20話 侵入者
トルトは来賓区画の入口で、警備の騎士に呼び止められた。
「失礼、こちらから先は来賓区画です。一般観覧のお客様はお入りいただけません」
警備の騎士二人が、目の前を塞ぐ。その言葉にトルトは嫌な顔ひとつせず、にこやかに会釈をした。
「承知しております。キャラパス商会の関係者なのですが、商会長に急ぎ確認いただきたい書類がありまして」
そう言ってトルトは、商会の紋章入の封筒を見せた。
騎士はチラッと封筒を目視する。
何かに使えるかもと持ってきたものが、早速役にたつとは……トルトは内心ほくそ笑みながらも、企みを微塵も見せずに人の良さそうな笑顔を見せる。
「商会の社員の方ということで間違いないですか?」
騎士は無表情にトルトに質問する。
「いえ、社員ではなく商会長の娘の婚約者です。今日は彼女も来賓として招かれていますのでご確認いただければ。名前はエミスです」
騎士がもう一人に声をかけると、書類をペラペラと捲る。
「あるな……」と小声で確認しあっていた。
「お届け物でしたら、こちらでお預かりすることもできますが」
さすがに警備は、すんなり通れる程甘くはない。
「もちろんそれでも構いません。ただ、商会長からすぐにお返事いただきたい書類がありまして、伝言でとなると……お手間を取らせてしまいます。できれば直接お渡しして話たいのですが」
困ったなという表情で、眉を下げる。
「……確認しますので少々お待ちください」
一人の騎士がどこかへ確認へ行こうとする。商会長に確認されるとヤバいなと思ったトルトは、とっさに言葉をかけた。
「お手数をおかけして申し訳ありません。もし、私が入ることが難しいなら、婚約者のエミスを呼んで来てもらえませんか?彼女にならすぐに話が通じますし、何より本日の主役の商会長の手を煩わせたくありませんので」
騎士たちは少し考えているようだった。
「ですが急いでおりますので、私であれば五分もかかりません。一般観覧の入場証も持っていますし、用件が済みましたらすぐに退出します。必要でしたらこちらに記名も致しますよ」
そう言って入場証を見せたあと、胸ポケットからキャラパス商会の名と紋章が入ったペンをさり気なく取り出した。紋章が騎士に見えるように、角度を調整して。
「そちらのペンは、商会で売っているものですか?」
騎士がペンに興味を示した。
「……え?あ、いいえ。これは婚約の際にいただいたもので、限られた関係者しか持ってないのです。書き心地が良くて手放せないのです」
これは、嘘ではないので堂々というが、わざとらしくならないように気をつける。
「まぁ……五分程度ならば。では、こちらの書類に名前と退出予定時刻を記入下さい」
(――無事に突破できそうだな。)
トルトは、安堵したがまだ気を抜かない。
「ありがとうございます。では、用事を済ませましたらすぐに退出いたしますので。出る際は、こちらでお声がけしたほうがよろしいでしょうか?」
敢えて協力的な姿勢を示すことで、警戒を緩めようと試みる。低姿勢でいることも、忘れない。
その言葉に騎士は少し考えて、
「そこまでは必要ありません。なるべく早く用件を済ませるようにしてください」
そう言って道を開けた。
「承知しました。お手数をおかけしました。すぐに済ませて参りますので」
軽くおじぎをすると、トルトはサッと前へ進んでいった。
さっさとエミスを見つけて話をしなければ……トルトは早足で庭園に潜り込んだ。
◇
「まあ!あのお茶はそのような理由で我が国に入りましたの!?」
令嬢の一人が、エミスの豆知識に驚きの声をあげていた。
キャラパス商会の娘と知った貴婦人からの声掛けが、いつの間にか、周りの女性たちをも巻き込んでエミスの豆知識講座のようになっていた。
エミスは持ち前の社交力と、物怖じのなさを発揮して商会を知ってもらうチャンスだと話を広げていた。
テストゥードは、そんなエミスを少し離れた場所から見ていた。エミスの輝くような笑顔を見て、大丈夫そうだと安心して、自身の会話に戻った。
そこへ、ふらりと一人の気品あふれる女性が歩み寄ってきた。
周りの貴婦人たちが一斉に優雅なお辞儀をする。この国の王妃殿下だ。
「少しお邪魔してもかしら? エミスさんとお話しがしてみたくて」
「王妃殿下……!」
少し緊張するエミスに、王妃は気さくに微笑みかけた。
「テストゥード殿下から伺ったわ。あなたが寒冷地の防寒具の素晴らしいアイデアを出されたと」
「そんな……! 私など、ただのきっかけで……!」
王妃からの直接の称賛に、エミスは恐縮しながらも胸が熱くなる。
王妃はエミスの手をそっと優しく包むと、「これからも素敵な品をたくさん広めてちょうだいね」と言い残し、優雅に去っていった。
王妃がいなくなった途端、周りの貴婦人たちの興奮は最高潮に達した。
「王妃殿下に直々にお声をかけられるなんて、本当に凄いですわ!」
「北の防寒具のお話、詳しくお聞きしたいです!」
「ご自身のアイデアで、ご実家を助けていらっしゃるなんて素晴らしいわ!」
再び大盛り上がりする会話。エミスが笑顔でそれに応えていた、その時――。
「ええ、本当に素晴らしい女性なんですよ。我が婚約者は」
背後から、聞き慣れた、しかしこの場に居るはずのない男の声がして背筋が凍る。
エミスはそっと振り返る、そこに居たのは。
「……トルト様」
「やあ、エミス随分探したよ。駄目じゃないか勝手に居なくなっては」
優しく紳士的な笑顔だが、その声音には少し鋭さが滲む。エミスの顔から笑顔が消えた。
「エミスさんの婚約者の方ですか?それにしては、少し……」
二人の間に漂う空気の異質さに、一人の貴婦人が割って入ってくれた。
別の令嬢は、警備の騎士を呼びに行く素振りを見せる。不味いな、そう思ったトルトは少し強引にエミスを連れ出すことにした。
「ああ……ご心配には及びませんよ。少し仲違いをしてしまいまして。エミス、私は怒っていないから落ち着いて話がしたい」
そう言ってエミスの肩を抱き寄せると、耳元で小さく囁いた。
「大人しくついて来い」
肩を抱かれ、顔を近づけられると全身を不快感が走り抜けた。
(やだ――テス!!)
思わず離れようとしたが、グッと掴まれる。
「騒ぎにすれば、父親の顔に泥を塗るぞ」
その言葉に、一瞬の迷いがうまれた。
父の晴れ舞台を壊すわけにはいかない。
これは自分の問題だ。
きちんと自分の口でトルトと向き合って決着をつける、そうエミスは覚悟を決めた。
「……分かったわ。」
大丈夫――
エミスは、ブレスレットに触れる。
しっかりしなくちゃ。
恐怖に震える身体を奮い立たせ、エミスはトルトを冷たい目で見つめ返した。
「行きましょう」




