第88話 虹の涙
神となった頃のアシスとナムネは、イデア界から世界を見守り続けていた。
調和を司るアシスは、風や木々、川や動物たちと語り合った。
アシス 「今日の森は元気そうだね。」
木々 「春が近いからね。」
風 「南から暖かい空気を連れてきたよ。」
記憶を司るナムネもまた、人々の思い出だけでなく、星や雲、雨たちの記憶を聞くことができた。
ナムネ 「昨日はどこにいたの?」
雨「海から空へ昇って、雲になって旅をしたんだ。」
やがて二人は気づく。
この世界のあらゆるものに、心があることを。
花にも。石にも。猫じゃらしにも。
そして虹にも。
ある雨上がりの日。
大空に現れた七色の橋を見上げたアシスは、微かに誰かの泣き声を聞いた。
アシス 「……誰?」
声 「……寂しい。」
驚いたアシスは空を見上げる。
そこにいたのは、巨大な七色の光そのものだった。
アシス 「君が虹?」
虹 「うん。」
ナムネ 「どうして泣いているの?」
虹 「みんなは私を見て綺麗だと言ってくれる。」
虹「幸せの象徴だとも言ってくれる。」
虹「でも、誰も私のことを知らない。」
虹「私は雨と光が出会う一瞬しか生きられない。」
虹「現れても、すぐ消えてしまう。」
虹「誰とも話せない。」
虹「ずっと一人なんだ。」
ナムネは言葉を失った。
自分たちが世界に贈った七色の橋。
それが、誰よりも孤独だった。
アシス 「ごめん……。」
虹 「謝らないで。」
虹「私はみんなを笑顔にできる。」
虹「それは嬉しい。」
虹「でも、消える時だけは少し怖いんだ。」
ナムネは涙を流した。
ナムネ 「そんなの悲しすぎるよ。」
虹 「大丈夫。」
虹「次に雨が降れば、また生まれるから。」
その言葉に、アシスは空を見上げた。
アシス 「僕たちが作ったのに、君の気持ちに気づかなかった。」
ナムネ 「一人にはさせない。」
ナムネ「私があなたの記憶を預かる。」
ナムネ「消えても、忘れない。」
アシス 「僕は自然のみんなに頼む。」
アシス「風も、雲も、雨も、太陽も。」
アシス「君が生まれるたびに、必ず話しかけてもらう。」
風が優しく吹いた。
風 「もちろん。」
雨 「また会おう。」
太陽 「次も一緒に輝こう。」
雲 「君を空へ運ぶよ。」
虹は初めて笑った。
虹 「ありがとう。」
虹「私、一人じゃなかったんだ。」
その日から、虹が現れるたび、風は優しく吹き、雲は静かに流れ、鳥たちは空を舞うようになった。
それは皆が、短い命を持つ七色の友達に「おかえり」と伝えているからだという。




