22話 退場
優しくつつまれて、トクントクンと鳴るテストゥードの胸の音を聞きながら、エミスは段々と落ち着きを取り戻していった。
離れていたのはほんの少しの時間なのに、もうずっと会っていなかった様に思えた。
(このまま時間が止まってしまえばいいのに。)
心地よい抱擁に身を任せながら、そんな事を考えてしまう。
「エミス」
テストゥードは、腕を緩めてエミスの顔を覗く。
「大丈夫?歩ける?無理そうなら、俺エミス抱き上げて会場にもどるよ?」
エミスはふと、教会から担ぎ出されたあの日のことを思い出した。
「……また荷物みたいに、担がれるのはちょっと」
その返事にテストゥードは、楽しそうに笑い声を上げた。
「違う!違うよ!横抱き!お姫様抱っこっていうやつ!!」
「え!?やだ、お姫様じゃないのに、本物の王子様にお姫様抱っこなんてさせられないよ!!」
エミスが驚いて返事を返すと、テストゥードは笑いを止めて優しく微笑んだ。
「……お姫様だよ。俺のたった一人の大事なお姫様」
愛おしくて堪らないという顔で、そっと頬を撫でるからエミスの胸はドクンと跳ねて言葉が出なくなった。
真っ赤な顔で固まるエミスを見て、テストゥード優しく頭を撫でる。
腕の中に包まれて宝物に触れるようにそっと伝う手のひらが、張り詰めていた心を優しくほぐしていく。
守られている安心感が、じんわりと広がっていった。
こんなふうに大切にされることが、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。甘く優しい時間に、心が満たされて離れたくないと思ってしまう。
(もう少し……もう少しだけ、このままで)
エミスは、その温もりに甘えるようにそっと目を閉じた。
◇
「本日ムステーラ子爵家の皆様には、これ以上のご滞在をご遠慮いただきます」
一般観覧席にいたムステーラ子爵夫妻は、突然警備の騎士に囲まれて、ただただ、驚いていた。
「な……なぜだ?我々は正規の手続きをとって、参加しているんだ!それを、いきなり帰れだとは!」
周りの貴族たちの目が気になるので、あまり騒ぎにはしたくないがそれでも突然の宣告にムステーラ子爵は憤った。
「ご子息が偽りの理由で、来賓区画へ侵入されそこで騒ぎを起こしました」
警備の騎士の一人が、淡々と事実を告げる。
「なに!?しかしそれは、息子が勝手にやっただけだ!私たちは何も知らない!」
少し声を荒げると、周りがざわめいた。
「本日は詳しい調査までは行いません。しかし、ご子息は子爵ご本人が身元保証を行い入場を許可された方です。その、ご子息が問題を起こした。意味はお分かりいただけますか?」
騎士の声が少しだけ、言い含むように強くなった。
一体何を?騒ぎとは?こんなおめでたい席で非常識な。聞こえてくる声はどれも、ムステーラ一家を非難するものだった。
「本件については後日、改めてムステーラ家へ確認させていただきます。本日はご退席下さい。これは決定事項です」
騎士の有無を言わさぬ姿勢と周囲からの冷たい視線に、ムステーラ子爵は従うしかなかった。
「……なんで?一体なんで!?」
夫人は一人呟きながら青い顔をしていた。
◇
「全く!お前は何をしてくれたんだ!!大勢が見ていた。いい笑い者だ!!」
ムステーラ子爵は、帰りの馬車内で息子を叱りつけた。
「あいつらが大げさなんだよ」
頭のコブを濡れタオルで冷やしながら、トルトはぶっきらぼうに答えた。
「トルト、一体何があったの!?もう、私本当に恥ずかしくて!!」
夫人は、トルトに詰め寄った。
「エミスがいたんだよ!!生意気にも来賓区画に!!だから、戻ってくる様に話に行った。婚約解消の訴えを取り下げろと言った。それだけだ」
「まぁ!あの娘が!?」
夫人の声が少し弾んだ。
「勝手に逃げ出した挙句、婚約解消を申し出てきてあの家には呆れたものだけど、まぁいいわ。戻ってきたら、厳しく躾ればいいだけですもの。あの商会は今回注目を浴びたし、今後我が家の利になるでしょうからね」
それまで、ギスギスした雰囲気だった車内が、途端に明るくなる。
「そうだな。我が家に刃向かえないように、厳しくする必要はあるが、キャラパス商会の名があれば金の問題もなくなり、直ぐに茶会や夜会の招待で溢れるさ」
アハハハと呑気に笑う両親をみて、トルトは心の中で毒づいた。
(俺にだけ、大変な思いさせやがって何を呑気な)
程なく、ムステーラ一家を乗せた馬車は、屋敷に到着した。
馬車が止まると、バンッ!!と扉が荒々しく開かれた。
「ムステーラ子爵とその家族だな!!」
馬車を取り囲む様に、国章の入った制服を纏った騎士たちが立っていた。
「なんだ!?お前たちは!?」
ムステーラ子爵は、突然のことに彼らが何者であるか気づいていなかった。
「我々は、王国騎士団だ。クーデター関与の疑いにより、ムステーラ子爵一家を王命に基づき拘束する!!」
「な、な、何を言っている!?私はクーデターなど!!」
「一家って俺まで!?なんでだよっっ!!」
「私は、何も知りませんよ!!罪があったとしても主人がかってにやったことです!!」
三人は、突然の出来事に思い思いに叫んでいた。
「話は、後で詳しく聞く。とりあえず大人しく我々に従ってもらう」
ムステーラ一家は、馬車から引きずり出されると拘束された。
「無実だ!!証拠もない!!不当検挙だ!!」
ムステーラ子爵は、唾を撒き散らしながら叫んでいた。
「証拠は……抑えてある。お前とそこの息子は、クーデターの末端組織に金を渡していた。記録が残っていた。とにかく、無駄な抵抗は止めて全て話すんだな」
ムステーラ子爵とトルトは、騎士の言葉が理解できなかった。クーデター組織に金などと……身に覚えのない罪だ。
ただ、この時ふと、トルトは便利屋として使っていた、裏社会の組織を思い出した。
奴らのアジトは、慌てた様に逃げ出した形跡があった……もしかして!?
トルトの嫌な予感は的中し、翌日の新聞にムステーラ子爵家は小さく名を刻むのだ。
『ムステーラ子爵家 クーデター組織との関与疑いか!?』




