第50話 虹の向こうへ
翌日。
まるで昨日の嵐が嘘だったかのように、空は青く晴れ渡っていた。
ロン毛はほとんど眠れなかった。
頭の中に浮かぶのは、泣きながら去っていった虹の姿だけだった。
朝早く。
ロン毛は家を飛び出した。
ロン毛「虹!」
ロン毛「どこだ!」
いつもの土手。
公園。
商店街。
花見をしたベンチ。
団子屋。
どこにもいない。
ロン毛「くそ……。」
風「……。」
ロン毛「風!」
風「……。」
ロン毛「知らないか!」
風「昨日から会ってない。」
ロン毛「そうか……。」
ロン毛「頼む。」
ロン毛「見つけてくれよ。」
風「……。」
風は悲しそうに吹くだけだった。
ロン毛は走る。
息が切れても。
汗だくになっても。
走り続けた。
家の前まで戻る。
いつもの電柱。
ロン毛「電柱!」
電柱「……。」
ロン毛「虹は!」
電柱「知らん。」
ロン毛「なんでだよ!」
電柱「知らんものは知らん。」
ロン毛「……。」
電柱「……。」
ロン毛「夏の朝!」
夏の朝「今日は春だよ。」
ロン毛「そうだった。」
夏の朝「ごめん。」
ロン毛「……。」
夏の朝「見つかるといいね。」
ロン毛「……。」
誰も知らない。
誰も答えられない。
ただ時間だけが過ぎていく。
そして。
夕方。
空は赤く染まり始めていた。
ロン毛は昨日喧嘩した土手に座り込んでいた。
ロン毛「……。」
風「……。」
ロン毛「俺。」
ロン毛「最低だったな。」
風「……。」
ロン毛「言いたいこといっぱいあったのに。」
ロン毛「なんで怒ったんだろうな。」
風「……。」
ロン毛「好きだって。」
ロン毛「言えばよかった。」
その時。
夕焼けの空に。
小さな七色の光が現れた。
ロン毛「!」
ロン毛「虹!」
そこには。
涙を浮かべながら微笑む虹がいた。
虹「ごめんね。」
ロン毛「待てよ!」
ロン毛「話を──」
虹「本当は。」
虹「もっと一緒にいたかった。」
虹「もっと笑いたかった。」
虹「もっと……。」
虹「ロン毛の歌を聴きたかった。」
ロン毛「だったら!」
ロン毛「だったら行くなよ!」
虹「……。」
虹「ごめん。」
虹「でも。」
虹「私は元いた世界に帰らなきゃいけないの。」
ロン毛「嫌だ。」
虹「……。」
ロン毛「行くなよ……!」
虹「……。」
ロン毛「まだ。」
ロン毛「まだ何も言ってないんだぞ。」
虹「うん。」
ロン毛「まだ。」
ロン毛「一緒にいたいんだ。」
虹「うん。」
ロン毛「だから……!」
虹「ありがとう。」
ロン毛「……。」
虹は泣きながら笑っていた。
そして。
優しく。
少し寂しそうに。
最後の言葉を口にした。
虹「大好きだったよ。」
ロン毛「……!」
虹「ばいばい。」
ロン毛「待て!」
ロン毛「虹!」
ロン毛は手を伸ばす。
しかし。
七色の光は夕焼けの空へ溶けていく。
ロン毛「虹!」
虹「……。」
ロン毛「虹!!」
返事はなかった。
空には。
もう何もなかった。
ただ。
赤く染まる夕焼けだけが広がっていた。
ロン毛「……。」
ロン毛は立ち尽くした。
何も言えなかった。
好きだと。
ありがとうと。
ごめんと。
何一つ。
伝えられなかった。
風も吹かない。
夕焼けも何も言わない。
静かな帰り道。
家の前。
そこには。
いつもの場所に。
いつものように。
一本の電柱が立っていた。
電柱「……。」
ロン毛「……。」
電柱「……。」
ロン毛「……。」
電柱は何も言わなかった。
ただ。
何十年もそうしてきたように。
何も変わらない顔で。
静かに。
そこに立ち続けていた。
そして。
七色の光は。
もう二度と。
春の空に現れることはなかった。




