13話 あなたとワルツを
エミスは緊張していた。
ダンスレッスンの最終試験として、本日ホヌに披露するからだ。
ダンスの先生からはお墨付きをもらえたが……ホヌの目は厳しそうだとドキドキしている。
そして、もう一つ。
ケローネと初めてペアを組んで踊るのだ。
正面に向き合い、しっかりホールドを組んで踊るため、エミスはまた別の緊張を感じていた。
市場デートの時の、お気楽な手のつなぎ方とはまるで違う。繋いだ手だけではなく、背中に回されたケローネのやさしく触れる大きな手の温もりが伝わってくる。
背筋を限界まで伸ばし、体幹を維持する姿勢は、気を抜いたら崩れてしまう。エミスは、全身をダンスに集中しようとするが、ふとした時に感じるケローネの視線や吐息の近さに、胸が爆発しそうだった。
「ふふ、エミス緊張してるね?俺とホヌだけなんだから、そんなに力入れずに気楽にやって?」
ケローネに軽い口調で言われるが、そんなの無理に決まっている。
(ケローネとは至近距離で向き合ってるし、ホヌさんの視線は刺さるように厳しいし!!)
優雅な音楽はなく、ホヌの手拍子に合わせてステップを踏む。ケローネの完璧なリードで、なんとか流れるように踊れてはいるものの、エミスはステップのリズムをかぞえるので精一杯だった。
(いち、に、さん。いち、に、さん、えっと……右足から後ろで退いて……次が左で!!)
「エミス様!姿勢と笑顔!!!もっと優雅に!!!」
「はいぃぃぃ!」
「目線!目線が下がっております!!」
「はいぃぃぃ!」
ホヌの地獄のスパルタ試験に疲れ果てたエミスは、なんとか合格を勝ち取った。
「やった……合格。うっ……腕と、背中と、首が……もうダメだ……」
終了の合図聞くと安堵からか、崩れるようにソファに倒れた。そのまま、スースーと寝息をたてうたた寝を始めた。
「お疲れ様。エミス」
ケローネはクスッと笑うと、そっとブランケットをエミスの肩にかけた。
「ホヌは、エミスの扱い方かなりわかってるよね」
飴と鞭というより、鞭を振り回しているだけに見えるホヌだが、ホヌの本気の厳しい指導に文句を言いつつもキラキラして瞳で食い付いていくエミス。
「下手にお立てても、エミス様は気づかれますからな。こちらの本気を汲み取って、本気でぶつかってこられる。実に清々しい」
ホヌは満足気な笑みを浮かべる。
「なぁホヌ。……これは試しているの?」
ケローネは、ソファの肘掛けに軽く腰掛けてホヌを見上げる。
「はて、何のことでございましょう」
わざとらしく宙をみて、とぼけた表情をつくるホヌ。
「とぼけるなよ。緑宴会で必要になる以上のことまで教えているだろう」
ホヌは、眠っているエミスへ視線を向ける。
「ほほ。……お気づきでしたか」
「気づかないはずがないだろ。今回の緑宴会に必要ないものまで、あえてエミスに詰め込んでいるよな?」
「……はい」
「なんで?」
「あの方は、もとより聡明でございます。それに探究心もおありになる」
ホヌは静かに微笑む。
「ですが、それだけではございません。あの方には、人の上に立つ度胸と資質がおありです」
「……人の上に?」
「人の為に、と口にする者は多くおります。ですが、自分の利益にならぬことまで実行できる者は意外と少ないのです」
「……そうだな」
「市場でのアップルパイの話は、本当に損得はなく純粋なエミス様の好意でしょう?デートの時間を削ってお話されたわけですし」
たしかにあの時間、ケローネの存在は忘れ去られていた。そんな考えが伝わったのか、ホヌがニヤリと笑う。
「防寒具についても、商売が絡んでいるとはいえ売れるか分からないものを、一生懸命どうすれば売れるか考えた。聞くところによると、商会への利益は下手をすると赤字になってしまうくらい、あまり無かったようですよ。」
エミスだけでなく、その父親もかなりのお人好しなんだよなぁとケローネは思った。だからこそのエミスなのだが。
「エミス様は、綺麗事を口にするだけではない。相手の話を良く聞き、実態に目を向ける。そして実際に人を助け、その結果を自分の喜びとして受け取っておられる」
ケローネは、静かに頷く。
「人間とは、自分の利益を求める生き物でございます。それを否定するつもりはありません。だからこそ、自分の利益だけでなく、周囲の利益まで考えられる者は、人を惹きつけ動かせるのです」
その言葉が、すっとケローネに馴染む。
「惹きつけ、動かせる……俺も動かされたなぁ」
「それにしても……驚きましたぞ!まだ身分を明かしておられないとは!」
「……うん」
「あのように聡明なお嬢さんです。緑宴会で素敵な殿方に言い寄られる可能性もございますぞ?」
ケローネの表情が曇る。
「ん……いや……そうか……そうだな」
「お一人で悩まれる必要はないのでは?お気持ちをお伝えしたうえで、エミス様と共に道を探されてもよろしいのでは?」
「うん……そうなんだけどさ」
苦しそうに声をだす。
「はぁ〜〜」
ホヌは、大げさにため息をついてみせ、ヤレヤレといった具合に肩を少し上げて首を振る。
「……我が主は、とんだヘタれでございますなぁ」
その仕草と言葉に、ケローネはムッとする。
「そんな簡単な話じゃないんだよっ!!」
そういうと近くにあったクッションを掴み、ふんっ!と投げつけた。
もちろん、ホヌには当たらぬようにわざと軌道を外して。
「やだ!暴力反対!!」
ホヌはひらりと大げさに身をかわし、わざとらしくケローネを非難する。
ブハッとケローネは、大きく吹き出した。
「当たってないだろ!!」
ケローネは心のなかで、ホヌに感謝した。おかげでささくれ立っていた気持ちが少し軽くなった。
(ホヌには敵わないなぁ)
二人がそんな、深刻なようでそうでもない会話をするその横で、エミスは心地よさそうに、すうすう寝息をたてて深い眠りについていた。
緑宴会は目の前だった。




