第51話 電柱は立ち続けている
虹が消えてから数日。
五月の風は変わらず吹いている。
空も青い。
鳥も鳴いている。
街の人たちは、いつもと変わらない日常を過ごしていた。
しかし。
ロン毛だけは違った。
バイトにも身が入らない。
ギターも弾けない。
散歩する気にもなれない。
笑うことも減った。
何をしていても。
ふと、隣に虹がいないことに気づいてしまう。
そして胸が苦しくなる。
この日も。
ロン毛は家の前の電柱の下に座り込んでいた。
夕方。
赤く染まり始めた空。
ロン毛「……。」
電柱「珍しいな。」
ロン毛「……。」
電柱「黙ったままか。」
ロン毛「……。」
電柱「返事くらいしろ。」
ロン毛「うるせぇ。」
電柱「元気ないな。」
ロン毛「元気なわけあるか。」
電柱「そうか。」
ロン毛「……。」
電柱「泣いたか。」
ロン毛「……。」
電柱「目が赤い。」
ロン毛「悪いか。」
電柱「悪くない。」
ロン毛「……。」
電柱「泣くのはいい。」
ロン毛「……。」
電柱「だが、立ち止まるな。」
ロン毛「……。」
電柱「お前は何をしている。」
ロン毛「何も。」
電柱「そうだ。」
電柱「何もしていない。」
ロン毛「……。」
電柱「虹を忘れたのか。」
ロン毛「忘れるわけないだろ!」
電柱「なら。」
電柱「探しに行け。」
ロン毛「……。」
ロン毛は顔を上げた。
ロン毛「探す?」
電柱「そうだ。」
ロン毛「どこを。」
電柱「知らん。」
ロン毛「おい。」
電柱「だが。」
電柱「一つだけ知っている。」
ロン毛「?」
電柱「イデア界。」
ロン毛「イデア界?」
初めて聞く言葉だった。
ロン毛「なんだそれ。」
電柱「自然たちが生まれ、還る場所。」
ロン毛「……。」
電柱「風も。」
電柱「雲も。」
電柱「雨も。」
電柱「虹も。」
電柱「みな、そこから来る。」
ロン毛「そんな場所があるのか。」
電柱「ある。」
ロン毛「じゃあ!」
ロン毛「虹は!」
電柱「帰った。」
ロン毛「……!」
電柱「元いた世界にな。」
ロン毛「……。」
電柱「お前。」
電柱「まだ諦めるか?」
ロン毛「……。」
電柱「どうなんだ。」
ロン毛「……。」
ロン毛は俯いた。
思い出す。
初めて出会った日。
花見。
団子。
笑顔。
怒った顔。
泣いた顔。
そして最後の言葉。
『大好きだったよ。』
ロン毛「……嫌だ。」
電柱「ん?」
ロン毛「終わりなんて嫌だ。」
電柱「そうか。」
ロン毛「まだ。」
ロン毛「何も伝えてない。」
ロン毛「ありがとうも。」
ロン毛「ごめんも。」
ロン毛「好きと……。」
電柱「続けろ。」
ロン毛「好きだも言ってない。」
電柱「そうか。」
ロン毛「会いたい。」
ロン毛「会いてぇよ。」
電柱「なら。」
電柱「探しに行け。」
ロン毛「行けるのか?」
電柱「知らん。」
ロン毛「おい。」
電柱「私は立っているだけだ。」
ロン毛「役に立たねぇ。」
電柱「だが。」
電柱「長く立っている。」
ロン毛「?」
電柱「噂くらいは知っている。」
電柱「イデア界へ行く方法を知る者がいる。」
ロン毛「誰だ。」
電柱「知らん。」
ロン毛「おい!」
電柱「だが。」
電柱「探せ。」
電柱「歩け。」
電柱「立ち止まるな。」
電柱「私のようにな。」
ロン毛「電柱みたいにはなりたくねぇ。」
電柱「そうか。」
ロン毛「……。」
電柱「行くのか。」
ロン毛「……。」
ロン毛はゆっくり立ち上がった。
夕焼けが空を赤く染める。
ロン毛「探す。」
電柱「うむ。」
ロン毛「絶対見つける。」
電柱「うむ。」
ロン毛「待ってろよ。」
ロン毛は空を見上げた。
七色の光はない。
それでも。
あの日と同じ空が広がっていた。
そして。
何十年も変わらず立ち続ける電柱だけが。
静かに。
ほんの少しだけ。
嬉しそうに見えた。




