第96話 封魂石
ルシルゼーレの唇が、かすかに震えた。
だが、その瞳には怯えよりも濃い怒りの光が宿っていた。
「……そうだ」
低く、掠れた声が漏れる。
「お前らに弄ばれた命の――生き残りだ」
アインザッツはその言葉に、不気味な笑いを深く刻んだ。
「お前が逃げさえしなければな。こちらも無理に捜索などせずに済んだ。
そのせいで聖王国に実験の痕跡を探られる羽目にもなったのだ」
彼は肩をすくめ、独り言のように続ける。
「まあ……追放しておいて、成果だけは横取りしようとする愚かな国だ。
外に出て正解だったのかもしれんがな」
ぶつぶつと言いながら、アインザッツはゆっくりと笑みを深め、ルシルゼーレの顔を覗き込む。
「さて――話を変えよう、六号。
仲間に……会いたいか?」
その言葉が落ちた瞬間、ルシルゼーレの肩がびくりと震えた。
歯を食いしばり、怒りで顔がさらに険しくなる。
「僕は死なない……っ。お前を殺すまで……」
アインザッツは軽く頬を掻き、
「勘違いしないでくれよ。あの世で合わせてやる……などというくだらん話ではない」
と言って、意味深に目を細める。
ルシルゼーレはわずかに表情を緩め、アインザッツを見た。
「肉体は滅んでいる。だから厳密には“会う”とは言わんのかもしれんがな……」
ひとりごちるように呟きながら、アインザッツは懐を探り始めた。
指先が何かに触れた瞬間、唇の端がぞっとするほど凶悪に吊り上がる。
「――ほぅれ」
彼はそれを無造作に投げた。
ルシルゼーレの目の前に、一握りほどの美しい宝石が転がる。
淡い光を宿し、赤や青がゆらめくそれは、ただの宝石とは思えなかった。
「……これは?」
ルシルゼーレは困惑を隠せないまま、震える指先でそれを拾い上げた。
「わからぬか?」
アインザッツは楽しげに目を細め、喉の奥で笑った。
「それは――お前たち被験者の魂の結晶だよ」
「魂の……結晶?」
ルシルゼーレは、理解できていないのか。
あるいは理解したくないのか。
どこか抜けた返事を返す。
アインザッツは満足げにうなずき、さらに言葉を続けた。
「そう。それは魂の受け皿、封魂石……。」
血が凍るような声音だった。
俺は――アインザッツが何を告げようとしているのか、瞬時に理解してしまった。
(だめだ……。
これ以上ルシルゼーレが聞いたら……あいつの心はきっと……)
胸がざわつき、呼吸が乱れる。
魄霊剣に削られた意識の中で、必死に魔力を搾り上げる。
「……っ!」
アインザッツに向けて手を伸ばす。
痺れた指先は思うように動かない。それでも――動かそうとした。
横目に映ったアメルノアも同じだった。
震える手を、必死にアインザッツへ向けている。
二人して満身創痍の身体を酷使し、藻掻くように魔力を練る。
だが。
「……っ!」
魔力は形を成す前に乱れ、空気に溶けるように霧散してしまう。
魄霊剣が生み出す赤黒い円の圧に、術式ごと押し潰されているのが分かった。
悔しさに喉が焼けるようだった。
それでも伸ばした手は震えながらも下ろせない。
アメルノアも同じく、涙を滲ませながらそれでも諦めていなかった。
だがアインザッツは、こちらの必死の抵抗など最初から眼中にないような、気の抜けた笑みを浮かべていた。
まるで虫の羽ばたきを眺める程度の、薄ら笑いで。
アインザッツは、俺とアメルノアの必死の抵抗など取るに足らないとでもいうように、
冷え切った視線をすっと外し――ゆっくりとルシルゼーレへ向き直った。
「何も感じないか……。お前たちの“絆”というのも、実に薄っぺらいものだな」
鼻で笑うような声音。
馬鹿にしたような嘲りが見える。
「……絆?」
ルシルゼーレは小さく問い返した。
怒りと警戒が入り混じる声なのに、その奥底には理解が追いつかない戸惑いが滲んでいる。
アインザッツはその反応を楽しむかのように口角を吊り上げた。
「そう、絆だ。」
わざとらしく指を立て、投げ出した宝石を顎で指す。
「その石にはな――お前たち、初期被験者の魂が封じられているんだよ」
乾いた声で言い切ったその瞬間、空気がひび割れたような気がした。
ルシルゼーレの瞳が、かすかに揺れる。
何かが、崩れ始めていた。




