第76話 消えゆく色
アシスの家。
窓の外の花畑は、少しずつ色を失い始めていた。
赤い花は薄く。
青い花は灰色へ。
空の夕焼けさえも、どこか寂しい色になっている。
ロン毛「……。」
ナムネ「色が消えてる。」
アシス「うん。」
アシスは寂しそうに頷いた。
その時。
ロン毛の手の甲からも、小さな光が抜け落ちた。
ロン毛「!」
さっきより少しだけ白黒になっている。
ロン毛「なんだこれ。」
ナムネ「始まっちゃった。」
アシス「イデア界に長くいすぎた。」
ロン毛「え。」
ナムネ「本当は、人間は長くここにいちゃいけないんだ。」
アシス「少しずつ、現実の色を失っていく。」
ロン毛「……。」
ナムネは古い鏡を差し出した。
そこには。現実世界のロン毛が映っていた。
水族館の休憩室。
椅子に座ったまま。
静かに眠っている。
ロン毛「俺?」
アシス「うん、現実の君。ここでの1日は現実世界の1秒くらいなんだ。」
ナムネ「きっと、誰も起こせないだろうね」
ロン毛「なんで。」
ナムネ「魂だけが旅をしてるから。」
アシス「このまま戻らなければ。」
アシス「現実の君は目を覚まさない。」
ロン毛「……。」
ナムネ「やがて、記憶の世界の住人になる。」
アシス「もう人間には戻れない。」
静かな沈黙。
風も何も言えなかった。
ナムネ「帰りな。今ならくるまえびに頼んで、起こしてあげる。」
ロン毛「帰らない。」
アシス「え。」
ロン毛「まだ会ってない。」
ロン毛「好きって言ってない。」
ロン毛「謝ってもない。」
ロン毛「帰れるかよ。」
ナムネ「現実が消えるかもしれないんだよ。」
ロン毛「それでも。」
アシス「色がなくなるかもしれないんだぞ。」
ロン毛「それでも。」
ナムネ「家族も。」
アシス「友達も。」
ナムネ「全部忘れられるかもしれない。」
ロン毛「それでも。」
ロン毛「虹は、もっと寂しかったんだろ。」
ロン毛「ずっと一人で。消えるのを知りながら。」
ロン毛「それでも笑ってた。」
ロン毛「だったら、俺だけ帰れるかよ。」
アシス「……。」
ナムネ「馬鹿。」
アシスは小さく笑った。
アシス「虹が好きになるわけだ。」
その時。机の上に置かれていた一枚の写真が、ひらりと落ちる。
そこに写っていた虹とロン毛。
その写真もまた。少しずつ色を失い始めていた。
そして、遠く離れたどこかで。
七色の光が、弱々しく揺れていた。
???「……ロン毛。」
誰かが、泣きそうな声で。
その名前を呼んでいた。




