会時の交渉の際に、条件付きとはいえオーディリア先輩と真っ向勝負で交渉を行っていた事実からも分かる。

 だからこそ、オーディリア先輩に警戒心を抱くのと同様に、こういうときのソーディスさんにも常に思考を止めてはならないと私は直感的に分かっている。それすらも手のひらの上だったとしてもね。


 私の魔法使い以外の価値。アプランツァイト学園において価値がある事実といえば、やはり元『勉強会』のメンバーであったことだろう。そして、曲がりなりにも形式的・書面上とはいえリーダーをやっていた。分かりやすいところで言えばこれだ。


 あくまで、今回の生徒会選挙の諍いを『勉強会』の派閥内抗争として定義付けたとき、私という名目上のリーダーを取り込むというのは存外、重要なこととならないのであろうか。

 ……いや、違う。これではない。むしろこの場合であれば私はオーディリア先輩側に居た方が、ソーディスさん的には得なはずだ。

 何故なら、私が初等科にあるとき、ソーディスさんは自ら私に従属しているように演じていた。私の権力基盤の強化とソーディスさん自身が有力者の庇護下にあるという虚栄で自らの進退の自由を確保するという理由付けの為に。

 翻ってここで私とオーディリア先輩を敵に回せば、彼女は『旧態依然としていて既に学園外に居る勉強会の主要人物からの独立』を主張することができる。そしてその大義名分の下、勝利を収めれば実質的指導者格であった先輩と形式的指導者であった私の二枚看板を倒すことに成功したと吹聴でき、名実ともにアプランツァイト学園高等科内での権勢を確定させることができるはずだ。


 しかし、ソーディスさんはその選択を取らずに私を敵に回さない選択をした。つまり先の大義名分で得られるメリットよりも私を敵に回すことで生じるデメリットを計上した、というわけになる。

 そしてそのような有意なデメリットが存在するということは、同時に私が今回の生徒会選挙で活かせるものがあることの証左だ、そこが私は分からないのである。


 が、直接聞き尋ねてソーディスさんはそれを教えてくれるだろうか。


 ……というか、私が私自身の価値を理解していないと伝えることが、この場における最適解になり得るのだろうか。


 そう考えた私は、長い時間をかけて1つの暫定的な質問をひねり出したのである。



「……ソーディスさんとルシア、クレティの目的は何?

 そういえば、そこを聞いていなかったね。ソーディスさんを生徒会長に付けることで得られる利益は何?」


 これに即答したのはルシア。


「生徒会役員は生徒会長を除くと5人。ソーディスさんが勝てば役員の座を手にするのは私とクレティだからね。

 もしクレメンティー先輩の擁立した候補者が勝利すれば役員には届かないし、私達」


 その言葉に頷くクレティ。

 生徒会役員部は学校行事や部活動・クラブ活動の予算を握っている。そこにルシアが入り込めるとなれば、ルシアのお父さんの商会であるリベオール総合商会の影響力増大にはなるか。まあ、分かりやすいと言えば分かりやすい話である。

 一方でクレティの実家は油問屋。ルシアのように学校行事が金銭的利益と直結するようには思えない。そもそも問屋なのだから学園に油を卸す必要性は薄いし、仮に学園の食堂などで使用する食用油などを販売するにしたって、油の販売は国の許可制だからそう易々と学園上層部が業者を変えるのかと言えば疑問符がつく。


 私がそのような疑問を抱えているのを察してかクレティが口を開く。


「……まあ、私の場合。ソーディスさんはもう何年も我が家に住んでいますし身内に近いと言えば近いのですよね。

 それ以外の理由を挙げるとすれば、姉への対抗心といったところでしょうか……」


 クレティの双子の姉。やっぱり三姉妹の末ということもあり劣等感のようなものは感じているのかもしれない。特に上の姉であるアルバさんは錬金爵育成学校に在学している。実家は長兄が継ぐことが確定しているからクレティもゆくゆくは実家を出て定職を見つける必要があるし、そしてアプランツァイト学園に通う以上、最も可能性が高いのは官公庁だ。となると上の姉が錬金術師という魔法使いの双璧を為す有力公務員へと進路を定めていることに焦燥感などもあることだろう。



 ……で。さて、問題のソーディスさん。


「……正直に言えば、あんまり……無いんだよね。……1年生の内から、生徒会長に就く……メリット、って……」


「――はい、今なんて?」


 思わず聞き返してしまった私は悪くはないだろう。ルシアとクレティも溜め息をついているのが横目で分かる。


「……だって、今年落選しても、来年は……間違いなく、就ける」


 例年、2年生が就任しているということと、この学年の代表者と言える派閥は最早目の前の3人で、しかもソーディスさんが主導権を握っていることを考慮すれば、来年の生徒会長にソーディスさんが就くのは既定路線である。

 だからメリットが無いという意見には理解が及んでしまった。ソーディスさん的には今年無理をして自身の名声を傷つける理由は無い。


「なのに、オーディリア先輩の擁立候補が出てきて退かなかったのは何故?」


 となれば、私の疑問は恐らく正当なものである。

 そして正当な疑問に対しては、回答を用意しているのがソーディスさんという人物だ。


「――長期政権。

 私ね……あの学園の、留学制度を……もっと拡大して、色々な国から……留学生を受け入れたい……と思ってる」


 ソーディスさんの国際志向の強さは初等科の頃から明らかであった。

 だがその意志に反して、実際のところ一度も国外に出ていない。まあ、前世世界以上にそう易々と国外に行けるものではないということと、この国の政情不安、あっあと鉄道で接続する商業都市国家群との関係がラルゴフィーラ旅行時の『駐在公使不審死事件』以降悪化していることもあり、金銭的な事情を度外視しても一般には行きにくい現状がある。

 だからこそ発想を転換して行けないなら、こちらに来てもらおうという発想になったわけだ。留学生の受け入れをこの学園が行えるようになれば、その留学生と接する機会が増える。

 そしてそれはなるべく早く行えば行うほどソーディスさんにとって恩恵が大きい。だから異例の1年生生徒会長の座を狙いに動いたというわけだ。



 よし。この3者の生徒会選挙に参加する動機は分かった。

 でもやっぱり、私を味方に引き入れる理由が分からない。


 そこを考え込んでいたら、ソーディスさんが口を開く。


「もし……ヴェレナ、さんが……私達と協力して、私が、生徒会長に就くことを手伝って……くれる、なら。

 対価として、渡せるものが……ある」


 どうやら私が黙っていた理由を、私がソーディスさんの味方をした場合のメリットについて考えていたと誤解したようだ。

 だが、これはこれで気になるので、そのまま黙って続きを聞く。ついでに言うとルシアとクレティもまるで初めて聞くかのように神妙な表情をしている。


「……ヴェレナ、さんが、国外から情報を手に入れるのに……ルシアさん以外にも伝手が……できる」


 詳しく聞いてみれば、文化交流とか国際交流名目で他校の生徒も巻き込むとか何らかの理由付けをして私をその場に巻き込むということ。受け入れる留学生の選定は生徒会……つまり目の前の3人が行うので、私と情報提供協定を結ぶことで相互利益が確約されるような相手を選別できるということ。

 成程、これは確かに大きいかもしれない。でも一応リベオール総合商会からルシア経由で国外の情報、特に錬金術技術に関する情報は仕入れているんだよね。

 だから重要ではあるとは思うのだけれども、今の私にとって必ずしも必須というものでもなくなっている。情報の比較は大事だけれども、うん。


 そんな私の反応を見て、予想外だったのか更にソーディスさんは言葉を重ねる。


「……あれ? まあ、いいかな……。

 もう1つ、ある」


「えっと……それは?」


「今、外務省で……官吏体験の、交換留学生を私立で……受け入れられる学校を、選定、しているのだけれども。

 私が、生徒会長……になったら、これに立候補する……つもり」


「うん、まあ公約的にもそうだろうね」


 外務省主導の留学生プロジェクトに手を挙げる、か。何というかそこまで生徒会の権限で絡むことの出来るアプランツァイト学園の校風は少々恐ろしく思う。

 そして、この外務省関連の知識の出所はおそらくソーディスさんが同居しているクレティ邸、そこに別邸を構えて暮らしているワルデルディス家の父親が外交官だからなのだろう。


「この、『官吏体験』。

 ……『聖女の国』と森の民で、お互いの……『魔法使い』の候補生、を……交換するもの、何だけど……。

 ヴェレナ、さんは……興味、ある……かな?」



 ――官吏体験。

 聖女の国。


 そして……魔法使い。


 それらの情報が統合された瞬間、私の回答は1つしか用意されていなかった。


「――私は、ソーディスさん側で、今回の生徒会選挙は全力で支援するね」



「なんで……その情報で動くのよ。ヴェレナは」


「そして、そこが弱点とどうして、ソーディスさんは知っているの……」



 ルシアとクレティが驚いているけれど、私だってソーディスさんがここまで的確に私のことを掴んでいることに恐怖しているからね!




 *


 元ゲームである『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』。

 その中で『聖女の国』出身のヒロインが、森の民の王子――エルフワイン・アマルリック王子に出会ったのは、彼女が1ヶ月の国外派兵官吏(・・)職業体験・・・・であった。


 そしてヒロインは聖女の国の魔法学校生徒である。


 しかし、森の民に職業体験に赴くことで王子と親密になるイベントはあったが、どこの学校にヒロインがその当時留学したのかという情報は無かったはずだ。

 まあ、ゲーム的には他国の学校名などフレーバー要素極まりないから出てこなかっただけだろう。ただ漠然と王子と出会っていたのだから、王都のどこかだと考えていた。


 だから、それがアプランツァイト学園である保障などどこにも無い。

 一方でアプランツァイト学園ではないと断定する根拠も無い。


 だが、しかし。ここでソーディスさんが外務省に働きかけて受け入れ校をアプランツァイト学園で一元化するのであれば話が大きく変わる。

 ――私は、ヒロインに制御された状況下で出会うことができる。そして、ソーディスさんと交渉次第ではヒロインの行動を把握、あわよくば王子に会わせないなどの情報と行動の操作を行うことができる。まあ、無論そこにヒロインが存在するのか否かは分からないけれど。


 しかしどれもこれも、ソーディスさんがアプランツァイト学園で生徒会長になった後の展望である。

 となれば、私が未来ゲームシナリオを回避する一手として、ソーディスさんを支援しない理由は無いわけで。


 だから私は一も二も無くソーディスさんの申し出を即座に承諾したのである。まだ、私自身がこの生徒会選挙で何が出来るのかも分からないのに。



「あの……ソーディスさんは、どうしてそれがヴェレナが即座に要求を飲み込む程のメリットだと、分かったのかしら?」


 あまりにも早い私の変わり身に、流石に事態が異常とみたのかクレティが一言ソーディスさんに質問する。


 ――そして、これは当然正当な疑問であるわけで。



「ヴェレナ、さんは、出会ったときから……国外に意識は向けていた。

 私がヴェレナ、さんの前で出した国は……賢者の国、英雄の国、勇者の国、狩人の国、砂漠の民、商業都市国家群……そして聖女の国。

 商業都市国家群にも多少、反応は示していたけれども……。顕著に、過剰とも言える反応を……『聖女の国』の名を出したときにだけ、見せていた。

 他の国、には……見向きもしないのに。


 それで……魔法使いに対する、こだわりも……加味すれば。

 ――この……『官吏体験』がヴェレナさんにとっての1つの鍵であることは……予想はしていた、よ?」



 ――ソーディスさんは正当な疑問には、納得のいく回答を用意しているのである。




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