大木をぶった切る
最終節から間が空いて、いよいよJ1昇格のラスト1枠を争うプレーオフが幕を開ける。3位松本はホームで6位の京都、シーズン5位の和歌山は、4位セレーノ大阪のホーム長居スタジアムに乗り込む。そしてそれぞれの試合の勝者が、再び長居で相まみえるのが今年のプレーオフの概要である。セレーノは2戦連続でホームを戦うことになるのでかなりのアドバンテージがあるのだが、ある意味では和歌山もアドバンテージを持っているということになる。
「とりあえず、ここまで来た。だが、シーズンのどんな試合よりも今日は大事かもしれん。もっとも、言うまでもないだろうがな」
試合前のロッカールームで、松本監督は選手を前にしてこう口を開いた。あれこれ今日の作戦や相手の対策を説明したのちに、こう言って選手を送り出す。
「我々に引き分けは許されていない。だが裏を返せば、相手よりも点を取ることだけを考えればいい。攻めれるうちはとにかく攻め、その中で得たチャンスを確実に取ろう。俺たちはできるだろ?それぐらい」
入場セレモニーの時間。ピッチに出た剣崎たちは、三方ピンクに包まれたスタンドを見て目を丸くした。
「あ~、なんかこういう完全アウェーな雰囲気見てると、この試合がやべえんだなって感じるよな~」
「そうだな。でも、そういう中でも、俺たちの味方だって来てるさ。あそこにさ」
竹内がそう指さしたアウェーゴール裏席。そこには和歌山サポーターががっちりと固まってそこを緑色に染めた。
「んじゃ。次はここを俺たちの緑で染めてやろうぜ!ここと和歌山ならすげえ近いからできねえ話じゃねえぜ!」
「そうだな。お互い、点を取るぞ」
剣崎と竹内は、そう決意を込めた。
ただ、友成だけは違った感情を持っていた。
(・・・・。来年からは、こいつらを敵に回すんだな。・・・ぞくぞくするぜ。そういう戦いはJ1がふさわしいからな。とりあえず、この2試合は完封してやるよ)
スタメン
GK20友成哲也
DF6辛島純輝
DF50ウォルコット
DF34米良琢磨
DF19寺橋和樹
MF24根島雄介
MF8栗栖将人
MF15ソン・テジョン
MF14関原慶治
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
試合再開。J1を知った者同士、復帰への執念が立ち上がりから激しくぶつかり合う。和歌山もそうであるが、セレーノの場合クラブの財政規模を考えると、やはりJ2は場違いだ。同じ大阪にガリバーという優勝候補クラスのクラブもあることが、その執念の炎を燃やす薪となっているのだろう。そして攻撃陣も、「ジーニアス」と称えられる晴本、現役A代表のボランチ山内のほか、韓国代表の守護神、元日本代表の肩書を持った選手や、レベルの高いブラジリアンがいるだけに、一筋縄とはいかない。しかし、そんな大木をぶった切らねば、和歌山のJ1復帰への道はないのだ。
「テジョン!」
「おう!」
栗栖のパスを受けたソンが、相対するセレーノのDFを振り切って、右サイドからバイタルエリアに切れ込んでいく。そして迷いなく右足を振りぬいた。
「っだぁ!!」
渾身のシュートはしかし、ポストに嫌われて跳ね返る。しかし、この日一列前に起用された関原が回収して素早くクロスを放つ。
「ぅおりやぁっ!!!」
剣崎が相手DFに身体を寄せられながら強引にヘディングを試みる。しかし、力ないボールがキーパーに抱え込まれ、地面を殴りつけた。
一方でセレーノも何度かカウンターをハメて和歌山ゴールにせまり、実際シュートも枠内に飛ばされた。だが、セレーノの守護神が韓国代表ならば、和歌山の守護神も日本代表の俊英である。
「っ!」
右手一本。あるいは左足。さらには女座りで股抜きを阻止。180に満たない身長でそこまで登り詰めれたのは、この超人的なセービング技術だ。
「くそっ!相変わらずなんてセービングだ。ますますえげつなくなってんなお前」
晴本の愚痴に、友成は嘲笑を浮かべて言い放った。
「あんたら程度に負け惜しみ言われても嬉しくねえよ。どうせならうちのFW連中みたいに化け物めいたらどうだ」
眉間にしわを寄せた晴本だったが、間違ってないだけにぐうの音も出なかった。
だが、前半は結局スコアは動かずに終了。ハーフタイムに入った。そこで松本監督は大胆すぎる、無謀と紙一重の策を講じた。
『アガーラ和歌山、選手の交代をお知らせいたします。背番号6、DF辛島純輝に代わりまして、背番号10、FW小松原真理。背番号19、DF寺橋和樹に代わりまして、背番号2、MF猪口太一が入ります』
スタジアムDJの淡々としたアナウンスにスタジアム中がどよめき、セレーノの小熊監督も戸惑いを隠せなかった。
「ま、まさかハーフタイム明けに二枚替えだと・・・何を考えているんだ?」
二枚替えというのは、常識的にないわけではない。だが、三枚しかない交代カードを一度に二枚切るというのは博打の色合いが強い。ましてはハーフタイム明けにそれを実行するとなれば、残りの45分プラスアルファで一人しか選手を代えることができず、三人目の交代以後ないし二人以上が負傷で続行不可となれば数的不利に陥るリスクを伴う。それを平然と、それもJ1へ上がれるか否かの大一番でやってのけるのは、かえって不気味さが増した。
ただ、確実に言えるのは和歌山はよりゴールへのギアをあげてきたということだ。
そして和歌山は、いよいよセレーノという大木をぶった切りにかかる。




