19話 壇上の父と不穏な気配
緑宴会の褒章授与が始まった。
壇上に受章者が呼ばれ、国王から授与される。来賓たちは庭園から、一般観覧者は指定された席からその光景を眺める。
来賓たちは、これはと思った受章者が壇上から降りるといち早く事業提携や後援の話を持ちかけている。
エミスは、その熱気に圧倒されていた。
「すごい!すごいわ!!新しいことが動き出しそうで、パワーを感じるわね!」
経済や新事業が動き出す瞬間に立ち会えるかもしれない。強い好奇心や、期待感をいっぱいにしてエミスは目を輝かせていた。
「楽しそうで良かったよ」
テストゥードは、その様子にホッとした。
「そうだ、ご挨拶に行かなきゃね。エミスの綺麗な姿も見せたいし」
「……え?誰に?」
手を引かれ連れて行かれた先には、待機エリアに座っていた父と母だった。
「エミス!!!」
二人はエミスを見つけるや否や、椅子を蹴り倒す勢いで駆け寄ってきた。
「ああ……エミス元気そうで安心した」
父が優しく微笑み、安堵の表情を浮かべる。
「それに、こんなに綺麗にしてもらって……あの時のウェディングドレスより素敵だわ」
母は、エミスを抱きしめて目頭に涙を浮かべている。
「お父さん……お母さん……」
久しぶりの両親との再会に、堪えていたものが溢れ出しそうになるのを、おめでたい雰囲気を壊してはいけないとこらえる。
「ごめんね、心配かけて……」
真っ先に、あの結婚式の日に消えてから言いたかった言葉を口にする。
エミスを抱きしめながら母は、首を振る。
「結婚誓約を交わす前で良かったわ。今、協力を頂きながら弁護士を付けて婚約解消に動いているところよ。だから安心して。」
「……婚約……解消?出来るの?」
エミスは唖然とした。どこを訪ねても、無理だと言われたのに?
「ええ。本当に、感謝だけでは足りないくらいよ。殿下は救世主様よ」
震える声で母はテストゥードに視線を向けて、深々と礼をする。
それに続いて父も、感謝を述べる。
「殿下、本当になんとお礼を申し上げたらいいのか……」
そう言うと、横で静かに親子の再会を見守っていたテストゥードに頭を下げた。
「――!!お父さん、お母さん、テスの正体知ってたの!?」
驚くエミスに、父は温かく微笑んだ。
「ああ、殿下から伺って父さんも驚いたよ。お前が消えたあと、マレの王子殿下の元で保護して頂いているとコベさんから連絡を受けたんだ。母さんと二人して、ひっくり返ったさ」
「え……?コベさんてあのコベさん?」
ここで、旅の行商コベさんの名が何故か出てきて不思議に思った。北の防寒具を紹介してくれたあの人は、長年の顔なじみではあるが王子とつながりがあるなんて話は聞いたことが無かった。
驚いたエミスはテストゥードに視線を向けた。
すると、テストゥードは少し言いにくそうに話始めた。
「……いろいろ、落ち着いて話さなきゃとはずっと思ってたんだけど。旅の行商というのはコベの表向きの姿で、本当は俺直属の密偵なんだ。各地の情報を集める為に、行商として活動してる」
「え……そう、だったの……。でも、コベさんがうちの、商会に出入りするようになったのってかなり前からよ?偶然なの?」
「……いや、それが」
テストゥードの目が泳ぐ。
「……ねぇ、テス。どういうこと?」
詰め寄るエミスにたじろぐテストゥード、二人を見ながらエミスの父は笑った。
「はは、エミス。殿下が困っていらっしゃる。殿下は、お前が亀を助けたあと、仕返しをされないかと心配してさり気なく様子を探ってくれたそうだ。コベさんを使って」
ケローネを虐めていたのは、当時地元で権力のある有力地主や、金貸しの息子たちだった。対してエミスの家は、街外れの御用聞き程度の小さな商会だった。
「え!!もしかして、あの頃からずっと!?」
「み、見張ってたわけじゃないぞ!!たまに様子を見る程度だ!!」
我が家が大きくなった理由の一つは、たまにふらっと立ち寄るコベさんに有益な情報を貰ったことがきっかけだ。
「……じゃあ、家の商会が大きくなった理由って父の手腕じゃなくて、マレの王家の力!?」
「ち、ち、ち、違う!違う!」
顔面蒼白になったエミスを慌てて否定した。
「確かにきっかけはコベだけど、コベは情報を渡すだけ。店をもっと立地の良いところに移したら?と物件情報をいくつか渡したり、こういうのが隣国で流行ってるよって話したり。でも、それをどうするのか決めたのはいつもお父上だよ。」
その説明を聞いて、ほっと胸をなで下ろした。
もし、テストゥードの力で商会が大きくなったなら、この場所にいることが不正のようだと思ったからだ。
「テストゥード殿下!」
眼鏡をかけた、男性が小走りにテストゥードに駆け寄る。彼は少しブカブカのスーツを着ていて、こういう場に慣れていないのは一目瞭然だった。
「ありがとうございます!殿下のおかげです!!」
男性は興奮気味にお礼を述べた。
男性の胸元には、授与されたばかりの記章が輝いている。それでエミスは、彼が先ほど受章された海洋研究家であると気づいた。
「いいや、私は持っているデータを渡しただけだ。他には、何もしていないよ。全て君の実力だ。これからも、研究に励んでくれ。期待してるよ、受章おめでとう」
「な!なんとありがたいお言葉!!」
海洋研究家は、恐縮しきりで握手を求めたテストゥードの手を両手で包み、感動したように何度もお礼を言っていた。
それを見たエミスは、そういえば、自分はテストゥードについ何も知らないと改めて気づいた。
「……そういえば、テスってなんでここに呼ばれてるの?研究のデータってなに?」
嵐のように海洋研究家が去ると、エミスはこそっと聞いてみた。
「あ、そうか。それも言ってなかったか。俺はマレで世界的に絶滅が危惧されている、ウミガメの保護活動に力を入れている研究者なんだ。この分野ではちょっと有名人なんだ」
王子様なのに、有名人であることを自慢げな顔で言うテストゥードにエミスは、少し笑ってしまう。
「希少動物の保護つながりで、この国の王太子とも仲良くなったんだ」
そう言えば、元々この緑宴会の行われる王立公園自体が希少動物の保護地区であると思い出した。王太子はその保護活動に力を入れている。
「……え、凄いね。じゃあテスは単なる王族のお客様ではなくて、研究者として招待されてるってこと?」
王子様で、他国に招かれるほど有名な海洋活動家。
凄いと思うと同時に、ますます遠い人だと実感して少しだけ、本当に少しだけ気分が沈む。
「その通り!!」
笑顔で凄いだろ?と言わんばかりの顔になるテストゥード。
「え、ちょっと偉そうなんだけど」
エミスの気持ちはバレない様にと、わざと軽口を返して、2人で笑い合った。
「あ、お父上も壇上に上がるようだよ」
言われて前方を見ると、個別受章ではないので複数の人たちと共に案内されている父が見えた。
名前を呼ばれ、一歩前に出て礼をする。
それだけだった。
それでも、襟を正して壇上に上がり大勢の注目を浴びる父の姿はとても誇らしい。
「すごい……」
父の努力が実を結んだ。
そしてこれから、もっと商会は大きく良くなっていくとエミスの胸は期待に膨らむ。
そして、成功の理由の一つがテストゥードが人知れず長い間見守ってくれていたからだと思うと……嬉しい反面、恩返しの終わりが近づいて来ることを実感した。
テストゥードだって、いつまでもエミスたちを気にしてはいられないはずだから。
華やかな会場の中で、周りのざわめきに反比例するようにエミスの心が深く沈んでいった。
「……間違いない、あれはエミスじゃないか」
エミスの気づかない、遠い一般観覧席でオペラグラスを覗いていたトルトは、信じられないものを見たと思わず呟いた。
キャラパス商会が招待されたと知り、なんとかその恩恵に預かれないかと機会をうかがっていたトルト。
綺麗に着飾り、庭園に立つ行方不明の婚約者の姿に最初は気づかず驚いた。
だが
(これはチャンスだな)
トルトはニヤリと笑うと、席を立った。




