5´ アランレイス様はレスバも強いようだ
差し込む光と共に現れたのは、白銀の鎧を纏い、鮮やかな蒼いマントを翻した男――剣聖アランレイス。
彼は悠然とした足取りで、槍を構える衛兵たちの間を通り抜け、震えるシェリアの肩にそっと手を置いた。
「アランレイス様……!」
「苦労をかけたね、シェリア。君は騎士として、そして私の弟子として正しいことをした。……すまない、先の招集で少し遅くなった」
彼はそう短く告げると、琥珀色の瞳を壇上のバルカスへと向けた。
その瞬間、話し合いの場の気温が数度下がったかのような錯覚に陥る。
アランレイスが放つ、静かな、しかし絶対的な「強者」の威圧感。
「バルカス殿。先ほど部下から事の次第は聞き及んでいる。私の客人が、街の自警団を少々驚かせすぎたようで申し訳ない。だが、彼が持っているのは禁断の道具などではない。……それは、彼の故郷において極上の位の者のみが扱うことを許される、高い身分の証、『竜の証』だ」
アランレイスは俺の方を向き、ふっと優しく微笑んだ。
「彼女から聞いたが、名をヨースケと言ったね。君が竜封じと言ったらしい札、ハッタリだろう。なに、顔を見ればわかるさ」
俺はすべてを見抜いているかのようなアランレイスの眼差しにドキッとした。
「君の『ハッタリ』は、時に真実よりも鋭い。だが、これ以上彼女を困らせてはいけないよ。……さあ、顔を上げて。君は今日、この街の卑劣な暴力から、小さな命を救ったのだから」
アランレイスは俺のジャージの肩を軽く叩くと、再び評議会の方へと向き直った。
「彼とシェリアの行動は、すべて私の意志によるもの。不服があるならば、剣聖の名にかけて、私がこの場で裁きを受けよう。……異論はあるかな、バルカス殿?」
長剣の柄に置かれたアランレイスの指が、かすかに動く。
ただそれだけの動作で、壇上の老人たちの顔から一気に余裕が消え去った。
最強の剣聖が、一人の無職を庇うために、街の権力すべてを敵に回そうとしている。
「……っ。アランレイス様、本気ですか……?」
シェリアが呆然と呟く。
「本気だよ。私は彼に『御用聞き』を頼んだ。ならば、彼の尻を拭うのも、雇い主である私の仕事だろう?」
アランレイスは悪戯っぽくウインクをしてみせた。
その気高さ、そして圧倒的な「カッコよさ」に、俺は自分のちっぽけな保身が恥ずかしくなった。
バルカスは怒りに顔を真っ赤に染め、震える指でアランレイスを指さした。
周囲の評議員たちも、剣聖のあまりに堂々とした物言いに、恐怖と憤りが混ざったような表情を浮かべている。
「アランレイス殿! 貴殿は自分が何を言っているのか分かっているのか! 竜の証だと? そんな出所不明の板切れ一枚で、我が街の法執行官に働いた暴挙を帳消しにするつもりか! しかもその男、魔法も使えぬ分際で『竜を召喚する』などという不吉な術式を偽って口にしている。これはあからさまな脅しであり、民衆を惑わす邪教の振る舞いにもにも等しい!」
バルカスは壇上の木槌をこれでもかと打ち鳴らし、唾を飛ばしながら食い下がった。
「法こそがこの街の骨組みだ。例外は認めん。その男を捕らえ、その奇妙な魔具を没収することこそが、ルミナスの秩序を守る唯一の道だ!」
会場に沈黙が流れる。バルカスの主張は、この世界の「常識」に照らせば、もっともな正論に聞こえた。
だが、アランレイスはその静寂を、冷徹なまでの落ち着きで塗り替えた。
「――バルカス殿。貴殿の言う『法』とは、いつから子供の腕を切り落とす野蛮な行いを許すようになったのかな?」
アランレイスの声は、低く、しかし驚くほど透き通っていた。
「私の新法がまだ認められていないことを理由に、自警団が古いしきたりを振りかざしたという。だが、ルミナスが加盟する大陸憲章では『正当な話し合いのない刑罰』は数十年前に禁じられているはずだ。貴殿らが雇った自警団が、大陸の法を無視して暴力を働こうとした際、それを止めた私の弟子と客人のどこに間違いがある? それとも評議会は、街の『秩序』を語る裏で、大陸での約束を破るつもりか?」
「そ、それは……」
バルカスが言葉を詰まらせた。
アランレイスの追及は、個人の感情ではなく、より大きな法務的な枠組み、つまり政治的な弱点を正確に射抜いていた。
「さらに言えば、ヨースケが示した札についてだが……バルカス殿。貴殿は、見たこともない未知の文明の品を前にして、それを『偽り』だと断定できるほどの目利きをお持ちか? この精巧な竜の絵、光の屈折だけで鱗を輝かせる高度な術。これがもし、ヨースケの国での神聖な証明の品であったときに……それを奪い、無礼を働いたことによる外交的な損害を、貴殿の首一つで償えると本気で思っているのか?」
アランレイスの琥珀色の瞳が、鋭い刃のようにバルカスを射抜く。
「彼は私の『客』であり、私が身元を保証する。これ以上の追及は、剣聖の名に対する侮辱だけでなく、ルミナスという街の品格をおとしめることになるだろう。それでもなお、彼を捕らえたいというのなら、まずは私を斬ってからにすることだ。……できるのであれば、の話だが」
アランレイスが左足を一歩踏み出した。
たったそれだけの動作で、大理石の床に目に見えない亀裂が走るような錯覚を覚えるほどのプレッシャーが会場に満ちた。
バルカスは、幽霊でも見たかのように顔を青ざめさせ、口をパクパクと動かしながら、ついに力なく椅子に腰を下ろした。
「……今日のところは、剣聖殿の顔に免じて不問にしよう。……だが! その男が街で騒ぎを起こさぬよう、厳重に監視させてもらうぞ!」
捨て台詞のように放たれた言葉を最後に、バルカスは逃げるように会場を後にした。
張り詰めていた空気が一気に解け、俺は膝から崩れ落ちそうになった。
「……た、助かった……のか?」
「ええ、アランレイス様がいなければ、あなた今頃地下牢でネズミの数を数えてたわよ」
シェリアが深く溜息をつきながら、俺の肩をポンと叩いた。
彼女の顔には、安堵と共に、俺に対する「とんでもないお荷物を抱え込まされた」という諦めが混じっている。
「災難だったね、ヨースケ。……だが、これで君の存在は正式に、私の『御用聞き』として街に認められたはずだ。これからは堂々と歩けるよ」
アランレイスは屈託のない笑みを浮かべて俺のほうに顔を向けた。
「さて、話の続きをしようか。……と言いたいところだが、まずはその泥だらけの服を着替えよう。君にはこれから、この街の『裏も表も』見てもらわなければならないからね」
アランレイスの言葉通り、俺はその後、彼の直轄地にある宿舎へと案内されることになった。
宿舎は重厚な石造りの横長の建物で、木枠の窓が規則正しく並んでいる。
「……まずは、この最高にカッコいい上司の期待を裏切らないように、ジャージを卒業するところからだな」
そこで用意されたのは、俺が着ていたジャージとは比べ物にならないほど質の良い布で作られた、動きやすい衣装だった。
着替えたばかりの服の襟を正し、俺は窓の外に広がるルミナスの街並みを見つめた。
夕暮れに染まったオレンジ色の屋根が、どこか希望に満ちて見えたのは、俺がこの世界に自分の「居場所」を、ほんの少しだけ見つけられたからかもしれない。
だが、アランレイスが俺に言った言葉が、少しだけ胸に引っかかっていた。
『君のハッタリは、時に真実よりも鋭い』
彼は、俺のトレカがただのハッタリだと最初から見抜いていたのだろうか。
それとも、もっと別の何かを……。
そんな俺の不安をよそに、シェリアがドアを乱暴にノックした。
ドアがバンという漫画のような音を立てて開く。
「いつまで浸ってるのよ! ほら、夕食よ。あなたが助けたあの『鼠』の子供も、あなたにお礼が言いたいって来てるんだから!」
「あ……ああ、今行くよ!」
「……へえ、これが『ルミナス』の飯か」
宿舎の食堂には、香ばしく焼かれたデカい肉や色鮮やかなスープが並んでいた。
食卓の端では、救い出した獣人の少年が、泥を落とした温かい真っ赤な『ルルの実』を差し出して待っていた。
「……これ、お礼。守ってくれたから」
「これフルーツっぽいのに温めてたべるのか。ありがとな。……名前、聞いてもいいか?」
「……テオ。ただのテオだ」
テオが微かに見せた笑顔に、俺の緊張が少しだけ溶ける。
だが、向かいの席のシェリアは、スープを口に運びながら鋭い視線を向けてきた。
「ヨースケ。その竜のカード、本当は何なのか詳しく教えなさいよ。この国の技術でも高位魔法なしでそんな品を作ることは不可能よ。いったいどんな方法で作られたの?」
冷や汗を流す俺を救ったのは、私服姿で現れたアランレイスの低い笑い声だった。
「シェリア、あまり彼を問い詰めないでくれ。……だがヨースケ、君のカードには一つ妙な点があった」
アランレイスが俺の隣に座る。食堂の空気が一気に引き締まった。
「あの竜の絵、そして角度によって輝きが変わる技術……見事なものだ。君の国の技術はすごいものだ。しかし、一つ不思議なことがある」
アランレイスは静かに続けた。
「君はそれを身分証明として提示したと聞いたが、身分を証明する品というものは、通常、持ち主の名前が刻まれているものだ」
アランレイスの観察眼が、静かに俺を射抜く。
「勘違いならすまないが竜の絵の下に書かれた文字……君の故郷の言葉だろうが、私にはどうしても、それが個人を指す名には見えなかった。君が名乗った『ヨースケ』という響きに対し、そこに並ぶ文字はあまりに長く、仰々しい。……君の国では、龍や称号を借りて己を証明するのが一般的なのか? それとも――君は、自分ではない『何者か』になりすましているのか?」
俺は言葉を詰まらせた。
そんな深い意味は何もない。あれはただのトレカで、カードに刻まれているのは「紅蓮の竜王」という文字とそのキャラクター名だ。
そもそも門で勝手に取られただけで、俺の名前が書いてあるはずない——
そう言い返そうとした、その時——。
窓の外から、悲鳴を切り裂くような「襲撃」を知らせる鐘が鳴り響いた。
「――北門に火の手が!」
シェリアが叫んだ。




