23話 君は光をくれた人
これは、何かの罰ゲームだろうか…。
会場に戻ったエミスは、周囲の視線を嫌と言うほど感じていた。
先ほどの騒動が夢だったのではと思うほどに、緑宴会の参加者たちの交流は、つつがなく続いていた。
テストゥードは、多くの来賓達との会話を再開した。
エミスをガッチリ抱き寄せたままで。
「もう、エミスと離れないって決めてるから」
重要な話もあるだろうからと、少し離れた場所に移動しようとしたところ片腕に絡め取られ動けなくなった。
テストゥードと話をする、来賓の方の視線が痛い。
チラリと視界の端に、王太子が見えた。
その表情は、明らかに呆れ返っていた。
とてもとても恥ずかしい。
それでもほんの少しだけ、そんなテストゥードの行動を嬉しいと思ってしまう自分もかなりの重症だとエミスは思った。
「殿下、御立派になられましたな」
車椅子に乗った老人が、近づいてきた。
「バレーナ公爵、お久しぶりです」
「もう、とっくに家督は息子に譲っておりますからな。ただの隠居の老骨でございますよ」
老人、バレーナ前公爵は穏やかに笑った。
「体調が思わしくないと、うかがっていましたが」
「ご覧の通り、至って元気にしておりますよ。最近の殿下のご活躍を耳にしまして、是非ともお顔を拝見いたしたく馳せ参じた次第です。流石にマレに赴くには、この身体では少々骨が折れますからな」
チラリと、エミスに視線を向けた。
「殿下は、とてもいい表情をされるようになった」
前公爵は穏やかに微笑む。
「昔の姿からは想像もつきませんな。あの頃は、何に対しても無気力でいらっしゃった」
「はは、それを貴方が警戒されていたのも知ってますよ。王太子の友人として相応しいか、厳しく見定めていらっしゃった」
それから、バレーナ前公爵は穏やかに懐かしそうに目を細めながら、過去の話をした。エミスは、横で静かにそれを聞いていた。
マレから短期間の留学と称してこの国にやってきたテストゥード。他国の王族であることから安全の為に、王城で預かることになっており王太子の歳の近い友人として交流を始めた。
しかし、当初のテストゥードは何に対しても無気力で感情を見せない少年だった。
「今だからお話しますが、当時の殿下は我が国の王太子殿下の友人として、よい影響はないと案じておりました。留学の期間が終われば、王太子に距離を空けるように進言しなければと思っておりました」
「ははっ、なかなか辛辣な本音ですね。しかし、おっしゃる通りだ」
テストゥードは、それに気分を悪くすることなく笑っていた。
「変化が見えたのは、地方に視察に出た後でしたな。よい出会いがあったと、小さな亀を連れて戻られました」
亀、本物のケローネのことだなとエミスは思った。
「……ええ、衝撃を受けました。優秀な兄たちに引け目を感じて、自分は誰にも何も期待されてないと何をするにも無気力でした。自分は何のためにいるんだろうと思っていました。それに、周りの人間なんて皆、損得や打算で生きてるって思ってたんです」
ふと見上げると、テストゥードが優しい瞳でエミスを見ていた。
「それなのに自分より小さな女の子が震えながら、彼女より大きい悪ガキたちに立ち向かっていました。見知らぬ亀を助ける為に。その亀を助けてもなんの見返りも、利になることもないのに。」
エミスは、驚いた。
「急に自分が恥ずかしくなりました。自分は王子という立場にいながら、ただ時間をやり過ごすだけの人生を送ってきた。それじゃダメだと強く思わされました。あの時の彼女を見て」
バレーナ前公爵は、驚いた顔をするエミスを見て微笑んでゆっくりと頷いた。
「その素晴らしい出会いが、殿下を変えたのですな」
バレーナ前公爵はテストゥードとの再会の約束をすると、去っていった。
「ねぇ、さっきの話……」
「うん、エミスのこと。馬車のトラブルであの街外れの宿に滞在してたんだ。その時窓の外で子供の騒ぐ声がした」
テストゥードは、あの日の話をした。
窓辺から階下を眺めると、数人の子供が何かの周りに集まっていた。様子を見ると、何かを投げたり、木の棒でつついたりしていた。
暫く見ていると、それが小さい亀だと気がついた。
「寄ってたかって、悪趣味だなって思ったんだ。でも、それだけ。ただそう思って見てただけだった」
気分の良いものではないので、ソファに戻って本の続きを読もうと踵を返そうとした時だった。
『止めてよ!!かわいそうでしょ!!』
女の子の声がして、再び窓の外に目をやると、自分より年下の女の子が震えながら立っていた。
亀は、その女の子のペットなのかと見ていたらどうやら違うらしい。あの悪ガキたちに、女の子が殴られないかと心配したが暫くすると悪ガキたちは亀を投げ捨て去っていった。
女の子は、亀の為に涙を流しながら傷口をハンカチで拭うと『これしかなくてごめんね』とリボンで傷口を覆って、亀を水路に放した。
「エミスが立ち去ったのを見送ると、居ても立ってもいられなくて、亀を探しにいった。小さな傷ついた亀を手のひらに乗せたとき初めて、自分にもできることがあるんじゃないかと思った。王太子は、動物の保護活動をあの時既に始めていたからアドバイスをもらおうと思って、亀を連れ帰ったんだ」
それからテストゥードは、目標を見つけた。小さな亀をきっかけに自国の自然や動物保護を始めた。人から期待される為に動くんじゃない。自分に出来ることを、誰にも認められなくてもやってみようと。
「エミスがあの時助けたのは、小さな亀だけじゃないよ」
そっとエミスの手を握る。
「俺も、助けて貰った。――エミスに生きる意味を教えてもらったんだ」
そこで、エミスは初めてテストゥードの恩返しの意味を知った。
「傷ついた亀を保護したあと、あの女の子が気になった。悪ガキたちに何か仕返しをされていないだろうかと。明らかに、金持ってそうな身なりだったから。それで、エミスのことを少し調べた」
エミスも何らかの仕返しを恐れていたが、あの後は、拍子抜けするくらいに何も無かった。むしろ、何故か地主も金貸しも別の土地へ移動して行った。テスは心配しすぎだったねとエミスは言った。
「ああ、あいつらキャラパス商会に圧力をかけようとしてたから……ちょっとね」
テストゥードは、少し悪い顔で笑った。
エミスの知らないところで事件は起きていた。
「さあ、閉会の挨拶がはじまるよ」
もうすぐ、この夢のような時間が終わる。
この華やかな場所で、テストゥードの横に立ち過ごせた幸せを一生忘れないようにしよう。
エミスはこの景色と空気を、しっかりと目と心に焼き付けた。




