第97話 薄れていく声
季節はゆっくりと流れていった。
夏が過ぎ。
秋が訪れ。
木々は赤く色づき。
冬の冷たい風が街を包み。
そしてまた春が来る。
ロン毛の毎日も、少しずつ変わっていた。
新しい仕事を初めた。ライブハウスの裏方だ。
変わらない部屋。
キズナとの暮らし。
たまに弾くギター。
穏やかな日々だった。
けれど。
以前ほど、自然たちの声は聞こえなくなっていた。
春の花が咲く。
耳を澄ませば、何か聞こえる気がする。
花 「……」
でも。
もう言葉にはならない。
ロン毛 「おはよう。」
返事はない。
それでも、花は風に揺れていた。
夏。蝉が鳴く。
子どもの頃はうるさいと思っていた声。
今は少し懐かしい。
虫 「……」
何かを言っている。そんな気がする。
けれど。もう分からない。
ロン毛 「元気そうだな。」
秋。空を渡る鳥たち。
以前なら、旅の話を聞かせてくれていた。
今は遠くで羽ばたく姿を見送るだけだった。
鳥 「……」
ロン毛 「気をつけてな。」
冬。
冷たい風が頬を撫でる。
昔なら、風はよく喋っていた。
今日の天気。
遠い海の話。
佐藤さんの噂。
もう聞こえない。
それでも。
吹き抜ける風は、どこか優しかった。
ロン毛 「ありがとな。」
キズナは相変わらず元気だった。
言葉は聞こえない。
それでも。お腹が空いたことも。
甘えたいことも。なんとなく分かる。
ロン毛 「はいはい。今行く。」
キズナは満足そうに喉を鳴らした。
ある日の夕方。
ロン毛はギターを抱えて、いつもの公園のベンチに座っていた。
赤く染まる空。
ゆっくり流れる雲。
優しい風。
どこか懐かしい景色。
胸の奥が少しだけ温かくなる。
ロン毛 「なんか。大事な夢を見てた気がするんだけどな。」
思い出せない。
誰かと笑ったこと。
泣いたこと。
空を見上げたこと。
大切な約束。
全部、霞の向こうにある。
それでも。
不思議と寂しくはなかった。
その時。
雨上がりの空に、小さな虹が現れた。
ロン毛はぼんやりと見上げる。
ロン毛 「綺麗だな、昔から好きだった気がする。」
そして。誰にも聞こえない場所で。
七色の光の中。虹は嬉しそうに笑った。
虹 「私も。」
その隣で、アシスは目を細める。
アシス 「少しずつでいい。」
アシス「忘れることも、前に進くことだから。」
ナムネは胸に抱いた思い出たちを優しく撫でた。
ナムネ 「大丈夫。」
ナムネ「全部、幸せな思い出だから。」
春は巡る。
夏も、秋も、冬も。
そしてまた。
新しい季節が始まっていく。
少しずつ。
本当に少しずつ。
声は薄れていった。
けれど。
温もりだけは、消えることなくロン毛の心に残り続けていた。




