第38話 冬空のライブ
二月の始まり。
冷たい風が吹く夜。貯金を崩してライブをすることにした。
駅前の小さなライブハウス「スモールビブラート」では、今日も何組かのアマチュアミュージシャンが出演していた。
客席は十数席ほど。
決して広くはない。
そして、その半分も埋まっていなかった。
楽屋でギターを調整していたロン毛は、小さくため息をついた。
司会の声が響く。
司会「続いては、目白連さんです!」
まばらな拍手。
ロン毛はギターを持ってステージへ上がった。
スポットライトは少し眩しかった。
客席には常連らしいおじさん、若いカップル、熱心そうな学生。
そして、一人の白髪の老人が静かに座っていた。
ロン毛「こんばんは。」
ロン毛「目白連です。」
ロン毛「今日は一曲、『曇』をやります。」
静かにギターを鳴らす。
優しいアルペジオ。
少し寂しげな旋律。
冬空のように曖昧で、晴れそうで晴れない。
そんな歌だった。
ロン毛は目を閉じて歌う。
客の数なんて関係ない。
誰か一人でも聴いてくれる人がいるなら、それでいい。
曲が終わる。
数秒の静寂。
そして、小さな拍手が広がった。
ロン毛「ありがとうございました。」
大歓声ではない。
だが、温かい拍手だった。
ライブが終わり、機材を片付けていると、白髪の老人が近づいてきた。
老人「いい曲だった。」
ロン毛「ありがとうございます。」
老人「『曇』か、若いのに不思議な音を出す。」
ロン毛「そうですか?」
老人「悪くない。」
老人「春になればいいことあるよ。」
ロン毛「春ですか?恋人でもできますか?」
老人「ははは。」
老人「あるかもしれん。」
ロン毛「バイト代は上がりますか?」
老人「それは知らん。」
二人は笑った。
老人「空にも、人にも、巡り合わせというものがある。」
老人「焦る必要はない。」
老人「春を楽しみにしておきなさい。」
ロン毛「ありがとうございます。」
老人「また会おう。」
そう言って、老人はゆっくりとライブハウスを後にした。
帰り道。
冷たい夜風が吹く。
風「お疲れ。」
ロン毛「おう。」
風「いい演奏だったぞ。」
ロン毛「客少なかったけどな。」
風「数じゃない。」
ロン毛「そうか?」
風「そうだ。」
ロン毛「そういえば、みんな春になればいいことあるって言うな。」
風「あるからな。」
ロン毛「お前まで。」
風「楽しみにしてろ。」
ロン毛「期待しすぎると、何もなかった時が辛いんだよ。」
風「案外、突然来る。」
ロン毛「出会いってやつか?」
風「ふふふ。」
ロン毛「なんだよ。」
風「秘密だ。」
ロン毛「秘密好きだなお前ら。」
風は笑うように吹き抜けていった。
ロン毛は夜空を見上げた。
冬の空。
曇り空の向こうには、まだ見えない春がある。
そして、その向こうでは。
誰にも知られない七色の光が、静かに目を覚まそうとしていた。




