第55話 不可思 昔 お菓子
空白の町。
夕暮れの丘の上。
誰もいないはずの町で、そこだけ明かりが灯っていた。
古びた木の看板。
かすれた文字で、
「不可思 昔 お菓子」
と書かれている。
ロン毛「変な名前だな。」
ガラガラ。
引き戸を開ける。
店の中には、昔ながらの駄菓子が並んでいた。
ラムネ。
きなこ棒。
飴玉。
よっちゃんいか。
見たことのないお菓子もたくさんある。好きな駄菓子はない。
そして。
店の奥。
座布団の上に、小さな老婆が座っていた。
店主「いらっしゃい。」
ロン毛「やってたのか。」
店主「やっと来たね。」
ロン毛「知ってるのか。」
店主「お客さんは久しぶりだからね。」
ロン毛「そうか。」
店主「探し人かい。」
ロン毛「……。」
店主「顔に書いてある。」
ロン毛「そんなにか。」
店主「そんなに。」
老婆は笑った。
店主「まずは食べな。」
ロン毛「?」
店主「色餅。」
棚の奥から、小さな箱を取り出す。中には七色の小さな餅。
ロン毛「綺麗だな。」
店主「記憶の味がする。」
ロン毛「なんだそれ。」
店主「食べれば分かる。」
ロン毛「怪しい。」
店主「怪しい店だからね。」
ロン毛「それ言うか。」
店主「ほれ。」
ロン毛は一つ口に入れた。
優しい甘さ。
懐かしい味。
そして。目の前の景色が揺らいだ。
・・・
・・・
・・・
三月。
春の雨上がり。
空に大きな虹がかかっている。
ロン毛「今日もお疲れさん。」
「……え?」
「今、私に話しかけた?」
ロン毛「うわぁ!?」
「私の声、聞こえるの!?」
「やっと会えた!」
ロン毛「初対面だろ?」
「私はずっと君を見てたから!」
笑い声。
暖かい風。
春の匂い。
あの日。
初めて出会った日。
・・・
ロン毛「虹。」
振り返る。
そこにいるはずの少女。
しかし。
顔だけがぼやけている。
声は聞こえる。
笑っている。
でも。
顔が見えない。
ロン毛「虹!」
手を伸ばす。
景色が崩れる。
・・・
・・・
ロン毛「!」
気がつくと、駄菓子屋の椅子に座っていた。
店主「どうだった。」
ロン毛「思い出した。」
ロン毛「でも。顔だけ見えなかった。」
店主「そうか。」
ロン毛「なんでだ。」
店主「焦るな。」
ロン毛「……。」
店主「記憶は追うものではない。寄り添うものだ。」
ロン毛「寄り添う?」
店主「無理やり掴もうとすると逃げる。」
店主「忘れたくないからと追いかければ、かえって遠ざかる。」
ロン毛「……。」
店主「思い出とは、隣を歩くものさ。」
ロン毛「難しいな。」
店主「歳を取ると、そういうことばかり言う。」
ロン毛「電柱みたいだな。」
店主「電柱?」
ロン毛「いや、なんでもない。」
店主「ふふ。」
店主「その子に会いたいんだろ。」
ロン毛「……。」
ロン毛「会いたい。」
店主「好きなんだろ。」
ロン毛「……。」
ロン毛「好きだ。」
店主「なら。」
店主「歩きな。」
店主「思い出は逃げない。」
店主「待っていてくれる。」
外では夕日が沈み始めていた。
ロン毛「すまん金は払う。」
店主「いらない。」
ロン毛「え。」
店主「代わりに。」
店主「会えたら笑ってやりな。」
ロン毛「……。」
店主「泣き顔ばかり見せちゃかわいそうだ。」
ロン毛「そうだな。」
店主「次の町へ行きな。」
店主「きっと、誰かがお前さんを待っている。」
帰り際。
ロン毛は振り返った。
しかし。
そこにあったはずの駄菓子屋は。
もう跡形もなく消えていた。
ただ。
夕焼けの丘の上に。
一枚の紙が風に揺れていた。
そこには。
小さな字でこう書かれていた。
「思い出は、なくならない。」




