21話 対峙する
テストゥードは、来賓の貴族や研究者たちと朗らかに言葉を交わしていた。
「殿下、先ほどの海洋研究のお話、大変感銘を受けました」
「ああ、ありがとう。だが、本日の主役は私ではなく彼らだ。素晴らしい研究だよ」
研究者の一人として招かれたとはいえ、国を背負って参加している以上、社交をおざなりには出来ない。
しかし、本音でいうと今日は一刻でも早くエミスの元に戻りたかった。
時折、貴婦人たちに囲まれ、目を輝かせて歓談するエミスの微笑ましい姿を視界の端で捉えていたはずだった。
(……いない?)
ほんの数分前まで、賑やかな輪の中心にいたエミス。
しかし、彼女の姿だけが見当たらない。
代わりに、護衛の騎士が貴婦人たちと話をしている。
テストゥードの内にあった穏やかな雰囲気が、一瞬で霧散し嫌な予感に襲われる。
適当なところで話の輪を抜け出すと、テストゥードはエミスと談笑していた貴婦人たちの元へと早足で向かった。
「婚約者とおっしゃっていたけれど……」
「ええ、少し様子に違和感を感じました」
貴婦人たちが、護衛騎士に話す言葉がテストゥードの耳にも届いた。
(……婚約者!?)
「失礼、こちらにいたエミス嬢は今どちらに?」
こみ上げる不安を抑えながら、落ち着いて貴婦人たちに声をかけた。
「それが、婚約者の方が現れてエミスさんを連れてあちらの方へ……」
貴婦人の一人が、テストゥードに説明をしていた時だった。
「やはり、キャラパス商会の商会長は、男から話を聞いていないそうだ!」
別の騎士が、走って来て報告する。
「どういうことだ!?」
テストゥードの冷たい声と圧に、その場にいた全員がびくっと肩を揺らす。
「申し訳ございません。一般観覧席から不審な男が一人、偽りの名目で来賓区画へ侵入したと確認が取れました。直ちに捜索を……」
騎士の話が終わらないうちに、テストゥードは貴婦人が指差した方向へ飛び出していた。
(――あの男か!エミス!!)
テストゥードは、こみ上げる怒りを抑えながら
人気の無い方向へと疾走する。
「クソっ……」
(ここが自分の国ならば――)
ここがマレならば、すぐにエミスを探し出せる。
トルトを拘束することだってできる。
いや、元よりエミスにしっかりした護衛を付けられただろう。最初からトルトをエミスに近づけないように出来たはずだ。
けれど…ここでは、ただの他国の王子で招かれた来賓に過ぎない。
王族という身分があるせいで、エミスと対等になることも、自由に傍にいることも難しい。
なのに今は、その身分があればエミスを守れると思ってしまう。
エミスのためなら、王子という身分さえ捨ててもいい。
そう思っていたはずなのに。
いざ彼女を守る時になって、その捨てようとした身分に頼り、力を欲する自分がいる。
その矛盾が、ひどくもどかしかった。
テストゥードは、人並みを掻き分けエミスを探す。
(どこだ!?どこにいる!?)
もし、エミスに何かあればと、押し寄せる不安と恐怖が激しく胸を締め付ける。
自分の傍で自分の国で、エミスをずっと守りたい。
どうしても、その気持ちが消せない。
テストゥードは込み上げる不安と怒りを押し殺し、エミスを探すために、ひたすら走った。
◇
「エミス、心配したんだよ?」
トルトが、優しく声をかける。
会場を抜け出し、人気の無い建物の陰で二人は足を止めていた。
「結婚式から勝手にいなくなって、どれほど心配したか。それなのに、婚約解消の書類が届いたから、僕がどれだけ傷ついたか分かるかい?」
その悲しげな表情と声を聞けば、事情を知らない人はトルトが被害者だと思うだろう。
「婚約解消の訴えは取り下げろ。いいな。気の迷いは許してやるから。な?」
エミスは、無言で首を振り手を握りしめた。
「……私の心配じゃないでしょ?お金でしょ?心配なのは」
トルトを睨むように真っ直ぐ見る。
「……はぁ」
その言葉にトルトは深くため息をつくと、こう続けた。
「何だよ、その言い方は。大体、お前が悪いんだろ。結婚式を投げ出して、男と逃げて。そんなふしだらなお前を俺は、許してやると言ってるんだぞ!!感謝されることはあっても、そんな態度をとられる理由がない!!」
先ほどまでの、宥める様な優しい姿は消えぞんざいに言い放つ。
「なっ!!!ふしだらって!!私はそんな!!」
エミスの反応に、トルトは声を荒げる。
「うるさい!!うるさい!!口ごたえするな!!お前みたいな平民は黙って俺たち貴族の言うことを聞けばいいんだ!!お前の家の商売だって、貴族の俺の方が上手く広げられるさ!!平民なんかよりずっとな!!」
あまりの言いように、穏便に話をしようとしていたエミスも怒りを抑えられなくなった。
「馬鹿にしないで!!商会は父の手腕で広がっているわ!あなたの手を借りるまでもないわ!それに!私はあなたとの婚約は解消します!!結婚もしません!!これ以上は話すことも無いわ!あとは、弁護士さんにお任せします」
エミスが踵を返して、会場に戻ろうとした。
「勝手に話を終えるな!!まだ終わってない!!」
パシッとトルトはエミスの手首を掴む。
「――!!放して!!」
「放して欲しければ、婚約解消を取り下げろ!!お前たち平民が貴族に楯突いたなんて話が広まれば、先はないぞ!!結婚はするからな!分かったか!!」
「嫌よ!!絶対に嫌!!」
トルトの手を振り払い、エミスは逃げようとするが、すぐに乱暴に腕を掴まれた。
「やだっ!!誰かっ」
大きな声を出し助けを求めようとする。
「お前っ!!黙れ!!」
逆上したトルトは、エミスを黙らせようと手を振り上げ殴りかかろうとした。
(殴られる!!!)
エミスは、身体を硬直させギュッと目を瞑った。
「んっ!!ゔぉぉ――っ!!」
覚悟した衝撃は無く、代わりにトルトの間抜けな声が聞こえた。
(えっ……?)
エミスは、縮こまったままゆっくり目を開けた。
トルトが数メートル先に、大の字で転がっていた。
(……なんで?)
そして、ゆっくり視線を動かすと肩で息をしながら立つ男の背中が目に入った。
「――っ!!」
その背中を見た途端、安堵の涙がエミスの瞳から溢れ落ちてきた。
「いたぞ!!こっちだ!!」
その声と共に、警備の騎士たちが流れ込んできた。
「侵入した男は、私のパートナーに暴力を振るおうとしていた。今日の日に相応しくない。後は任せる。連れていってくれ」
「はっ!!」
騎士たちは、伸びて目を回しているトルトをつまみ上げるとそのまま連れ去っていった。
「エミス……」
消えそうな声で、エミスを呼ぶとテストゥードは駆け寄ってきた。
地面に座り込んでいるエミスを、優しく両腕でつつみ込んだ。
「ごめん、遅くなって」
ぎゅっときつく抱きしめた。
「……テス」
エミスも震える手で、ぎゅっとテストゥードを抱きしめた。
「こ……怖かった」
震える声で呟くと、テストゥードの腕にさらに力がこもる。
「もう大丈夫。もう、絶対に離れないから」
耳元で囁かれたその言葉に、エミスはテストゥードの胸に顔を埋めた。
「ありがとう……来てくれて」
テストゥードは、エミスの髪にそっと頬を寄せた。
「本当にごめん。間に合ってよかった」
そう答えた声は、少し震えていた。




