25話 テストゥードの決意と王太子の申し出
「それと、他にも謝らないといけないことがある」
まるで罪を告白するように沈痛な顔でテストゥードが
言うので、笑ってしまいそうになる。
「後先考えずにエミスを連れ出したから、一先ず安全な場所にと、俺の拠点になってるあの丸太小屋に連れて行った。本当は、落ち着いてエミスの安全が確保されたら直ぐに家に帰すつもりだったんだ。でも……」
言い淀むテストゥードに、「なぁに?」と囁くように、訊いた。
「エミスと一緒に過ごす毎日がびっくりするほど楽しくて、心地よくて……帰すのはまた明日、あともう一日って気がついたら引き伸ばしてた。……まだ安全が確保出来てないって、自分に都合のいい理由を付けて。本当は俺が一緒にいたかっただけなのに」
そう言って気まずそうに視線を泳がせるテストゥードは、まるでイタズラを白状し怒られることを覚悟した少年のようだった。
エミスの様子を気にするテストゥードに、さらに愛おしさが募って、胸が苦しくなる。
「ごめん、本当に誘拐犯で」
弱々しく謝罪すると、ポンとエミスの頭に甘えるように頬を寄せた。
小さい子供みたいだなと思ってつい、背中をトントンと優しくあやすようにたたいた。
「私も楽しかった。あんなに楽しい日々はなかったよ」
エミスは、あの日々を噛み締めるように言葉にした。
二人抱きしめ合って、暫くの時が沈黙の中に落ちた。
「だから……」
テストゥードが、声を出し、少し身体を離す。
エミスは、彼の瞳を覗いた。
「だから、俺、決めたんだ」
――トントン
その言葉は、扉をノックする音で遮られた。
「殿下、そろそろ国王陛下へご挨拶に向かわれるお時間でございます」
扉の外から、使用人の声がした。
一瞬、不満そうに顔をしかめたテストゥードは「分かった!直ぐに行く」と返事をした。
テストゥードは、エミスを真っ直ぐに見つめる。
「直ぐに挨拶したら戻るから、待ってて。話の続きは後で」
念を押すように言うと、慌ただしくテストゥードは部屋を出ていった。
エミスは一人残され静かになった部屋で、椅子に座り物思いにふけていた。
結婚式の日から今日までのこと、そして……この後に来る、テストゥードとの別れ。
色んな思いが、ゆっくりと巡っていく。
――コンコン
再びノックの音がした。
(テス?それにしては戻ってくるのが早いな……)
不思議に思いながら、入室の許可を返事すると扉が開かれた。
「おっ!王太子殿下!?」
扉の向こうから現れた人物に、エミスは飛び上がって立ち上がり姿勢を正す。
「失礼するよ、少し君に話があって……彼女も同伴しているがいいかな?」
見るとその横には、緑宴会で話をした王太子の婚約者候補の伯爵令嬢がいた。
勿論ですと返事をすると、三人でソファに掛けた。王太子と伯爵令嬢は、エミスの対面に座った。
「君と部屋で二人っきりになったら、あいつに殺される。せっかく君のお陰で、クーデター組織の存在に気づけたというのに、命は惜しいからな」
砕けた様子で話し始めた王太子の姿に驚いたが、それより気になったのは、クーデターという不穏な言葉だった。
「クーデター……私の……おかげでとは?どういういことでしょうか?」
「えっ……もしかして、あいつは何も話していないの?」
呆れた顔をしながら王太子は説明を始めた。
「そうか……まずはトルト・ムステーラの緑宴会での件こちらの警備に不手際があり申し訳なかった」
突然の謝罪にエミスは慌てたが、お構いなしに王太子は話を続けた。
「君の結婚をきっかけに、テストゥードがムステーラ一家を調べたんだ。すると、偶然とあるクーデターを企ててる組織の末端との繋がりが見えた。あの一家は今、その嫌疑で拘束されている」
まさか、トルト達が捕まっていたとは。思ってもいなかった大きな事件に、エミスは言葉を失った。
「といっても、彼らがクーデターの企てに加担していないことは分かっているから、翌日には釈放されるんたけどね。でも、一度その疑いがつくと、これからの彼らの貴族社会での立場は苦しいものになるだろう」
王太子は冷たく低い声で話を続ける。
「今回は、テストゥードの怒りに便乗した。ある意味、見せしめの様なものだな。裏社会との繋がり、不正、脱税となかなか地方まで手が回らなかったが、ムステーラ子爵家を拘束することで、王家は小さなことも見逃しはしないという姿勢を誇示することができる」
政治を司る者としての冷徹な姿勢を目の当たりにし、エミスは萎縮してしまった。
「殿下……エミスさんが怯えております。そろそろ本題を……」
気がついた伯爵令嬢が声をかけた。エミスは、その細やかな気配りに益々彼女の虜になっていた。
「ああ、そうだった。とりあえずムステーラ子爵家は王家の監視下にあるから、心配しなくていいよ。それと、話したかったのは実は別のことでね……」
王太子は、声のトーンを上げると今度は悪巧みを考えるような笑いを浮かべた。
その顔にゾッとするものを感じたのも束の間、予想もしていなかった話の内容に、今度は驚きと混乱と……そして、嬉しさを感じて胸がいっぱいになったエミスだった。
ふいに、廊下が騒がしくなった。
「おや、もう戻ってきたのか。早いな」
王太子は苦笑いすると立ち上がり、扉に身体を向けた。
「彼女になにかあったらただじゃおかないぞ!!」
バンッ!と荒々しく扉が開かれた。
「エミス!!無事か!?」
テストゥードの取り乱した姿に驚いたエミスは、立ち上がり駆け寄ろうと思ったが、王太子が前に手を出しそれを制止した。
「なんだ?テストゥード騒がしいぞ」
「挨拶の場にいないと思ったら、お前エミスに何した?」
前に踏み出し、室内に入ろうとしたテストゥードを「止めろ」と警備の騎士に命じた。サッと騎士たちが動き、進路を塞いだ。
「なっ!?」テストゥードが驚く。
エミスも驚いて、王太子に視線を向ける。
「人聞きの悪い言い方をしないでくれ、王太子である私が自国の民と話をする。そこに何の問題が?」
王太子はわざとらしく、尊大に振る舞っていた。
「テストゥード、君はエミスの何なんだ?他国の人間である君の方が部外者だろ?今は、彼女と話をしている。邪魔するな」
テストゥードはグッと言葉を飲み込んだ。
「ねぇ?エミス」
急にエミスの肩に手を置くと、そっと顔を近づけて何かを囁く。
テストゥードは、その王太子の仕草に驚いて我慢するように拳を強く握った。
「返事はいつでも構わない。また、使いを出すから君の決断を教えてくれ」
そう言って王太子は、伯爵令嬢と共に去っていった。
残されたエミスは真っ赤になって、どこか夢見心地な顔をしていた。
その顔を見て、テストゥードは湧き上がる不安と苛立ちを抑えられなくなった。




