第94話 さよなら
イデア界の空には、今までで一番大きな虹がかかっていた。
風たちも。木々も。鳥たちも。
静かに別れの時を見守っていた。
アシスの身体は、ゆっくりと光になっている。
そしてロン毛もまた、自然たちの声が少しずつ遠くなっていることに気づいていた。
虹も、人の姿を保つ力が弱まっていた。
ナムネだけが、涙をこらえながら皆を見ていた。
ロン毛は笑おうとした。
しかし、うまく笑えない。
ロン毛「なんか、嫌だな。せっかく会えたのに。」
虹も涙を流しながら微笑む。
虹「泣かないで。」
ロン毛「無理だろ。」
虹「大丈夫。また会えるよ。」
ロン毛「会えるか?」
虹「会えるよ。空を見上げて。私、そこにいるから。」
ロン毛は空を見上げる。
七色の光。
小さい頃から初めて見た時から、なぜか懐かしかった色。
ロン毛「そうか。じゃあ、寂しくないな。」
その時。ロン毛はふと思いついた。
ロン毛「なあ、ナムネ。」
ナムネ「なに?」
ロン毛「一気に全部忘れるのは嫌だ。」
ロン毛「アシスも。」「虹も。」「お前も。」
ロン毛「そんなの、寂しすぎる。」
ナムネは静かに耳を傾ける。
ロン毛「だから、少しずつにしないか。」
ロン毛「毎日、ちょっとずつ。」
ロン毛「思い出を大事にしながら。」
ロン毛「笑いながらゆっくり前に進けばいい。」
虹は目を丸くした。
虹「少しずつ……。」
ロン毛「急いで忘れる必要なんかないだろ。」
ロン毛「悲しいなら、悲しいままでいい。」
ロン毛「会いたいなら、会いたいでいい。」
ロン毛「それでも、少しずつ生きていけばいい。」
ナムネはとうとう泣き崩れた。
ナムネ「ずるいよ。」
ナムネ「そんな優しいこと言われたら。」
ナムネ「私まで寂しくなっちゃう。」
アシスも微笑む。
アシス「ロン毛らしい。」
アシス「調和なんて難しいことじゃない。」
アシス「大切なものを大切にする。」
アシス「それだけでいいんだ。」
虹は涙を拭いて笑った。
虹「うん。ゆっくり忘れよう。ゆっくり思い出になろう。」
こうして。力は少しずつ自然に還り。
記憶も少しずつナムネのもとへ預けられていくことになった。
悲しみも。嬉しさも。笑った日々も。全部。
幸せな思い出として。
ナムネは魔法をかけた。
ロン毛はイデア界から消え、元の世界に戻ったのであった。




