18話 王太子とマレの王子
テストゥードの本気の苛立ちを見て、王太子は長年の親友が初めて見せた感情の揺らぎに驚いた。
(何事にも冷静で、感情を表に出さないこいつがなぁ……)
これは、面白くなりそうだと王太子は思った。
「おいおい、そんなに怒るなよ。なかなかパートナーを紹介してくれないからだろ。まあ、こんなに可愛らしいお嬢さんなら隠したくもなるか」
王太子の声音には明らかに、からかいの色が見える。
「可愛いのは間違いないが、お前に言われるのはなんか嫌だ」
王太子は、テストゥードの返事に楽しそうに口元を歪める。
「そんなこと言わずに、少し貸してくれよ。君のパートナー」
「ダメだ。そちらのご令嬢に失礼だろう」
周囲には人だかりが出来ていた。ただ、会話がよく聞こえないようで、王太子とマレの王子が一人の女を取り合っているようにも見えるらしいことが、囁く声から聞こえる。
(ちょっと!?なんかとんでも無いことになってない!?なんで???)
テストゥードは威嚇するように、王太子を睨んでいる。
「殿下、そのようなお戯れはおやめくださいませ。周囲がざわついております。エミスさんにもご迷惑になりますよ」
先ほどまで曇った表情をしていた伯爵令嬢は、状況を把握して王太子をたしなめる。
さすが、王太子妃候補だ。エミスは感動すら覚えた。
「はは。分かった分かった。そんなに、睨むなよ。今まで頑なに、女性のエスコートを拒んでたやつが急にパートナーを連れてきたら、親友として気にならないわけがないだろ?それなのに、なかなか紹介されないから」
王太子は、大げさにため息をつく。
「自分の立場分かってる?いきなり王太子に紹介なんてしたらエミス驚きで倒れるよ」
テストゥードの警戒を緩めない声に、『うん、確かにそうだ』とエミスは心の中で同意した。
「自分だって王子だろ。しかも他所の国の。それはいいのか」
「王太子と単なる王子じゃ違うだろ」
王太子は、テストゥードが子供のように感情を見せるのが面白く、ついついからかってしまう。
彼女が、テストゥードの感情を引き出してくれたんだなと嬉しくなった。まあ、肝心のお嬢さんは親友の腕の中で全く見えないのだが。
「……ねぇテス」
親友の腕の中から、遠慮がちに彼を呼ぶその声に「おっ?」と思った王太子は、隣の伯爵令嬢と顔を見合わせた。隣の婚約者候補も、何やら思うところがあるらしい。
親友は、腕のなかの彼女とゴニョゴニョ話をすると、渋々といった感じで腕を緩めた。
ひょっこりと姿を見せた彼女は、優雅に礼を取って見せた。その貴族の令嬢といっても差し支えのない所作に、王太子は感心した。
「紹介するよ、俺のパートナーだ」
「キャラパス商会のエミスと申します。この度は父をお招きいただきましたこと、厚く御礼申し上げます」
王族相手に怯まず、完璧な挨拶をしてみせた。さらに、挨拶に父親のことを含めたことで、単に隣国の王子か物珍しさで連れてきた平民の女性でないことを周囲に自然と知らしめた。
緊張が隠せないその表情からすると、もしかすると、そこまでの計算は無いのかもしれないが。自然とそれをやってのけるなら、大したものだ。
(うん、合格だな)
王太子は満足気に頷いた。
「エミス嬢、ようこそ緑宴会へ。父君もこのあと、壇上で紹介される予定だよ。さあ、庭園に出ようか」
王太子は伯爵令嬢の手を取り、テストゥードにエミスをエスコートするように促した。
「行こうか、エミス」
眩しい程の笑顔で、エミスに手を差し伸べる。
その姿が、完成された一枚の絵画のように美しく、ほぅと感嘆の声が周囲から聞こえた。
「はい」
少しくすぐったく思いながら、エミスはその手をとり庭園へと出ていった。
いつもであれば、王太子がどの令嬢をエスコートするのかが注目を集めるのだが、今回ばかりは違った。
いつも、愛想笑いすらしない堅物と噂されるマレの第五王子が、惜しげもなく笑い掛けているのだ。それも、たった一人の女性に。
周囲は、テストゥードとエミスに釘付けだった。
「……ねぇ、テス。なんか、すごい注目集めてない?私、何か変かなぁ……」
粗相の無いようにと、神経を集中させて振る舞いに気を使うが、やはり王子の横にはふさわしくないと思われているのかもとエミスは心配になった。
「ん?……そんなことないよ。エミスが可愛すぎるから皆気になってるだけだって」
サラリと、恥ずかし気もなくとんでもない発言をする。
エミスの顔は真っ赤になる。
「……これは、かなり重症だな」
その様子を横で見ていた王太子は、こそっと伯爵令嬢に囁いた。
「ええ。テストゥード殿下、ずっと気難しい方だと思っておりましたの。今回で見方が変わりましたわ。きっと、エミスさんのお力なのですね」
「君は、エミス嬢をどう思う?」
「短い時間ですが、好感は持てました。一本芯の通った性格といいますか。少なくとも、権力や財力目当てでテストゥード殿下にすり寄っているとは思いません」
王太子は静かに頷く。
「ただ……」
伯爵令嬢は、顔を曇らせる。
「ん?何か心配?」
「……いいえ、外野が心配することではございませんね。あのお二人ならば、この恋の引き際も弁えておられるでしょう」
その言葉に、王太子は残念そうに「そうだな」と言って眉を下げる。
「……残念だなぁ。立場というのはなかなかに厄介なものだな」
テストゥードも自分も…と思いながら王太子は、横の伯爵令嬢に視線を向けた。
「始まるようですわね」
褒章の授与が壇上で始まる。
「私たちもいこうか」
「はい」
伯爵令嬢は、気を引き締め前を向いた。今は人の恋路を気にしている場合ではないと一歩踏み出した。




