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二周目のレベリング。ー『英雄』の槍を踏み越えて


次代の聖女はマクスウェル公爵家のアンネローゼに内定した。


父である国王陛下に部屋へと呼ばれそう聞いた時、レオンハルトはそうだろうなと思ってただ曖昧に頷いたものだ。自分で婚約者を選ぶことのできない身の上は、好きな女の子がその座に近づいたことを喜ぶことも許されない。

頑張り屋さんの女の子とは、幼い頃から縁があった。身分のつり合いも取れている。マクスウェル家は王家とも古くから縁が深く、婚姻によって近い縁戚関係を維持し続けている。以前の降嫁から数代空いたあとなのでタイミングも合っていた。先代聖女はレオンハルトと従姉にあたり、少々血が近すぎるということもある。幼いころから、きっと彼女がいずれレオンハルトと結婚をして王妃となるのだろうと意識せざるを得ないほどに、彼女との交流の場は多かった。


「―――もう少しで聖女選抜だね、アンネローゼ」


ひとたび聖女になれば神殿の奥深くに居を移し、花の盛りの三年間を神と民に捧げて過ごすこととなる。暗黙の了解として親族か王族であれば面会は出来るものの、籍も神殿に移り彼女が自由に出歩くことはできなくなる。

だから、というわけではないけれど、形ばかりの選抜の前に少しの無理を押して彼女を外出に誘ったのは、彼女が『そう』で有ることを歓迎している、というレオンハルトなりの意思表示のつもりだった。


「ええ。―――まさか、心配してくださっているのですか?」


不敵に微笑む彼女は、幼い頃とずいぶん印象が変わったように思う。数年前から剣と魔法の鍛錬に明け暮れはじめ、今では騎士団に入った従弟に学んで槍や弓すら扱うという異色の令嬢。魔王が封印されてから五百年ものあいだ平和が続いているというのに余りにも熱心な姿に、それほどまで聖女に選ばれたいのかと陰口を言うものもすでに居ない。


「いいや。きみほど聖女に相応しい令嬢はいないと、私はそう思っているよ」

「光栄です、殿下」


彼女は多くを語らない。真紅の瞳はレオンハルトをすり抜けるようになった。嫌われた、わけではないように思えるが、名前を呼んでくれなくなったのもその頃だ。今よりもまだ幼かったレオンハルトは大変に落ち込んだ。


「―――ええ。ええ、当然のこと。私は『聖女』になります」


こんなふうに悲し気に、聖女を語る少女ではなかった。

聞くものが聞けば傲慢にすら聞こえるだろう言葉も、彼女が言えばただの事実でしかない。

聖女と勇者が魔王を封印する建国の物語を現代風にアレンジした王都で流行りの歌劇を見て、護衛付きではあるが並んで街を歩く。白銀の髪を靡かせて歩く彼女は美しく、微笑みは柔らかいのに、どこか茨のように周りを寄せ付けないオーラを放っているように見えた。


「三年の任期は長いだろうが、……私も機会を作って会いに行く。どうか国のため、平和のためによろしく頼むよ」

「……ありがとうございます。殿下」


こんなふうに悲し気に、ぎゅっと手を握り締め痛みに耐えて微笑むような少女ではなかった。もはや彼女が次代の聖女になることを王太子直々に認めたようなものなのに、彼女からは動揺の欠片も出て来ない。会いに行く、と告げたのに頬を染めてくれることもない。お忍びで下見に訪れたときにとても美味しかったからアンネローゼにも食べてほしかったカフェのアップルパイは、少しの味もしなかった。


「……好きな女の子がひとりで頑張ってるのに、何にも出来ないのはつらいよな」


行き場をなくした男心を発散するためにと王城の訓練場で剣を手にしていると、ふざけた態度の男がやってきてレオンハルトの神経を逆撫でする。


「そうだね」

「残念ながら王太子殿下は一介の聖女候補よりもお弱いですし……」

「事実とはいえ腹が立つ言い方をするんじゃない……!」


見習い騎士のセルゲイは、アンネローゼの従弟にあたる少年だ。レオンハルトにも気安い態度なのは彼の曾祖母が王妹に当たり、彼もまた王族の血を引く縁戚だからということもあるし、幼いころから将来の側近候補として近しく育てられた幼馴染だからというところもある。

二人きりになると相変わらず口調が崩れるところは、レオンハルトにとっては善き王太子であらねばならぬと息の詰まる王城のなかで得難い存在である。


「アンナがおかしいんだよ。聖女に選ばれるには剣の腕も槍の腕も弓の腕も必要ですって、そんなこと聞いたこともないし経典のどこにも載ってない。初代聖女だって聖魔法しか使ってなかったんだろう」


『聖女』になるため、と言って突然魔法やら剣やらの特訓を始めたアンネローゼの訓練相手として選ばれたのが従弟のセルゲイだ。

もともと才能があったのか、本人曰く『マジで殺しにかかってくる』アンネローゼの相手をするうちにその才が磨き上げられたのか、まだ見習いの年齢だというのに騎士団の中でも指折りの実力を持つというから末恐ろしい。


「おまえだって急にお払い箱になっただろう」

「……うるせー」


とはいえそれも少し前までの話。アンネローゼはある日突然セルゲイに騎士団へと入るように申し渡し、別の訓練相手を工面してしまった。従弟とはいえ筆頭公爵家の令嬢が本気で伝手を使えばセルゲイに抗うすべはなく、かれは今、騎士団長であるオイゲンに騎士としての礼節からなにからを叩き込まれている最中である。


「アンバー殿と言ったか。……その、例の……次の訓練相手は」

「ああ。残念ながら確かにオレより全然強い。オイゲンさんもまともに当たれば分からないって言ってたくらいだ」


公爵家が隣国から招聘したという食客は、国家転覆を企てた罪人だとかいう曰く付きだ。それでも聖女候補たるアンネローゼが直々に熱望したというので、公爵家を中心に少なからぬ富の権利が動いたのちにかれの身柄は王国に移った。


「……その……、どのような様子なんだ……、実際……」

「声ちっちゃ!」


笑い出したセルゲイの頭を木剣の先で一つ小突き、レオンハルトは素振りに戻る。強い男が彼女の好みだというのなら、正直いってレオンハルトに勝ち目はない。

いくら建国の勇者と初代聖女の血を引く身でも、五百年のうちに血は薄れ、レオンハルトに求められるのは国政の才のみだったので。政務の手伝いの息抜きに読書するのをやめて暇を見てはこうして剣を振るうようになったとしても、とてもではないが本職には敵わない。


「アンバーさんはそりゃアンナに感謝はしてるけど、うん、ちゃんと弁えた距離感だよ。オレとオイゲンさんよりよっぽど礼儀正しい師弟って感じ」

「ア……、アンネローゼのほうは」

「おんなじだって。魔法の研究しに行ってる時と一緒。オレじゃ練習にもなんないって思ったから相手を変えただけだよ」


内心ではお払い箱を面白く思っていないのだろうセルゲイが肩を竦めてそう言って、それから木剣を構えてレオンハルトに向き直る。王太子殿下の剣術の稽古にあてがわれる近衛騎士よりも、よほど隙のない構えだった。


「―――そうか」


そうか、ともう一度繰り返して、レオンハルトも願ってもない眼前の『練習相手』に剣を構えた。この平和な世を守るためにと彼女がそんなにも頑張ってくれているのだ、せめてもう少し、ほんの少しは強くならなくては、と、何度目になるかも知れないことを思って奥歯を噛む。

粘りに粘ってなんとか十本中一本とったその練習試合のあと、体じゅうに出来た青あざにお付きのメイドが悲鳴を上げていた。

―――そのくらいに、王国は平和だった。

今はまだ。



***


「……そうですね。力はうまく乗せられているのですが、お嬢様は軽いので。やはり、もう少し上背がないといけないでしょう」

「そうですか……。弓もなのです。弦を引く力が足りなくて」

「あまり筋肉のつきにくい性質なのでしょうね。これ以上の鍛錬はかえって逆効果です」


生きては戻れないと言われる流刑地である監獄島に送られることが決まった数日後、イヴァン・アンベルグの運命はとある貴族の気まぐれによって大きく転換をした。

しがない貧乏貴族の三男坊として生まれ育ち、ただ人より少し丈夫な身体をしていたことで悪政を敷く王を打倒するための革命軍のひとりとして流されるまま名を挙げた。たった少しの生まれの違いでやせ細った芋の入ったスープも飲めずに死んでいく子供たちがいる国は間違っていると、幼心にそう思ったからだ。

正しいと思う道のため槍を振るうしか出来ることはなかったように思うが、いつしか将軍にまで上り詰め、ついに悪政王を討ち果たしたところまでは輝かしい人生だった。


しかし、おそらく槍を振るうしか能のないわりに旧王制での身分だけはそれなりにあったイヴァンのことが邪魔になったのだろう。かつての仲間、主とも思った革命軍のリーダーによってなりふり構わず覇道を進んだ革命軍の後ろ暗いところをすべて押し付けられたのは半年ほど前のことか。新たな王を暗殺しかけたことにされて国家転覆罪などという大それた罪名とともに流刑に処せられることになったのだ。


死んでいたほうが都合がいいだろうに死刑にならなかったのは、『革命の英雄』を信奉する声が根強く、あまりに強硬な手段を行使すれば革命後ようやく固まりかけた地盤が崩れるかもしれないからだ。お前は民に望まれているのだ、と牢へ最後まで様子見に来てくれていたかつての友のひとりは言う。いつか恩赦があるかもしれない、という慰めの言葉に、生殺しだ、とイヴァンは応えた。いっそ殺してほしかった、と。

英雄とまで呼ばれていたイヴァンの未来はそうして終わった。そのはずだった。


「―――あなたは監獄島行きの船が沈んで死んだこととなります」


そんな訳の分からないことを言う者たちによって薄暗い牢から解放されたかと思えばあれよあれよという間に国境を越え、生まれ育った国と違ってまっとうな王がまっとうに善政を敷くという王国へと連れられてきて数か月経つ。度重なる拷問によってほとんど感覚を失っていた腕の傷は、それをした酔狂なお嬢様が手づから掛けた治癒魔法によって癒え、今ではほとんど昔と大差ない精度で槍を振るうことすら出来るようになっている。

あのときにいっそ殺してほしかった、と言った自分を恥じるような日々が訪れた。


「アンバー殿。どうかしましたか」

「……、いえ。槍を少し短くしてみるのはいかがかと。短槍といって、戦場では飛び道具として使われることもあります」


英雄イヴァンの名は隣国でも知れている。滅んだ家名のアンベルグを捩ってアンバーと名乗るようになって、陽の光のもとで槍を振るう日々がやってきたのだ。信じがたいことだった。それをしたのは眼前であまりに似合わない槍を片手にむずかしい顔をしている少女、アンネローゼ・マクスウェル公爵令嬢の一存であるという。


―――かつて魔王を封印した聖女と王子が結ばれて出来たという伝承を持つ王国では、いまも若い娘を『聖女』なる役職に据えて神殿に奉る風習がある。


平和ボケした風習だな、と荒れ果てた地でアンバーは思っていたし、『聖女』はアンバーの生まれた国のことなどちらとも気にかけてはくれなかったようだが、それも過去の話だ。

なにせ二度と出ることの叶わない監獄島で襤褸切れのように朽ちていく運命だったアンバーに第二の人生をくれたこの美しい少女は、次代の『聖女』となるべくその身を厳しい鍛錬に置いているので。

そうはいっても彼女はか弱い乙女であり、その細腕に武器は重すぎる。恐ろしいことにアンバーと引き合わされたタイミングですでに彼女の剣の腕はなかなかのものであったが、槍や弓となれば間合いの取り方から戦い方までまるで違う。

すべてを極めようというのはよっぽどの莫迦のすることだ。それぞれを極めて暇を飽かしてやるのなら止めはしないが、使う筋肉も違うものを一緒に修めようというのは少々以上の無茶がある。


「いいえ。残念だけれど槍は諦めることにしました。期待以上です。いくらやってもあなたに敵う未来が見えないもの」

「それは光栄です。が……、お言葉ですが俺とあなたでは土俵が違う」


この王国は平和だ。建国から五百年、ろくな戦をしていない。隣国で革命が起きたことでいくらか警戒をしてはいるようだが、実戦と訓練ではわけが違うのだ。そんな中、強くなりたいからという理由で人の血にまみれた曰く付きの元英雄を手元に呼び寄せるなど、この令嬢の考えることはよくわからない。

分からないが彼女の眼差しには常に静かなアンバーへの敬意があり、そんな環境に置かれている貴族の令嬢とは思えぬほどの太刀筋には本気がうかがえたので、ともかく彼女の前に膝を折り恩を返すことを決めている。


「あなたが戦うような未来が来たら、俺がお嬢様の槍になりましょう」

「……頼もしいわね」


目を伏せて、彼女は微笑む。未来の話をするときに、いつも彼女は少し悲し気な顔をする。次代の聖女を選ぶ選抜はすでに数日後に迫っているというのに、彼女に気負ったような様子はない。彼女ほどの聖魔法の使い手が聖女でないのならほかの何が、と当然アンバーも思ってはいるが、この年頃の少女とは思えない落ち着きようだ。


「でも駄目なの。剣であなたに勝てないまま」

「……ご存じかと思いますが、俺は一国を転覆させた革命軍の元将軍ですよ」

「そうね。それはそうなのだけれど」


頬に手を当て落胆する彼女がどこまで本気なのか、酌めなくなる時がある。

アンバーが公爵家に食客として招かれることが決まり、相応の地位にある市民権が正式に付与されたのち、公爵家の当主―――アンネローゼの父親からアンバーが言われたのは、『あの子は聖女としての務めを終えたのち、王太子の婚約者となる娘だ』という一言一言噛み締めるような言葉だった。


「王室もすでにそのつもりだ。―――無理やりに貴殿を招いた身でこんなことを言っては不躾だろうが、万に一つも間違いのないように」


まだ少女のアンネローゼよりはずいぶん年かさだが、アンバーは男としては結婚適齢期にあたる。娘のわがままを聞いて連れてきたときには両手ともズタボロで使い物にならない大男だったのに、『聖女』は容易く奇蹟を起こしてアンバーを公爵家の食客に相応しい武人に引き戻し、命と尊厳の恩人となった。アンバーには、彼女に一生かけても返せない恩がある。

ただでさえ出自が隣国の王政を転覆させた革命軍の将軍。そんなアンバーを娘の傍に置くのが不安で仕方がないのだろう。それも仕方あるまい、と思うほどには彼女は美しい娘だった。先代の『武術指南』は従弟にあたる少年だったそうので、突然得体の知れない成人の男が少女と近しく顔を合わせることになって不安になる気持ちも分かる。

分かるが、止めずにいる懐の深い公爵閣下だ。

―――彼女と対等以上に戦うことの出来る人間が王国内に残り少ないことを認めているのだから。


「……剣でだけは、負けるわけにはいかないのよ」


ぐ、と拳を握った少女の足元から魔力が噴き上がる。来たな、とアンバーは口端を吊り上げた。槍の柄を手で弾き、くるりと返して握り直す。

これは、強敵と相対した時のイヴァン・アンベルグなりのルーチンでもある。半身を引き、槍を構えた。アンバーの胸ほどまでしか背丈のないお嬢様を前にして、油断なく間合いを測る。

アンネローゼが頭上に展開したのは十二の光の剣からなる魔法陣だ。

魔法剣。直接剣を振るうにはどうしても筋力の足りない少女が代わりにとばかりに容赦なく扱うそれに、いつも危うい思いをさせられている。

彼女がその嫋やかな腕を鋭く振り下ろすのと同時に踏み込み、いっせいにアンバーへと跳んでくる剣を槍先で跳ね上げた。すると二本に裂けて速度を増す。柄で払い、潜り、それをする少女のもとへと歩を進めようとするがうまくいかない。その間に少女は傍に放り投げられていた木剣を拾い上げ、頭上を飛び回る剣を操りながらもアンバーのもとへ駆け寄ってくる構えすら見せた。

初めて見たときには度肝を抜かれた彼女のこの技も、慣れてしまえば対処のしようはある。剣の数が日に日に増えていくのは焦りはすれど、光の剣は魔力を込めて撃ち落とせば少しの間動かなくなるのだ。そうなればアンバーが使う初歩的な風魔法でもまとめて拘束してしまえる。そうして槍を構え直し、少女が握った剣を跳ね上げてやればそれで終わり。

―――だが。


「くッ……、“光の檻”! “炎の弾”!」

「おいおい、まだあるかッ!」


つい公爵家の御令嬢に向けるには相応しくない口調が滑り出てしまったのも、剣を片手に間合いを詰めるアンネローゼが容赦なくアンバーの片足を光の環で拘束し、頭上から降り注ぐ火炎弾の処理で槍を使わざるをえない状況に追い込んだからだ。多属性多重詠唱とは滅多にお目にかかれない高度な技を容易く使う。こんな隠し玉があったなんて、と頭の隅に思考が浮かんだが焦りによって掻き消えた。

両手に握られた木剣での一撃を咄嗟に身体を捻って初撃は避けたが、二撃は流石に避け切れない。彼女を柄で払うなんて本当ならばやってはならないのに身体が勝手に動いていた。それですら光の鎖に阻まれて、小柄な体が剣の間合いに飛び込んでくる。

あ、と思った瞬間に振り下ろされた剣が額に当たると、ごちん、というひどい音がして、頭が鈍く痛んだ。ありもしない罪を自白するための拷問に比べれば可愛いものだが、木剣でなければ間違いなく死んでいる間合いと精度の一撃だ。


「降参、降参だお嬢様。あなたは強い。俺はいま死んだ」

「それでは困るわ、アンバー殿。私になんて負けないで」

「無茶を言う……」


ひっくり返ったアンバーの頭上で火炎弾がぱっと弾けて消え、足首と槍柄を拘束する光の環も解けた。空はどこまでも青く高く、アンバーの顔を困り顔で覗き込むとんでもないお嬢様は美しい。


「……ごめんなさい。寸止めに出来るほど余裕がありませんでした」

「構いません……、いや構ったほうがいいか……? 分からん、正解が……」


すぐさま似つかわしくない剣だこがあるが柔らかくたおやかな手を額に当てられ、癒しの力が注ぎ込まれる。鈍い痛みはすぐに引いていった。

仮にも元英雄ともあろうものが、ついに少女相手に敗北宣言をしてしまった。この国に来てから驚かされっぱなしだ。あの時牢でアンバーの恩赦を願った友もこんな目に遭っているとはとても思わないだろう。

隣国の英雄が大の男の命を真正面から脅かす猟奇的な趣味と実力を持つ公爵家のご令嬢のおめがねにかなうほど強くて人権がないちょうどいい人材だった、と言われてしまえばそれまでだが、アンネローゼがいつも真剣な顔をしているものだからアンバーも強くは出られない。


「―――もう大丈夫です。さすがは聖女様だ。こんなに優れた癒しの力があるのなら、そっちに専念したらいかがです。公爵も安心されるでしょうに」

「それでは駄目なの。足りません」

「そうですか……」


大真面目な顔で彼女がそういうので、アンバーは無作法に寝転んだままで肩を竦めるほかない。


「……ごめんなさい、アンバー殿」

「いえ。……今日のでさすがにおれも確信しました。お嬢様は命のやりとりに慣れている。けれど理由が分からない。……この国は平和だ。あなたがいくらお転婆でも、こうはならない。この国の『聖女』っていうのは、そういうものなのか?」

「……、……私はまだ聖女ではないので、わかりません」

「もうじき聖女になるだろう。……皆、あなたを聖女として扱っている」

「そうですね」


雲一つない平和な青空へと細められた彼女の緋色の瞳が、ちかちかと光って輝く。そのさまをただ見上げていたアンバーはその時交わした彼女との会話を、数日後の聖女選抜の儀まで何ともなしに覚えていた。

そうしてようやく、すべてのことに合点がいったのだ。



「だからこそ私は、誰より強くならなくてはならないのです」




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