26話 そんな覚悟は迷惑なだけ
王太子が部屋を出る時、テストゥードにすれ違いざまに言った。
「彼女は賢いから、きっと私の期待通りの答えをくれると思うよ」
少しだけ、勝ち誇ったような顔がまた癪に障る。
テストゥードは、エミスに駆け寄った。
「エミス!あいつに何言われたの!?」
まだ、ぽーっとしたままのエミスは、ゆっくりと無言でテストゥードを見た。
「……あ、テス」
目が合うと、途端にエミスは動揺したように視線をそらした。
まさか……嫌な考えがテストゥードの脳裏に浮かぶ。
「まさか、あいつに愛妾になれとか言われた!?権力使って脅されたのか!?」
テストゥードはエミスの両肩を掴み、勢いよく問いかけた。
「あ!?愛妾!?なんの話!?」
「え?……いや、だってあいつエミスを賢いって」
「賢いって言われてなんでそれが、愛妾にって話になるのよ……」
「だって賢くて……可愛くて、社交力もあって、優しくて、一緒にいると楽しくて、料理も上手なんだよ!?こんなに魅力的なんだ!そんなの、権力使ってでも何してでも、ずっと傍にいて欲しいって思うだろっ!!」
「そっ……!?それは……!?」
エミスは突然始まった告白に、赤面して絶句した。
テストゥードは、パニックのあまり自分が想いを全てさらけ出したことに気づいていなかった。
「ずっと傍にいて欲しいって、テスも思ってくれてるの?」
「……あ」
問われて、テストゥードは自分が勢いで言った言葉に気づいた。
「それで……王族やめて、平民になろうって……思ったの?」
「……なんだ、あいつ先に言ったのかよ」
テストゥードは王太子に対して、悪態をついた。
「うん、さっき話そうとしていたこと。俺が王族である限り、エミスを囲うことは出来ても、正式な妻にすることは出来ない。でも、離れたくない。俺はエミスとずっと一緒にいたい」
本来なら喜ぶべき状況なのだろう。いや、正直なところ嬉しかった。それほどまでに、自分を想ってくれていると知った時は。
想いを寄せる王子様が、自分の為に身分を捨ててまで一緒になりたいと告白してくれているのだ。
でも……
「だから、俺は王族をやめて平民になる。エミス、この先の人生を俺の隣で歩いて欲しい」
エミスの心に、引っかかるものがある。
「私の為に……王族やめちゃうの?」
「うん」
「簡単なことじゃないよ?きっと後悔する日が来るかもしれない……」
「それでも、王子でいる限りエミスは日陰の身になる。そんなことは絶対にしたくない。でも、離れるって選択肢は……何度考えても思い浮かばなかった。俺にはエミスが必要なんだ」
冗談でも、勢い任せでもない。
きっと、彼なりに沢山このことについて考え出した結論だと伝わる。
それでも、やっぱり……
「でも、研究者としてのテストゥードを必要としている人は?亀や動物たちは?平民になっても、研究は出来る、活動も出来る。でも、王族だからこそ出来ることも、王族じゃないと出来ないことも沢山あるよね?それを、諦めて私の為に……?」
テストゥードが、ぐっと言葉を詰まらせた。
研究や積み重ねてきたもの、それもある。だが、何よりトルトからエミスを守るために、王族としての力があれば――あの時の、そんな思いがテストゥードの胸を一瞬よぎった。
揺らいでいる……エミスはそう気づいた。
「迷うよね?今まで積み上げてきたもの、簡単に捨てるなんて……言わないで欲しい。私を理由にしないで。そんな覚悟は……迷惑なだけだわ」
エミスの冷たく突き放す言葉に、テストゥードは愕然として顔色を失った。
◇
時は少し遡り、エミスは王太子からとある提案を受けていた。
「ええッ!!テスが身分を捨てて!?じゃあ、あの時話そうとしたことってそれなのかも……しれません」
ここで、テストゥードとはお別れだとばかり思っていたエミスは、思いがけない喜びに頬が緩んだ。
そんなにまで、自分を想ってくれているとうれしくなった。
「……でも、それは現実的なことではありませんよね?金銭面ではなく、テストゥードの王子としての立場を考えると」
その少しも浮ついたところの無い返事に、王太子は満足気に笑った。
「うん、さすがだ。やはり君は、賢い女性だな。普通なら、王子が自分の為に身分を捨てて一緒になりたいと言えば舞い上がるものだろう」
なぁ?と王太子は、伯爵令嬢に同意を求めた。
「テストゥード殿下が、エミスさんにお話をされる前で良かったですわ」
この話を聞いて、王太子が訪ねてきた理由が分かった。
友人として心配した王太子が、エミスを説得する為に来たのだろうと思った。
「あいつは、自分は第五王子で上には優秀な兄たちがいるから、自分一人がいなくなっても問題はないと思っているんだ。しかし、あいつの研究や活動は多くの国に影響を与えている。マレの王家も、そう簡単にあいつを手放さないさ。自分の価値をまだ分かっていない」
エミスは、静かに頷いた。
緑宴会でテストゥードの横にいたから知っている。研究や、保護活動を通しての諸外国との繋がりは王族という立場もあってかなり幅広い。
暫くエミスは言葉を探して、そして口を開いた。
「今日ここで、お別れだと思っておりました。彼と自分の立場の違いは、十分に理解しております。身分を捨てることまで考えて、私を求めてくれたこと……それだけで……」
一瞬、言葉に詰まる。声が震えそうになる。
「それだけで、充分です」
王太子は、伯爵令嬢に視線を送ると彼女が頷いた。
それを合図にしたように「……本当に?」と首を傾げる。
「もし……テストゥードが平民にならなくても、君と共に歩む未来があるとしたら……どうする?」
ドクンと胸が跳ねた。
「そんな……方法が?」
反応を注意深く観察するように、王太子は鋭い視線をエミスに向ける。
「ただし、簡単なことではない。あくまで可能性であり、それは、君の努力と能力次第だ。時間もかなり要するし、時間をかけたところで失敗もありうる。覚悟が必要だ。」
テストゥードが今まで積み上げてきたこと、彼がこれから起こすであろう偉業、それらを手放すことなく、共に歩める道が本当にあるのか?
それが、もし、エミスの努力で掴み取れるものならば……。
「私に、一体何が出来ますか?」
エミスは、力強い瞳を王太子に向ける。
そこに見える、意志の強さに王太子は可能性をそしてその先の成功を感じた。
王太子は楽しそうに少し口角を上げ、とある提案をした。
それは、エミスが想像もしていなかったことだった。




