第69話 空白の女
ナムネの庭を後にしたロン毛は、風に導かれるまま森の中を歩いていた。
さっき見た七色の花。
そして。
ずっと自分を見守っていた虹。
思い出すたび、胸が少し熱くなる。
風「元気出た?」
ロン毛「ああ。」
風「泣いた?」
ロン毛「泣いてねぇ。」
風「嘘。」
二人は笑った。
森を抜けると、小さな石畳の道が現れる。
夕方。
空は淡い橙色に染まっていた。
その時。
前から一人の女が歩いてくる。
ロン毛「……。」
長い髪。
小柄な体。
どこか見覚えのある横顔。
そして。
優しい雰囲気。
ロン毛「!」
女もロン毛に気づき、立ち止まる。
女「……。」
ロン毛「虹!」
女「え。」
女は少し驚いた顔をした。
女「誰?」
ロン毛「……。」
女「ごめんなさい。」
女「知り合い?」
ロン毛「いや。」
ロン毛「人違いだった。」
女「そう。」
女は微笑んだ。
その笑顔。
少し似ている。
でも。
違う。
虹なら。
「えへへ!」
と言って飛びついてくる。
虹なら。
「やっと会えた!」
と笑う。
けれど。
この女は。
静かに微笑むだけだった。
女「旅人?」
ロン毛「ああ。」
女「大変そう。」
ロン毛「まあな。」
女「誰かを探してる顔してる。」
ロン毛「そんな顔してるか。」
女「うん。」
ロン毛「そうか。」
女「見つかるといいね。」
ロン毛「ありがとう。」
女「じゃあ。」
ロン毛「ああ。」
女は軽く頭を下げる。
そして。
すれ違う。
風「……。」
ロン毛「なんだ。」
風「似てた。」
ロン毛「ああ。」
風「虹ちゃん?」
ロン毛「いや。」
風「違う?」
ロン毛「違う。」
風「なんで。」
ロン毛「わからん。」
ロン毛「でも。」
ロン毛「違う。」
風「そっか。」
ロン毛「顔とか。」
ロン毛「声とか。」
ロン毛「そういうことじゃない。」
風「うん。」
ロン毛「なんか。」
ロン毛「違うんだ。」
風「そういうもの?」
ロン毛「ああ。」
ロン毛「そういうもんなんだろ。」
夕日が沈む。
ロン毛は振り返る。
しかし。
さっきの女の姿はもう見えない。
ただ。
石畳の上に。
一枚の白い花びらだけが落ちていた。
ロン毛「……。」
風「拾う?」
ロン毛「ああ。」
ロン毛は花びらを拾い、ポケットにしまう。
風「綺麗。」
ロン毛「そうだな。」
そして。
誰もいなくなった道の向こう。
女は立ち止まり、小さく振り返っていた。
女「……。」
女「ロン毛くん。」
女は自分の口を押さえる。
女「?」
女「なんで。」
女「今。」
女「その名前。」
女は首を傾げた。
そして。
寂しそうに微笑んだ。
女「変なの。」
夕暮れの風が吹く。
ただそれだけだった。




