10話 小さな綻び
エミスが見知らぬ男に攫われた時、正直なところ俺――トルト・ムステーラは、心の中でガッツポーズを決めていた。
平民と結婚する哀れな男を、神が助けてくれたのだ。
エミスは可愛い顔をしているし金もあるが、所詮は平民だ。俺は、平民女と結婚するような男じゃない。
俺には、もっと高貴な女が相応しい。
教会内は大混乱だった。
それもそのはず、この平和な街で花嫁が攫われるなど前代未聞の事態だ。
ただ、思わぬ幸運に酔いしれて初動が遅くなった。
俺はそれに気づいて慌てて声を上げた。
「なんてことだ!愛しいエミス!!探さなくては!!!」
少し大げさなセリフを吐いた。視線が十分に集まったと感じる。
「彼女が心配だ!俺は!俺は後を追います!!」
背後で、参列者たちが騒いでいるが俺は、少し取り乱したフリをして慌てて教会を飛び出した。エミスが攫われたと思う方角に全力で走った。
ある程度走ったところで、古びた物置小屋をみつけ、身を潜めることにした。
エミスを探す気などサラサラ無い。
夕暮れに、頭に葉っぱでも乗っけて意気消沈しながら、家路に着けばいい。繁華街の一番目立つ通りをボロボロになって帰るか……。
時間は、あまり早すぎてもいけないし、かといって遅すぎては目撃者が減ってしまう。
どうすれば、悲劇に見舞われた可哀想な花婿に見えるか…俺はのんびりと演出方法を考えた。
結婚の誓約が済めば、勝ちは確定したんだがな…。
そこだけは、残念だ。
しかし、結婚式まで漕ぎ着けたのだから、エミスの家からはたんまり賠償金を払って貰おう。
男と逃げられた……では、俺の格好がつかないからエミスに他にも男がいたことにしよう。一人ではなく複数いれば尚いいか。そのうちの一人が乗り込んだと。
俺は、純愛を踏みにじられた男になればいい。
小銭を払えば、そういうゲスな噂や証言を流してくれる連中もいる。
それを理由に、賠償金を増額させるか。
傷心の俺は、旧知の男爵令嬢と再会し彼女が俺の傷を癒す……あいつを、愛人ではなく正式に妻にしてやろう。男爵家からの持参金も手にはいるし、結婚をネタに融資の話も引き出せる。
「ははっ!!俺はツイてるぞ!!!」
平民との結婚を回避して、金が手にはいる。ついでに同情も誘えるなんて!!俺は青空を見上げ、この幸運を神に感謝した。
◇
俺は、筋書き通りに花嫁を探し回りボロボロになったと見せるなめに服や顔を土で汚した。憔悴しきったように、力なく繁華街の大通りをヨロヨロと歩く。
事情を知らない通行は、みなギョッとした顔で俺を見る。
(よし、いいぞ。)
俺は、心の中でほくそ笑む。
異様に見えれば見えるほど、人の印象に深く焼き付く。
「トルト君!!」
通りががった馬車から飛び降りて来たのは、東地区を束ねる大商人・ボルドーだった。
エミスの実家である西地区の商会とは長年ライバル関係にある男だ。
「なんという姿……! 式場から花嫁が連れ去られたと聞いたが!まさかまだ見つからないのか?!」
ボルドーは心配そうな顔を浮かべている。
真っ直ぐな性格の男で、面倒見がいいと評判だ。
エミスと結婚するにあたって、商売仇の厄介な人物だと思っていたが……ライバル商会の醜聞はこの男にとってもチャンスに違いない。
(――勝った!! 神はどこまで俺に味方するんだ!)
トルトは心の中で狂喜乱舞した。この男を利用しない手はない。
トルトは、がっくりと大げさなほど肩を落とし、語り始めた。
エミスには結婚前から複数の男と関係を、持っていたこと。それでも、愛していたので結婚すればその男たちとは手を切ってくれると信じていた。しかし、それは裏切られた。式場に乱入してきた男は、エミスと関係のあった一人で間違いない。
トルトの、迫真の演技は熱い男ボルドーの胸を打った。
「な、なんということだ!!トルト君の純愛を踏みにじるなんて!!!」
怒りに震えるボルドーの声は、ほぼ叫びにちかかった。
「……いえ、元より身分差のあったのにエミスに恋をした僕がいけなかったのです」
トルトは、こみ上げるあくびを噛み締めた。ちょうどいい具合にに涙がポロリ。
「そんな!? 君に罪はないんだ!! 伝統ある子爵家のご令息を騙し、純愛を踏みにじるとは許しがたい! トルト君!これは商会全体の信用問題だ!すぐに彼女の父親の元へ行き、徹底的に問い詰めるぞ! 莫大な賠償金を請求すべき問題だ!!!」
何もかもが、思い通りだ。早急にエミスの噂を流す輩を手配せねば。
トルトは、うつむいたまま笑いが漏れないように肩を震わせていた。
◇
あの足でエミスの実家に行った。
ボルドーという味方を手に入れたトルトは、何もせずとも、賠償金請求の話が進んでいく。
ボルドーは、面白いほど協力的でエミスの悪い噂も手伝って何もかもトルトの有利に進んでいた。
何もかも順調のはずのトルト。
しかし、ムステーラ一家に不可解なことが起こり始める。
茶会に出かけた母親が、不機嫌をまき散らし帰宅した。
バンッ――
手元の扇を床に投げつける。
トルトは、女連中のしょうもない諍いに負けたのだろうと身を潜めようとした。
「トルト!!!こちらへいらっしゃい!!」
母親は、逃げようとしたトルトを見つけると怒鳴るように呼びつける。
「あなたの見初めた、あの男爵令嬢!まったくもって躾けがなってないわ!!お陰で大恥をかきましたよ!」
男爵家から持参金を、せしめるため婚約の話を持っていったところ、娘が悪く言われないように、ちゃんとムステーラ家の見初めた娘だとわかるように周知しろと言われた。
それで、少し早いとは危惧したがムステーラ家が懇意にしているご令嬢、という体で母が茶会に連れ出した。
「あの娘!我が領の特産品の紅茶のことも知らず……主催の伯爵夫人には、エミスの方が良かったと言われる始末よ!!」
エミスの知識だけでなく、社交力、気遣い何をおいても、なぜあれほどの娘を手放したのかと嫌味を言われたらしい。
おかしい、エミスがふしだらな娘で複数の男がいたとの噂を流しているはずなのに……。
さらに、母のつぶやきには何故か母がエミスをいじめていたとの話が広がっていたらしい。平民と見下していたことも、伯爵夫人に叱責に近い物言いで注意されたと。
最近新しい茶会の誘いがパタリと消えたのも、その噂が原因だったようだ。
◇
父親と母親の諍いが前にも増して、増えた。
今日も、怒鳴り合いの声が屋敷に響き渡っている。
辟易して、出かけようとした。
「おい、どこへ行く」
父親に呼び止められた。
「気晴らしに、街へ行きます。ボルドーに賠償金の話、どうなったか聞いてきます。父さんたちの声を聞いていたら、病気になってしまいそうだ。もう少し仲良くして下さいよ」
そう言い捨ててトルトは、立ち去ろうとした。
「街へ行くことは許さん!!」
珍しく、強い物言いだったのでトルトは驚いた。
「新聞記者が、わが家のことを嗅ぎ回っているんですって!」
母親が横から飛び出してきた。
「まったく……あなた何をやらかしたの?こんな田舎の貴族を王都の記者が嗅ぎ回るなんて……まさか、犯罪まがいのことしてないでしょうね?」
新聞記者が、わが家のことを聞き回っているらしい。
しかも一社ではなく、確認されているのは二社。
「俺は何もしてないさ!!おかげて、金も借りられない。何かヤバい事情があるんだろうと、どこも門前払いだ。なのに、お前が新しいドレスを仕立てたいなどと言うから!!」
二人のケンカはまた始まった。
……王都の新聞記者?!一体なにが。
自分でいうのも悲しいが、我がムステーラ家は由緒正しい家というだけのこれといった権力もない田舎貴族だ。そんな、家の何を探るのか……。
金が借りられないなら、尚の事エミスの家からの賠償金を急いで手に入れなければ。
トルトは街へ急いだ。
◇
まず向かった先は、エミスの噂を流すように依頼した裏社会の便利屋だった。
街の小悪党といったところで、大きな悪事を働く連中ではないが、少し後ろ暗い案件の際に便利に使う奴らだ。
父も、横領や脱税の証拠をもみ消すのに使っている。
王都の新聞記者が、そのことを嗅ぎ回っているのかと思ったが、横領や脱税などどこの貴族もしている。
ましてや、わが家はこれと言った話題性のある家でもない。
わざわざ、そんな小さな横領ごときを取材しているとは思えない。
――奴らのアジトはもぬけの殻だった。
かなり慌てて逃げ出したのか、荒れた室内には食べかけの食事も散乱していた。治安部隊のガサ入れでも入ったようだ。
やつら、ついに何かヤバいことにでも足を突っ込んだのか……?
逃げ出すなら、せめて俺の依頼を遂行したからにして欲しかったが。
諦めて、トルトはボルドーの元へむかった。
◇
トルトと向かい合ったボルドーの顔は険しかった。
「……ボルドーさん?何かありましたか?」
少し苛立ちつつ、トルトは好青年を演じて聞いてみた。
ボルドーが、大きく息をつく。
「トルト君……私はね、商売人だから色んな人間と関わるんだよ。」
パサッと紙の束が、テーブルの上に置かれた。
「これは……?」
「まぁ、見てみろ」
その中身を見て――驚いた。
トルトたちムステーラ子爵家が、エミスにどうような扱いをしていたか、発言内容の場所、日時まで克明に記載されている。エミスとの婚約打診より前に、男爵令嬢と関係があった旨も記載されていた。
「なんですか!!これは!!」
思わず声を荒らげる。
「私も最初は信じられなかったさ。嫌がらの可能性もある。私の方でも、独自に調査をした。君には、失望したよ。こんな扱いを受ければ、エミスさんも逃げたくなるさ」
「違うんです!!これは!こんなの証拠がないじゃないですか!!」
トルトは立ち上がって、ボルドーを説得する算段を素早く考える。
だが―――
「言っただろう、私も独自に調査をしたと。人をみる目のなさに、自分もまだまだと、痛感したよ」
ボルドーに取り付く島もなかった。
「帰ってくれ、金輪際わが商会と関わるな」
トルトは、呆気なく追い出された。
トルトは、追い出されたボルドーの店先で呆然と立っていた。
なんでだ……?
俺は被害者だぞ?
みんな、同情的だったじゃないか。




