14話 いざ、緑宴会へ
緑宴会――ついに、その日がやってきた。
驚くほど立派な馬車が、早朝丸太小屋の前に止まった。
エミスは眠い目をこすりながら外へ出た。
この丸太小屋には余りにも不釣り合いな、その立派すぎる馬車を前にして、すっかり眠気が飛んでいった。
「え?これに乗るの?」
その質問に、ケローネが呆れたように笑った。
エミスは、普段着のまま馬車に乗り込む。
こんな豪華な馬車を見たことはなかったし、ましてやそれに乗るなんて。
――非常に居心地が悪い。
ケローネもいつもの服装だが、こちらは乗り慣れた余裕が出ている。
エミスは、緊張のまま馬車に揺られた。
朝が早く、ウトウトしていつの間にか眠っていたらしい。
「もうすぐ着くよ」と、ケローネの優しい声で目を覚ませば向かいに座っていたはずが、真隣にいるケローネの肩を枕に寝てしまっていた。
「――!!ごっごめん!!」
エミスは、慌てて飛び退いた。
「枕代わり、役得だよ」
ははっと笑って、ケローネが言った。いろいろドキドキするので止めてほしい。
会場となるのは、特別保護地区に指定されている王立の庭園だ。元々は希少な生き物がこの場で発見され、その保護の為に、一般の立ち入りを制限したのが始まりだ。
馬車の中から見える庭園は、桁外れの規模だった。
馬車は一般開放地区を進んでいて、沢山の出店が並んでいる。既に、お祭り騒ぎでとても賑やかだった。
一般開放地区の賑やかな道を抜け、馬車は奥の厳重な警戒区域へと進んでいく。
鬱蒼と茂る美しい樹々を抜けた先に現れたのは、圧倒的な気品を漂わせて佇む大きな館だった。
「……すごい。これが翡翠宮なの?」
「ああ。緑宴会のために造られた、王立庭園の離宮だよ」
緑宴会は、まず国王が庭園に専用に誂えられた王族席から開式の挨拶をする。
その後、開放された庭園で順次表彰や交流が行われる。
エミスが一般観覧で見た時は、翡翠宮は遠く立派な建物といった程度の認識だった。
しかし、近くで見るとその認識はまるで違う。
その重厚感や警備の厳重さから「緑宴会」は単なる王族と一部の人間の交流会ではなく、国の威信をかけた、国家行事だと肌で知る。
ケローネにエスコートされ、馬車を降りる。
ズラリと並ぶ警備の騎士の鋭い視線と、そこに漂うのは格式の高い雰囲気。
(……ああ、とんでもないところに来てしまった)
エミスは、その威圧感に既に押しつぶされそうだった。
迎えに現れた男性と、ケローネが目で会話する。
「ようこそいらっしゃいました。お部屋へご案内致します」
恭しい態度で挨拶をされ「では、お嬢様はこちらへ」と、ケローネとはここで一旦お別れらしい。
「じゃあ、またあとでねエミス」
ケローネと離されることに不安を感じつつ、案内人について先へ進む。
すると、案内された先にホヌが見えエミスはほっと胸をなで下ろした。
「ホヌさん!!」
「ほほ、エミス様。既に顔がお疲れですぞ」
「……だって、緊張しますって。しかも…こんな普段着でこんな立派な場所に……」
そう、場の威圧感ですっかり忘れ去っていたが着飾ってもいない普段着で、こんな場違いなところに入ってしまったのだ。
エミスは、急に恥ずかしくなった。
「ではでは、早急に変身いたしましょう。」
そう言って、ホヌが開けた扉の先にはトルソーに飾られた一着のドレスが見えた。
「……え、これって」
エミスは驚きで言葉を失った。
見覚えのある、艶やかな生地で仕立てられたドレス。
『わぁ、綺麗な布地だね』あの市場で発した言葉を思い出した。エミスが目を奪われた、異国の生地を使用していた。
「こっそりと、生地を買い取られておりましたよ。鮮やかなグリーンが、緑宴会にぴったりですな」
言葉にならない、温かな気持ちが広がる。あの日過ごした二人の時間を思い出し、ケローネと離れてしまった不安は無くなった。
離れていても、傍で見守ってくれるようで。
「さあさあ、のんびりしている時間はありませんぞ!本番はこれからなのですから!!」
ホヌの威勢のいい声とともに、控室にいた侍女たちが一斉に動き出した。
丁寧に髪を梳かされ、上品なアップスタイルに結い上げられていく。ほんのりと上品に香る化粧水、冷たい刷毛は肌の上を滑らかに走る。
昨日までの丸太小屋での暮らしからは、考えられないような待遇と侍女の手さばきで、エミスはまるで魔法にかかるように淑女へと仕立てられていった。
高価なネックレスとイヤリングが花を添える。
「そちらは、外しておきましょうか?」
侍女が、エミスの手首に巻かれたブレスレットに触れる。
上品な仕立てのドレス、高価なアクセサリーには不似合いな安物のガラス玉のブレスレット。
「あっ……あのこれは」
そっとブレスレットに触れる。
「やっぱり外さないとダメでしょうか?出来れば付けておきたいんですが」
場に不釣り合いなのは、十分承知だ。それでも、外せない。
「それでは、そのままに致しましょう」
侍女は優しく微笑んだ。
「完成です。いかがでございましょう?」
侍女に促され、おそるおそる大きな姿鏡の前に立つ。
そこに映っていたのは、思わず息をのむほど美しく着飾った、まるで自分ではないような姿だった。
まるでお姫様だ。
上質で鮮やかなグリーンのドレスは、動きに合わせて艶やかに煌めく。思わず顔が、ほころんでしまう。
ホヌに叩き込まれたマナーレッスンを思い出し、背筋をピンと伸ばした。その美しい姿勢が、ドレスの仕立ての良さをさらに引き立てている。
マナーレッスンの意味をひしひしと感じる。上品な仕草と姿勢、それがさらにドレスを纏う姿に品格を加える。
自分の姿なのに、自分でないみたい。
なんだか、夢見心地でふわふわしている。
それでも、手触りの良いこの生地に触れると、市場の温かい空気と、ケローネの優しい笑顔がはっきりと脳裏に浮かぶ。
あの日の楽しかった気持ちを、そのまま身に纏っているみたいだ。
あれほど緊張感に押しつぶされそうだったのに、いつの間にかそれは、胸を弾ませる心地よい鼓動へと変わっていた。
(……ケローネ、驚いてくれるかな)
早くケローネに見せたい。
期待で胸がいっぱいになり、エミスは深く息を吐き出した。
――コンコン
ドアがノックされる。
「エミス様、我が主がお迎えにいらっしゃいました」
外で控えていたホヌの声がする。
「はい」
エミスは凛とした顔で姿勢を正し、ドアへ身体を向けた。




