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勝っているからこそ

 前半で3−0で終えた和歌山。


 アウェーゲームでこの内容は、客観的には100点満点に近い出来だ。こういう場合はあまり選手を動かさないのが得策である。にも関わらず、松本監督は後半の頭から交代カードを切る。それも、前半の立役者だった櫻井に対してだった。

「ちぇ〜。今日ならハットトリックできそうだったのにな〜」

 後半のピッチに立つイレブンを見送りながら、櫻井は子どものようにむくれる。それをチョンが笑いながらなだめる。

「そうすねるなサク。はじめからこういう話だったし、十分チームは盛り上がったんだ。今日の出来には胸を張れ」

「う〜、確かに決まってましたけど〜。だったらもっとゴール狙っときゃ良かったな。ま、しょうがないか」



 代わりに送り出されたのは、今年から加入した高卒ルーキーの村田一志。出場は今季3試合目だか、これだけ長い時間プレーするのは初めてだ。故に自然と顔がこわばっていた。

「お〜いカズよ。何緊張してんだよ。俺やトシがいるんだから堂々としてろい」

「う、ウス・・・でもやっぱ緊張するっすよ」

「まあ、考えすぎんなよ。うちのFWの約束事はただ一つ。とにかく、ゴールに絡め。俺達がリオ行ってる間頼りになんのはおめえらなんだから、その辺のとこ頼むぜ!」

 緊張する村田の背中をバンバンと叩きながら、剣崎はエールを送った。

(改めてでけえ人だな・・・。体格も人間も。今日は何かしら学ばねえと)


 楽観的な剣崎は頼もしい限りだが、ベンチでは宮脇コーチが松本監督に不安を口にした。

「しかし大丈夫かねカズの奴。2点勝ってるつっても、そうそう気楽にできるもんじゃねえぞ」

「そんなこと言ってたら選手は育たんぞミヤ。遅かれ早かれ、戦力になってもらうには長い時間を経験しなきゃならんしな。剣崎あいつがいるうちにそれをやっときたかったしな」

 松本監督のこの起用は、オリンピック期間を見越してのものだった。直前合宿を含めて1か月前後はエースストライカー2人を失う攻撃陣の底上げは不可欠だ。小松原を軸に、展開に合わせて矢神や櫻井を中心に回す予定だが、松本監督は村田も戦力として計算している。ぶっつけで使うわけにもいかないので、剣崎たちがいるタイミングで一度は長い時間をプレーさせたかったのだ。だからこの試合は、後半から使うと決めていたのである。

「それに、負けている展開で使ったところで、失点に絡んだ時の重みが違う。ミスを恐れて縮こまるのは困るが、プロである以上勝ち負け関係なしにお気楽にプレーするのは論外。あとは勝利に貢献した実感は成長するうえで欠かせないしな」

「まあ確かに、実戦に勝る練習はないしな」

「村田は良くも悪くも『丁寧』なFWだ。バイタルエリアでの落ち着きは目を見張るものがある。うちの攻撃は力任せに偏っているから、あいつがモノになれば、いい色づけになってくれる。それから、前田も用意させてくれ。10分経ったら行かせるぞ」


 さてピッチ上。松本監督の期待を持って送り出された村田だが、予想通り緊張の色はすぐには解けなかった。

(あいつまわり見えてんのかな・・・。ま、エースである俺が、先輩としての凄みを見せてやるとするか)

 にやりと笑う剣崎。ちらりと右サイドを見やる。かなり距離はあったが、サイドバックのソンが目が合った。

(テジョン、あいつにクロス出せ!)

 超能力などないから、テレパシーなんて送れっこない。剣崎はそんな願望を念じたに過ぎない。だが、ソンは剣崎の視線を理解する。

(あいつのはマークがつく。たぶん俺がクロスを上げるとき、村田はフリーになるはずだ・・・)


 ソンが得意のドリブルで攻め上がり、途中竹内とのワンツーで相手を交わすと、一気に攻めあがる。同時にニアの剣崎が叫ぶ。

「カズ!腹くくっとけ!!」

「う、ウスッ!」

 剣崎の叫びにそうとしか返事できなかった村田。

(腹くくれって・・・何が?)

「テジョン!!」

「オオッ!!」

 剣崎が呼び込み、ソンがそれに応じてクロスを打ち上げる。だがそれはファーに流れた。誰もがミスキックと思ったはずだ。そしてその落下点に村田がいようとも、とっさにシュートは打てないだろうとも。

 だが、事前の剣崎の一言をはっと思いだした村田は、落ち着き払ったようにこのボールをトラップ。慌てて相手DFがつぶしにかかるや、無理にシュートせず我慢強くボールをキープ。そして・・・

「グチさん!」

 ペナルティーエリアの外にボールを折り返す。そこに猪口が走りこんできたからだ。駆け込んできた勢いそのままに放たれた猪口のミドルシュートは、豪快にゴールネットをぶち抜いた。瞬間、剣崎ら先輩たちが、一斉に村田に駆け寄った。

「やるじゃねえかカズ!!よく持ちこたえたぞ!」

「ナイスキープだ!」

「カズいいぞ!!」

 先輩たちにもみくちゃにされた村田は、戸惑いながら照れくさく笑った。

「よし。村田の緊張は解けたな。前田、お前もあの輪に入ってこい」

「はいっ!」


 その後試合は、竹内に代わって途中出場した前田が村田のプロ初ゴールをアシスト。五輪組ばかりに耳目が集まった前半最後の試合で、途中出場ながら1ゴール1アシストと目に見える結果を残した村田の活躍で5-0の完勝を収めたのであった。


 そして剣崎らが五輪前に出場できる最後の試合、23節のホーム清水戦で、待ちに待った男が帰ってくる。

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