第91話 ナムネと電柱、そしてアシスの苦しみ
イデア界。
虹はいつものように地上を眺めていた。
虹 「ロン毛、今日ははちさんと仲良くなってる。」
虹「なんだか楽しそう。」
その隣で、ナムネは少し安心したように微笑む。
ナムネ 「よかった。」
しかし、そのさらに隣。
調和を司る神アシスは、どこか顔色が悪かった。
虹 「アシス?」
アシス 「大丈夫、少し疲れてるだけ。」
だが、その声には力がなかった。
ナムネは心配そうに俯く。
虹 「ナムネ?」
ナムネ 「……ごめんなさい。」
虹 「え?」
ナムネは震える声で話し始めた。
ナムネ 「ロン毛が自然と話せるようになったの。」
ナムネ「本当は、まだ早かった。」
ナムネ「人間に神の力を与えるなんて、許されないことだった。」
虹は目を丸くする。
虹 「でも、ロン毛は電柱にぶつかって……。」
ナムネ 「違うの。」
「ただの事故じゃない。」
数日前。
ナムネはロン毛の将来を記憶してしまった、失職、そして孤独死する未来。
その姿を見て、ナムネは耐えられなかった。
ナムネ 「お願い、アシス。少しだけ力を貸して。」
アシス 「駄目だ。自然と話す力は、世界の調和そのもの。」
アシス「人に与えれば、世界の均衡が崩れる。」
ナムネ 「でも、あの子が壊れそうなの!」
アシス 「ナムネ。」
ナムネ 「お願い!」
だが、アシスは首を横に振った。
その夜。ナムネは一人でアシスの神殿を訪れた。
そして。眠るアシスから、調和の力をほんの少しだけ借りた。
いや。借りたのではない。無理やり引き出した。
そして。ほんの少しの力を操り。ほんの少しだけ運命をずらした。
その結果。失業通知を見ていたロン毛は、電柱に全力で頭をぶつけた。
偶然のような、小さな奇跡。
そしてアシスが目覚めた時。
ロン毛は自然たちの声を聞けるようになっていた。
話を聞き終えた虹は目を輝かせた。
虹 「じゃあ、ナムネのおかげでロン毛が元気になったんだ!」
しかし。ナムネは泣いていた。
ナムネ 「違う。」
ナムネ「私は……アシスを傷つけた。」
虹は振り返る。
アシスは座り込んでいた。
風の流れが乱れ。
花々は少し元気を失い。
鳥たちも心配そうに集まっている。
風 「アシス、大丈夫?」
アシスは苦しそうに笑った。
アシス 「はは。困ったな。体がうまく動かない。」
虹 「アシス!」
ナムネは泣きながら頭を下げる。
ナムネ 「ごめんなさい!」
ナムネ「私のせい!」
ナムネ「ロン毛という1人間を助けたくて……。」
ナムネ「アシスなら許してくれると思って……。」
長い沈黙。やがて。
アシスは弱々しく笑った。
アシス 「怒ってないよ。」
ナムネ 「え?」
アシス 「君らしい。」
ナムネ「昔から、困ってる人を見ると放っておけない。」
ナムネ「だから好きになったんだ。」
ナムネの涙が止まらない。
ナムネ 「でも……!」
アシス 「ただ。」
アシス「次は相談して。」
アシス「電柱にぶつけるのは、ちょっと痛そうだから。」
虹は思わず吹き出した。
虹 「そこ!?」
だが。
笑った直後。
アシスは激しく咳き込み、その場に倒れた。
虹 「アシス!」
ナムネ 「アシス!!」
アシス「次の春。虹が出る時、君を人間の姿にさせてあげる。ナムネ協力してね。」
ナムネ「当たり前でしょ。」
大粒の涙がアシスに落ちる。
アシス「虹。ロン毛と幸せになるんだ。」
虹「うん。アシスおにーちゃん。頑張るよ」
そうして春。アシスは力を振り絞って虹を人の姿に変えた。
無理しかしていなかった。




