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17話 緑宴会 開宴式

会場に足を踏み入れた途端――それまでとはまるで別世界が広がっている様に感じた。 


「わぁ」

思わず感嘆の声が漏れた。


目の前に広がる美しい大庭園には、既に多くの人が集まっていた。色とりどりのドレスが、咲き誇る花々の間を行き交っている。


庭園の大きな泉を臨むように、ひときわ広く設けられた王族席があり、その周囲をいくつもの席が取り囲んでいる。


王族に近い場所ほど、集う者の身分も高い。


真正面に設けられたのは、王族や特別な賓客のための特別来賓席。


その左右には、有力貴族や王太子の婚約者候補とも噂される令嬢たちが集う一般来賓席がある。


そしてさらに外側に、その他の貴族や豪商などが集う

一般観覧席が設けられていた。


湖畔の向こうには、誰でも入れる自由観覧区域だ。


――そういえば昔、父に連れられて来たときは、あの辺りだったな。

エミスは遠くに見える一般観覧席へ視線を向ける。


あの時は、父の隣に座って場の雰囲気に圧倒されながらも、ずいぶん遠いなぁ、などと思って王族席を眺めていたものだ。


懐かしさに、ほんの少しだけ口元が緩む。

その姿を、テストゥードは目を細めて見ていた。

「エミス、少しの間だけ離れ離れになるんだ」

声を掛けられ、顔を上げる。


テストゥードには、特別来賓席が用意されている。


「本当は一緒に連れて行きたいんたけど、俺も招待客の一人だから、そこはどうにもできなくて……」

申し訳なさそうに言うが、特別来賓は王族から直に招待された客人だ。その中に、単なる平民が入れるはずもないことは、始めから承知している。


「大丈夫よ。分かってることだもの」

笑顔で言うと、名残惜しそうに別れ最後まで心配そうにチラチラ振り返りながら席に案内されるテストゥード。

「終わったらすぐに迎えに行くから!」

過保護なその姿はとても王子様には見えない、いつもの……エミスの知っている彼だった。


一方、エミスが案内されたのは――一般来賓席。

けれどエミスの左右には、当然のように護衛が付き従っていた。


こんなに、仰々しい護衛は不要だと言ったが、ここだけは譲れないと護衛を二名も従えて一般来賓席へ入った。女性専用の区画なのか、多くのご令嬢や貴婦人が着席している。上質なドレスを身に纏った、高位貴族たちだ。席次は決まっていないようなので、出入り口付近の末席を選んだ。

目立たないように……そっと入ったが見慣れぬ女が護衛を引き連れているのだ。 


一瞬、女性達の話声が止まった。

貴族特有の、値踏みする冷たい視線を四方から感じる。

平民の自分には場違い過ぎて、思わず萎縮し小さくなりかけた。


『エミス様!いかなる時でも堂々と、坊ちゃまのパートナーとして恥ずかしくない振る舞いを!!』

不意にホヌさんの声がした気がした。


スパルタレッスンの教えが脳裏を掠める。

ふぅと息を吐き出し、姿勢を正す。


『一国の姫!いいえ!女王のつもりで振る舞うのです!!自分は平民だから、などと思ってはなりません!』


ゆったりと優雅に、それでいて隙を見せない。


周りの視線が、値踏みするものから様子を探るものに変わった気がした。


あの女は誰?

そんな声が聞こえてくる気がするが、怯んではいけない。真っ直ぐ前を見ながら、手首のブレスレットにそっと触れる。


(――大丈夫)


再び、周りの女性たちはお喋りをはじめた。

聞いていませんよと言う顔で、聞き耳を立てる。


社交界に出たことの無い自分は貴族の顔など分かるはずも無いが、有名な家門なら花嫁修行の一環で勉強している。自分の周りには誰がいるのか、ある程度は把握しておきたい。

トルトを思い出しちょっとモヤっとするが、ここに来てあの失敗が生きてくるとは、人生とはわからないものだなとエミスは思った。


聞こえた声から分かったことがある。最前列に座る令嬢たちは、王太子の婚約者候補と噂される令嬢たちだった。


ファンファーレが鳴り響いた。


緑宴会の開宴宣言の始まりだ。

皆、一斉に立ち上がる。


王族席にゆっくりと国王が姿を現し、その後ろに王妃、王太子、王子や王女が続く。


国王が挨拶をはじめ、エミスも王族席に視線を向ける。その視線の端に、王太子と並んだテストゥードの姿が見えた。

特別来賓が、国王より紹介される。


そこに見える大きな壁に、胸の奥がズキンとした。

パートナーとして会場に来てもエミスは一生あそこにいるテストゥードの横には並べない。


だが、ここにいる令嬢たちは違う。王太子の婚約者となれば、いずれこの中の誰かがあそこに立てる。


(……どうして、貴族に生まれなかったんだろう)


ふと浮かんだ考えに、自分でも驚いた。

今まで、貴族なんて生きていくの面倒くさそうだなとしか思っていなかったのに。


国王の挨拶が終了すると、来賓たちは席を離れて庭園に出る。交流会の始まりだ。

エミスは席を離れずに、テストゥードが迎えにくるのを待っていた。


「失礼、少しよろしくて?」


鈴の鳴るような澄んだ声がエミスを呼びかけた。

顔を上げると、王太子の婚約者候補の伯爵令嬢だった。

「――!!」

驚き息を飲み、慌てて立ち上がった。

「ごめんなさい、驚かせてしまって」

伯爵令嬢は丁寧に自己紹介をしてくれた。

「初めてお見かけしたので、お声がけさせて頂きましたの。ステキなドレスですわね。生地もあまり見かけないわ。異国のものかしら?……あら、失礼いたしました。気になって仕方のなかったものですから。お名前を伺っても?」

エミスは、さすが貴族のご令嬢はファッション研究に余念が無いのだなと感心すると同時に、赤くなって照れる伯爵令嬢の滲み出る可愛らしさに驚いた。


照れていても上品が勝手に出ている。


「キャラパス商会のエミスと申します」

エミスは、優雅に礼をとる。

「さすが、お嬢様は目が肥えていらっしゃる。そうなのです、こちらは異国の生地を使用しております」

「キャラパス……商会?ごめんなさい、存じ上げなくて。では、平民の娘さん?」

「はい、その通りです」


ああ、父も招待客の一人とはいえやはり都会の貴族には認知されていないようだ。我が商会もまだまだだ……。そして、そんな平民が何故この場にと蔑まれるか……エミスは身構える。


「まあ!所作が優雅でしたから、どちらかの貴族のご令嬢だと思っておりましたの!それにこのドレスの仕立て、王都で人気の仕立て屋のものでしょう?」

予想外の反応と言葉に驚く。


「ドレスは今日のパートナーに贈っていただいたものなので、仕立て屋までは存じ上げませんでした。教えて頂きありがとうございます。後でパートナーにしっかりお礼を言います」

まぁ、と伯爵令嬢はエミスの素直な反応に微笑んだ。

「……そんな、ステキなドレスを贈れるあなたのパートナーって――」

その言葉を遮るように、周りがざわりと騒がしくなった。

「やあ、ご令嬢同士楽しそうにお話かい?」

「殿下!」

なんと、王太子が声をかけてきたではないか!!

正確にいうと、こちらの婚約者候補のご令嬢の様子伺いだろうが。

突然登場の雲の上の存在に、エミスは緊張で固まった。伯爵令嬢は、嬉しそうに頬を染めドレスのお話をしておりましたの!と王太子と話していた。

「へぇ……」

と意味ありげな表情で、王太子はエミスに視線を向けた。

蛇に睨まれた蛙の気持ちってこれかしら!?エミスはパニックになりつつも平静を装い笑顔を返す。


ここは、お二人の邪魔にならないようにゆっくりと去るべきか。しかし、突然消えたら失礼なのか。何が正解か分からない。

顔に笑顔を張り付けたまま、一歩退こうとする。

「あれ?どこに行くの?少し話をしよう?」


王太子が笑顔でエミスに近づくと、周りから驚きの悲鳴のような声が聞こえた。


伯爵令嬢の顔も強張る。


(――!?え!?まってまって!?何この展開!?ああ、ご令嬢そんな敵意剥き出しの顔で見ないで!!)


王太子を誑かす、性悪女を見るように睨まれてしまった。様子を見守っていた周りの女性たちまでも鋭い視線を向ける。


(やだーーーー!!何なのこれ!!)

王太子がエミスの手を取ろうとした瞬間だった。


ふわっと抱きしめられて、王太子の視界から隠された。

エミスを包む人物の正体が分かり、途端に安堵した。


「おい!人のパートナーにちょっかい出すなよ」


周囲のざわめきは一層大きくなった。






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