第93話 ナムネの提案
アシスの身体は少しずつ光になり始めていた。
風は弱々しく吹き、木々は静かに枝を垂れる。
ロン毛も虹も、何も言えなかった。
この時間が永遠ではないことを、皆が理解していたからだ。
そんな中、ナムネだけが俯いたまま震えていた。
虹を作った日。
たくさん笑った日々。
全部が頭の中を駆け巡る。
そして、ナムネは涙を流しながら口を開いた。
ナムネ「記憶を持ったままでは前へ進めない。」
ロン毛は顔を上げる。
ロン毛「何言ってるんだよ。」
ナムネ「力はゆっくり自然に還っていく。」
ナムネ「アシスの力も。虹の力も。ロン毛の力も。」
ナムネ「いつか全部、自然の中へ帰っていく。」
虹は泣きながら首を振る。
虹「嫌だよ……。」
ナムネ「うん。私も嫌。」
ナムネ「忘れたくない。」
ナムネ「ずっと覚えていたい。」
ナムネ「アシスと旅したことも。」
ナムネ「初めて虹を見た時の顔も。」
ナムネ「ロン毛が電柱にぶつかって泣きそうになってた顔も。」
ロン毛は少し吹き出した。
ロン毛「そこ覚えてるのかよ。」
ナムネも涙を流しながら笑う。
ナムネ「もちろん。」
ナムネ「くるまえびが頑張ったことも。」
ナムネ「虹が初めて誰かを気になった日も。」
ナムネ「全部、大切だから。」
そして、再び涙が溢れる。
ナムネ「だから最後に、記憶は私が預かる。」
ナムネ「全部、幸せな思い出として。」
ナムネ「悲しかったことも。」
ナムネ「寂しかったことも。」
ナムネ「辛かったことも。全部。」
ナムネ「全部、私が覚えてる。」
虹は泣き崩れた。
虹「そんなの駄目!」
虹「ナムネばっかり苦しいじゃん!」
虹「一人ぼっちになっちゃう!」
ロン毛も俯く。
ロン毛「忘れるなんて嫌だ。」
ロン毛「やっと会えたのに。」
ナムネは二人を抱きしめた。
ナムネ「大丈夫。一人じゃないよ。」
ナムネ「思い出は消えるんじゃない。」
ナムネ「私の中で生き続ける。」
ナムネ「だから、前に進いて。」
ナムネ「悲しいまま止まらないで。」
ナムネ「アシスも、それを望んでる。」
アシスは弱々しく微笑んだ。
アシス「ナムネ。」
アシス「ありがとう。」
ナムネは首を横に振った。
ナムネ「ありがとうなんて言わないで。」
ナムネ「私は、ただ。」
ナムネ「みんなが笑っていてほしいだけ。」
ナムネ「だから。」
ナムネ「いつか全部忘れても。」
ナムネ「虹が笑ってたこと。」
ナムネ「ロン毛が優しかったこと。」
ナムネ「アシスが隣にいてくれたこと。」
ナムネ「私は絶対に忘れない。」
ナムネ「全部、幸せな思い出として。」
ナムネもまた涙を流していた。
それは、誰よりも皆を愛していた記憶の神が。
誰よりも大切な思い出を胸に抱きながら。
皆の未来のために、別れを受け入れようとしている涙だった。




