24話 結婚運のない女
緑宴会は無事に幕を閉じた。
残された時間を惜しむように、手を繋いだ二人は、ゆっくりとエミスの控え室に戻っていった。
「よく頑張ったよ。エミス」
テストゥードのその優しい声と言葉に、我慢していた色んな感情が溢れ出た。
「――っ、くっ!!」
みっともなく泣き声を上げられないと、口元を手で押さえる。
それでも、涙が抑えられない。
肩を震わせ、必死に涙を隠そうと下を向くエミスを、テストゥードは優しくつつみ込んだ。
「ごめんね」
エミスは、首を横に振るだけで精一杯だった。
テストゥードが謝ることは何もない。
本来なら、自分があのような煌びやかな場に立つなど有り得なかったことだ。
そして、そこで父だけではなく自分まで、称賛の言葉を頂いた。これから先、商会はもっと発展するだろう。そして、トルトとの婚約解消も上手くいくはずだ。
それはお別れ前にエミスに送られた、とてつもなく大きな置き土産に思えた。
テストゥードの胸に顔を埋めて、気持ちの整理をする。
――やっぱり、好き。大好き。
ずっと彼の傍にいたい。
トルトの時とは全く違う。
あの時は、身分が上の美青年から好きだ一緒にいたい、結婚したいと熱く乞われたその熱量に自分ものぼせ上がった。それが恋だと思い込んでいた。トルト自身を見て、彼に恋をしていたのかと考えると疑問が残る。
テストゥードは、ずっと陰から見守ってくれていた。
トルトとの結婚騒動がなければ、自分たちは関わることが無かったはずだ。
エミスの結婚が平凡なものならば、テストゥードに攫われることは無かった。
彼と出会ったこと、一緒に生活したこと……それは全て夢のような日々だったと噛み締める。
ふと、亀は神様の使いだったり、神様そのものだったりと伝承があることを思い出した。
テストゥードは……神様が遣わせた神の御使い。
……いや、亀様か。
ホヌさんに連れられて、立派な座布団の上に鎮座していたケローネの姿が脳裏に蘇る。
偉そうだった。
「……ふっ」
一人悶々と考えて思わず笑い声が漏れた。
「落ち着いた?」
テストゥードが、そっと身体を離して顔を覗き込んできた。その顔が、余りにも優しすぎて、温かすぎて、好きすぎて…
「……っ、ふんっっ!」
『うん』と返事を返したいのに、溢れ出しそうな涙を堪えたら間抜けな声しか出なかった。
テストゥードは、それを見て吹き出しそうになる。
「……ふっ!ゆっくりでいいよ。落ち着くまでこうしていよう」
そっと抱きしめて、頭を撫でてくれる。
エミスは、ぎゅっと抱きしめ返す。
(――無理だ無理だ。)
彼と過ごす時間は、人生で一番穏やかで心地よい。
忘れることも、諦めることも出来ない。
なのに……
結婚式を挙げようとした相手は、最低くそ野郎だったし、慎ましやかに穏やかにずっと一緒に暮らしたいと思った相手は本物の王子様だったし……
つくづく、自分は結婚運がない。
その現実に、また涙が溢れ出した。
今だけ、もう少しだけテストゥードの温もりを感じていたい。
もう少しで夢の時間は終わる
魔法は解けるはずだから…
もう二度と、会うことは叶わないかもしれない。
大好きな人。
こんなに大好きだと思える人には、もう出会えないだろう。きっとこれが、最初で最後の恋だ。
お別れは辛い。
けれど、もしトルトとあのまま結婚していたら一生本当の恋を知らずに、地獄の中を生きていたはずだ。
テストゥードに出会えて、あの日攫ってくれて良かった。
本当に、大好き。
でもこの緑宴会で思い知った、テストゥードとは住む世界が余りにも違い過ぎる。
(……いつまでも、ずっとこうしていたいのに)
「ごめんね、エミス」
反射的に顔を上げた。
心の中で呟いたエミスの思いに返事を返すように、テストゥードの言葉が降ってきた。
「無理させすぎたかな?あのクソ男のこともあったし、段取りが悪くて本当にごめん」
テストゥードがしょんぼりした顔で言うから、胸がキュッと締め付けられる。
「ううん、そんなことないよ。テスには感謝してるよ」
「結婚式のことだって、もっと早くにムステーラ子爵家を調べていたらエミスが辛い思いをしなくて済んだはずなのにってずっと後悔してた」
「テスが後悔することなんてないのに……」
テストゥードは、少し眉を下げて笑うとあの日
――エミスを教会から連れ去った日のことを話し始めた。
「エミスが結婚すると報告を受けて暫くして、様子を見に行ったんだ。街で見つけた時、幸せそうに笑いながら婚約者の男と並ぶ姿を見て、ああ、良かったと思った。コベからは、エミスの両親もこの結婚を喜んでいると聞いた。だから安心して、それ以上の調査を行わなかったんだ」
元々、緑宴会の為にこの国を訪れる予定があったテストゥードは、式の当日、予定を調整して教会の様子を近くの丘から眺めていたという。
「エミスの花嫁姿を確認して、幸せを確信したら……もう自分の手出しは不要だと思っていた。後は、婚約者に託すと決めていたんだ。……それなのに」
テストゥードは顔を悔しそうに歪ませた。
「それなのに、式の直前にコベが慌てて飛び込んできた。この結婚、止めなければと。結婚させてはいけないと。」
コベは結婚式前日、祝いの品を持ってキャラパス商会を訪れた。
娘の結婚式前日だ、さぞかし浮かれているだろうと思っていた。だが、どうもエミスの両親の様子がおかしいと感じた。
「何かトラブルか?心配なことでも?」そう尋ねても、二人は何でもないと否定する。
気丈に振る舞う二人を見て、コベは妙な胸騒ぎを覚えた。
気のせいならいい、何もない方がいいと願いながら、コベは独断で調査を始めた。
「……でも、その結果があれだった。この国の法律では、教会で結婚誓約書を書いた時点で正式な結婚が成立してしまう。それに、一度成立した貴族の結婚を取り消すには、国王の承認が必要になるんだ。
他国の王族である俺が、この国の貴族の結婚に直接口を挟むのは、明らかな越権行為だ」
そこまで話すと、テストゥードは照れくさそうに頭を掻いた。
「頭が真っ白になった。エミスがそんな辛い思いで、あの場に立っているのかと思うと、俺まで苦しくなった。何としても、エミスの結婚を止めないとって思った後は……気づいた時には教会に向かっていた。全力で走って教会の扉を開けたんだ。それで……無我夢中で、エミスを担いで逃げていた」
昔助けた小さな亀。
たったそれだけをきっかけに、自分を遠くからずっと見守り幸せを願ってくれた人。
エミスのピンチに脇目も振らず、必死に全力で手を差し伸べて助けようとしてくれた人。
「テス……」
エミスは、こみ上げる気持ちをどう表現したらいいか分からなかった。
そっと、テストゥードの頬に触れた。
「沢山の人を混乱させて、もっと賢いやり方があったんじゃないかと、今でも反省している。本当に段取りが悪すぎて格好悪い」
落ち込むテストゥードの姿が愛おし過ぎた。




