27話 夕焼けに染まる部屋で
予想していなかったエミスの反応に、テストゥードはがっくりと落胆してしまった。
そして、あの日のホヌとの会話を思い出していた。
『全てを投げ捨て、彼女の元へ行ったとしても振られる場合があるということです』
「ホヌが言ってた通りになったな……」
テストゥードは、いよいよ海に帰るしかないかと考え出した。
「ねえ、テス」
エミスの呼びかけに、悲しそうに顔を上げた。
「貴方は王子様で、私は平民なの。貴方には沢山の功績があるけど、私は単なる平民の娘でしかないの」
ゆっくり、肩を落としているテストゥードに近づく。
「もし、貴方が王族を離脱して平民になっても、誰も私たちの結婚を祝福なんてしてくれないと思うの。王子様を誑かした、悪い平民の女って一生後ろ指さされるわ」
「そんなことっ!」と口にしたテストゥードは否定しようと言葉を探したが、その可能性を否定出来なかった。
エミスは、テストゥードの前に立つと真っ直ぐに視線を合わせた。
「私ね、結婚式の日は晴れやかな心で教会に立ちたいの。皆に祝福してもらって、なんの憂いもなく幸せだけを噛み締めたい……今度こそ、大好きな人の隣で笑いたい」
テストゥードが、その言葉に辛そうに顔を歪めた。
エミスが両手で、そっと彼の手を握りしめた。
「……だからね、だから」
エミスの瞳が、希望に満ちたように輝いて、テストゥードはハッとした。
「私、貴方に並び立つのに相応しいって、誰からも認めてもらえる人間になりたい」
「えっ?」
予想外の言葉とエミスの力強い瞳に、胸を射られた。
「エミス……何するつもり?」
「王太子殿下に、ご提案いただいたの。通商特使として、この国の特産品をマレに売り込んでみないかって。そして、あちらで産出される物で希少なものの優先買付をしてほしいって」
そう言うと、テーブルに置かれた書類を手に取った。
「これがそのリストなの」
エミスから渡されたリストを手に取り、真剣な顔で一枚一枚内容を確認していたテストゥードは、暫く考え、「なるほど」と呟いて笑った。
「あいつ……そういうことか。見たらどれも、過疎地域や交通の便が悪い問題のある地域ばかりだな。だが、活性化できれば、双方の利点にもなる。そこにエミスを噛ませるわけか」
エミスが頷く。
「よく考えてからで良いと言われたけど、私の気持ちはもう決まってるの」
その顔が生き生きとしていて、テストゥードは思わず頬を緩める。
「王太子殿下の勅命であること、それと伯爵家から後援していただけるそうなの!キャラパス商会の腕の見せどころなの!……それから」
「俺の……マレの王族の後押しだな」
「うん、だから平民になられると私が困るのよ」
エミスの茶化す様な言い方が、テストゥードの心を軽くした。そして自分の視野の狭さを、反省した。
あのまま、王族の身分を捨て平民となっていたら……愛する人に、一生重い枷を付けるところだった。
エミスに辛い思いをして欲しくない、笑顔でいて欲しいと決めたはずなのに。
彼女が、単に守られるだけの女性ではないことなんて、最初から分かっていたじゃないか。
ずっと見守り、誰よりも知っていたはずなのに。
いつの間にか、何としても自分が守らなければと思い込み、彼女の強さを見誤っていた。
エミスは、どんな困難にも立ち向かえる、芯の強い女性だ。
「本当……そんなエミスだから惹かれるんだな」
小さく呟く。
「え?」
リストを見て考えを巡らせていたエミスは、太陽の様な笑顔を向けた。
「いいや、なんでもない。……でも、これなかなか大変だぞ」
テストゥードは、エミスを両腕に閉じ込め、その瞳を見つめる。
「うん、わかってる」
「全力でサポートするし、持てる力の限りをつくすつもりだけれど……それでも、エミスに辛い思いをさせるかもしれない」
「……大丈夫よ。だって、テスと離れること以上に、辛いことなんてないもの」
両腕の中から伝わる愛おしい体温、真っ直ぐに自分だけを見つめる、希望に満ちた澄んだ瞳。
そのエミスの素直な言葉に、テストゥードの胸の奥から熱い思いが溢れ出す。
考えるより先にグッとエミスを抱き寄せると、唇を優しく重ねた。
そっと顔を離すと、驚いて顔を真っ赤にしたエミスが映る。
そして、照れくさそうに笑う。
この世界に、これ以上愛おしく感じるものは無いなとテストゥードは思った。
「エミス……愛してる」
窓辺から、夕日が差し込む。
「世界中の誰よりも、エミスの幸せを願ってる。エミスが笑顔でいることが、俺の何よりの幸せだから」
ずっと遠くから見守ってきた。
幸せを見届けて、離れるはずだった。
でももう、絶対エミスと離れたくない。
エミスがいないと、自分はこの先笑えない。
コツンと額をエミスの額に当てた。
「何があっても離さない。ずっと傍にいてくれる?」
「……うん、勿論。テスがこれからも自分らしく生きられるように、私も自分の力で貴方を支えるから」
二人は自然と顔を寄せ合った。
今まで閉じ込めていたすべての思いを注ぎ込むように、深く、甘く、お互いの唇を求め合う。
陽の光で金色に染まる部屋の中、二人はお互いの気持ちを、強く、強く確かめ合った。




