第97話 魂
「その石にはな――お前たち、初期被験者の魂が封じられているんだよ」
乾いた声が地に落ちた瞬間、
景色の色が一段暗く沈んだ気がした。
ルシルゼーレの瞳が震え、
肩がかすかに跳ねる。
「……初期……被験者……?」
理解を拒むような声。
そんな彼をアインザッツは底冷えする笑みで見下す。
「そう。初期被験者だ。
一号から五号、七号から十一号までの――
十体分の魂がそこには封じられている」
突き刺さる言葉。
ルシルゼーレの膝が、沈むように折れた。
崩れ落ちた背中には今までの気力は見えなかった。
(……ルシル……ッ!)
魄霊剣に力を削がれた俺たちは、
叫ぶことすらできない。
アインザッツは興味を失ったように吐き捨てる。
「ふむ……。終わったか。
ゼインよ、片付けろ」
剣を杖のようにしていたゼインがニヤつき、
肩に担いだ魄霊剣を構え直しながら歩み寄る。
「さぁて、ゴミ掃除しねぇとな」
倒れ伏すルシルゼーレの目前で、
大きく振り上げられる刃。
――もう届かない。
そう思った、その瞬間。
ルシルゼーレの左手が動いた。
封魂石へと……ゆっくりと。
ゼインはその動きを愉悦に歪める。
「まだ、足掻くのかよ?」
手に収められた封魂石を、
ルシルゼーレは震える指で――強く、強く握りしめる。
「まだ、まだ……まだだ」
地を押し、身体を震わせながら。
「僕は、諦めちゃいけない。
生きたくても命を奪われてしまった仲間の為にも――
その分まで生きるんだ……!」
石を胸に抱き、
折れたはずの足で立ち上がる。
まるで――背中を押す手があるかのように。
「今だけ……今だけ僕に力を……!!」
アインザッツの瞳がかすかに見開かれた。
「ほぅ?魂の呪縛を破ったか……」
次の瞬間――
「うおぉぉぉ───!!」
獣じみた叫びと共に、
ルシルゼーレの剣が逆袈裟に唸り上がる。
ゼインも笑みを濃くして応じる――
袈裟斬りで叩き落とすように。
激突。
「ギイィィン────!!!」
ぶつかり合った刃と刃が、火花を散らしながら押し合う。
ルシルゼーレの腕は震え、足は土を抉りながら後退していく。
対してゼインは余裕の笑みすら崩さない。
「いいじゃねぇか。まだ踊れるんだなァ」
ルシルゼーレは歯を食いしばり、全身で剣を支える。
剣身には、細かなひびが走っていた。
「折れるなあぁ────!!」
バキィンッ!!
金属が裂ける悲鳴。
次の瞬間、ルシルゼーレの剣身は粉々に砕け散った。
「ッ……!」
崩れる防御。
ゼインはその隙を見逃さない。
「終わりだぁッ!!」
魄霊剣が閃き、
ルシルゼーレの胸元へと一直線に突き出される。
ドスッ!!!
鮮血が、飛んだように見えた――。
「ルシルゼーレ!!」
声にならない叫びが喉を裂く。
だが。
ゼインの顔が、歪む。
刃先が掠めるのは、砕け散っていく光の結晶。
砕けた宝石片が光となり、風に溶けながら舞い散る。
それらは地に落ちることなくふわりと浮かび上がる。
光はゆっくりとルシルゼーレの周囲を漂い始める。
赤、青、白――混ざり合う粒子はどこか暖かく、優しい。
そして――気づく。
俺も、アメルノアも、敵であるゼインですらも。
誰も動けない。
誰も声を出せない。
彼の周りだけが、時の流れを許されているような、不思議な静けさがあった。
光は、やがて形を変えはじめる。
最初は朧げな影。
淡い輪郭。
それが徐々に――人の形になっていく。
背丈の違う影がいくつも立ち上がり、
ぼんやりした光の顔が、ルシルゼーレへ向いた。
そして小さな声が、
確かに、そこにあった。
「───ありがとう。僕たちを……忘れないでいてくれて────」
「僕たちは……ずっと、いつも“ここに”」
囁くような、泣き出しそうな、でも微笑んでいるような声。
そんな光がルシルゼーレの胸に手を当てたように見えた。
ルシルゼーレはその場で凍りつく。
瞳が揺れ、膝が震える。
「……みんな……?」
問いかけに答えるように、光の人影たちは一歩、また一歩と彼に近づく。
そして――ふわりと、抱きしめるように重なった。
光がルシルゼーレの胸の奥へ染み込んでいく。
暖かい光が、彼の身体を満たし、傷を塞ぎ、折れた心をそっと包む。
まるで"ここにいる"と寄り添うように。
眩い輝きがルシルゼーレを包み込み、その姿に無意識に涙が溢れる。
光は砕け散ったはずの剣の破片にも吸い寄せられるように集まっていった。
折れ、柄だけになった剣。
その残骸に、無数の光粒子が糸のように絡みつき、編まれるように形を取り戻していく。
きらきらと脈打つ光の線が、刃の軌跡を描く。
やがて――
まるで誓いが結晶化したかのような、清らかで凛とした剣が、静かに現れた。
曇り一つない白銀の刃。
刃文には微かに揺れる光。
失われた仲間たちの想いが宿ったような、美しくも神聖な剣だった。
ルシルゼーレは震える指で、その柄をそっと――
そして、決意を込めてぎゅっと握りしめた。
その瞬間、彼の周囲を漂っていた光の影たちは、満足したように形を薄めていく。
「……行って、ルシル……」
確かにそんな声がした。
そして光は、静かに彼の身体へ溶け込み、完全に一つになった。
ルシルゼーレが顔を上げる。
揺らいでいた瞳は――
もう、折れていなかった。
強く、真っ直ぐに。
新たな剣が彼の手で輝き、そして――
黄金の光が爆ぜるように広がった。
眩い閃光が辺りを包み込み――
時間が、解き放たれる。
ゼインが目を見開き、アインザッツが息を呑む。
その中でただ一人、ルシルゼーレは静かに立っていた。
仲間の光を宿した、新たな剣を握り締めながら。




