11話 二人の時間が終わる時
穏やかな日々の終わりは、突然やってきた。
それは市場で買った紅茶を、飲みながら夕飯のメニューを考えている時だった。
「……えっ!?緑宴会!?」
テーブルの向かいに座るケローネは、いつになく真剣な顔で頷いた。
「俺は特別来賓として参加予定だ。それに、パートナーとして参加してほしい」
――緑宴会
その年に功績を挙げた優秀な国民が招待され、王族や高位貴族と言葉を交わす。
豪商、文化人、偉業を成し遂げたと認められた人物が貴賎を問わずに招かれる、大変名誉で国民大注目の一大イベントなのだ。
参加しなければ話題に乗り遅れる、参加しない貴族は恥などと、国中の貴族の参加はもちろん、平民の富裕層までもが観覧席に集う。
エミスも幼いころ、一般観覧席でその様子を見たことはある。
それでも――
「と、と、と、特別来賓!?」
ケローネは、さらりととんでも無い発言をした。
――特別来賓として招待!?
特別来賓とは、王族に直接招待される客人のことだ。
王族席の並びにある、つまり国王陛下に挨拶する位置にあるのだ。
「まっ……待って!!」
エミスはとんでもないことに気づいた。
ケローネは、単なるお金持ちの貴族のお坊ちゃまではない。
ただの高位貴族でもない。王家と繋がりのある、高位貴族。
なんということだ、とんでもなく高いところの人ではないか……。
「ケローネ知ってるよね!?私が単なる平民だって!?マナーもなにも知らないのよ!それが……無理!!」
そう口にした瞬間、目の前で優しく微笑む青年が、急に手の届かない雲の上の遠い存在だと思い知らされて、ぎゅっと胸が痛む。
(……そうだった。ケローネは、私とは住む世界が違う人だ)
当たり前のように、二人で笑い合い生活をしていて忘れかけていた。
この生活は直ぐにでも終わる。
自分のような平民が彼の隣に立つなんて、なんと場違いなことか。
彼に恥をかかせるだけなのではないか――。
「大丈夫だよ。俺がサポートするから。……それに今回の緑宴会、エミスの父上も来賓として招待されているんだよ。」
「え?!父が?!どういうこと?!」
父親が緑宴会に招待されている?!まさかの事態に目を丸くする。
「褒章を賜るわけではないんだ。“今年の顔 百選”に選ばれたんだよ」
今年の顔百選とは、その年の注目の人物やこれから期待の人物が選ばれ招待される。
一般来賓として、運がよければ王族の方にお言葉を頂けるといったものだ。
もちろん、国が認めた人物ということなので、信用度は爆上がりだ。
その後の活動――エミスの父の場合は、商売がかなり有利になる。
販路や融資の拡大も、今までとけた違いにスムーズに行くはずだ。
「そんな大変なものに選んで頂けること、何かしたかしら……?」
驚きつつも、父の最近の商売を思い起こす。
「……遠方の寒冷地の防寒具を広めただろう?」
その防寒具話を持ってきたのは数年前から、うちの商会を贔屓にしてくれている、旅の行商コベさんだった。
彼が、寒冷地の商人との話を繋いでくれた。
その紹介された防寒具は、かなり温かく質も良かった。しかし、狩猟用なので見た目がオシャレではない。
加えてわが国の冬は、本格的な防寒具を必要とするその寒冷地ほどの寒さも無かったのでなかなか売れなかったらしい。
そこで、この品質や保温性を保ちつつ、婦人用のひざ掛けやオシャレな外套に応用出来ないか?と試作を始めた。
この試作品づくりに、エミスも少し加わった。
それが、思わぬヒット商品となり寒冷地の国王も知るところとなった。そして、その商品のヒットが外交の潤滑油になったらしい。
「エミスも関係のある話だ。大きな顔して緑宴会に出席してくれ」
ケローネが優しく、諭すように言う。
少しだけだが、自分が関わった商売が認められた。そして、父が脚光を浴びる。それを思うだけで、心が弾み、とても誇らしい気持ちになる。
でも――
「それなら、私は父にエスコートしてもらって一般来賓に……」
「だめだよエミスの父上は、夫人をエスコートしないと」
「……うっ」
確かに、母を差し置いて父と出席はおかしい。
「……じゃあ、お留守番す」
「名誉ある場で賞賛される両親を見逃すの?」
エミスの言葉は、ケローネに被されるように潰された。
「……ううっ」
見たい、それはもちろん見たいに決まっている。
華やかな場で、注目される父と母。
もしかすると、国王陛下からお言葉を賜るかもしれないのだ。
そうなったら、わが家始まって以来の大事件だ。
「はい、決定ね。エミスは俺のパートナー」
ケローネが、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
悔しいが、他に選択肢は無さそうだ。小娘一人では、一般観覧席に紛れ込むことも出来ない。一般開放されているとはいえ王族の出席する式典である。
それなりの身分が必要とされるからだ。
「でも……マナーに自信がないのよ。結婚に向けてレッスンしたと言っても、下級貴族のマナーを短期間で詰め込んだだけだもの……」
少し前なら、こんなに不安に思わなかったかもしれない。高位貴族や王族など、遠すぎて実感がわかないからだ。
でも、身近に高位貴族であろうケローネを見て考えが変わった。
自分の常識が覆るくらいに、たぶん何もかもが違うはずだと。
それに思い出す、“平民”と嘲り笑うトルト達を。
なにか粗相をすれば、とたんに「これだら平民は」などと見下されるだろう。
ケローネの立場まで、悪くしてしまうのではないのか。
「そこなら心配ないよ。ホヌっていう、おじいさん従者にマナーを仕込んでもらおう。もちろん、女性的な部分は別に講師を手配している」
エミスの承諾を得る前に、段取りが取られていた。
その手際の良さに、目眩がする。
「緑宴会までの時間は1週間だから、頑張って」
目眩に加えて、頭痛までしてきた気がする。
「……が、頑張る」
目眩と頭痛を抑えながら、エミスはなんとか返事をした。
不安しか無いが、やるしかないらしい。
そんな、エミスの顔色を見ながらケローネが優しくエミスの肩に触れる。ケローネの手首に光るブレスレットのガラス玉が目に入る。
「……大丈夫。エミスなら。それに、俺がずっと隣にいるから心配しないで」
市場に出かけた日を思い出す。
何よりも価値のある、キラキラと輝いたケローネとの時間。
遠い存在に思えたケローネが、まっすぐな瞳で自分だけを見つめている。
エミスは、自分の手元のブレスレットにそっと触れた。
「……うん」
不思議だった。
さっきまであれほど怖かったのに、胸の中に暖かな光が灯っている。
きっと大丈夫。
ケローネが隣にいてくれるなら。




