第93話 説得
俺たちはアメルノアの家を出て、まだ薄暗い王都の通りを走った。
朝露が石畳に光り、小さな町灯がまだ灯っている。ルシルゼーレの影が門へ向かって細く伸びていた。
「ルシル!」
俺は早足で追いつき、そっとその肩に手を置いた。
ふらつく足取り。布の上からでも分かる痩せた肩骨。彼は一瞥して、静かに言った。
「止めても無駄だよ。僕の生きる意味は、その先にある。」
言葉に震えはない。覚悟だけが冷たく光っていた。
「止めないさ。」
その返答は意外だったのか、彼は歩みを止めて振り返る。朝日が彼の頬を赤く照らした。
「じゃあ、何の用だい?」
俺の横ではアメルノアが短く息を詰めた。彼女の表情は決意で硬かった。
「俺たちも協力する。三人なら、なんとかなるだろう。」
ルシルは小さく笑ったが、その笑みは冷たかった。
「必要ない。これは僕一人の復讐だ。君たちを危険な目には合わせられない。」
一人の復讐と言われればそうかもしれない、けど。
「確かに、お前一人の復讐かもな。
でも、俺達は仲間じゃないのかよ!
俺達を危険な目には合わせたくないと思ってるのと同じ様に、俺達もお前に危険な目にあって欲しくないんだよ!」
ルシルゼーレは大切な仲間だ。
危険な目にはあって欲しく無い。
ルシルゼーレは少し遠くを見ていた。
「仲間……か。そう、だったね。」
やがて視線をこちらに戻し、ゆっくりと口を開く。
「命の保証はできないよ。ラインハルト、君ですら――太刀打ちできないかもしれないくらい、相手は強いんだ。
それでも……来てくれるかい?」
その問いは、静かに、だが確かな重さを伴って胸に落ちた。
ルシルゼーレの眼差しは真っ直ぐで、揺るぎがない。覚悟がそこにある。
(太刀打ちできないかもしれない――か)
胸を張って「任せろ!」とは言えない。
なぜなら俺はまだ龍の気を制御できていない。
足でまといにはならないとは思う、だが、自信を持って勝てるとは言えない。
(───それでも……)
「愚問だな。ここまで言って行かないわけ無いだろ!」
その言葉に隣のアメルノアが強く頷く。
「ありがとう……。君達の背中に少しだけ寄りかからせてもらうよ。」
そう言ったルシルゼーレは短く息を整えると、地図を取り出して指を指す。
その動きに、ためらいはなかった。
「よし、出発しよう。怪しい場所は──」
その言葉に、俺とアメルノアは同時に立ち上がった。
「待てよ、ルシルゼーレ。」
「駄目よ、ルシル。」
二人の声が重なる。
ルシルゼーレは眉をひそめ、わずかに顔をしかめた。
「なぜ止める?今行かないと手がかりが無くなってしまうかもしれないんだ。」
彼の声は冷静だったが、その裏には焦りが滲んでいた。
「だからって、その身体で行くつもりか?」
俺は一歩踏み出し、彼の前に立つ。
「傷は塞がったかもしれない。でも体力は回復してないだろ。
そんな満身創痍じゃ、倒せる敵も倒せないぞ。」
「……それでも、動かないと。」
「ルシル。」
アメルノアが静かに名を呼んだ。
その声は柔らかく、それでいて鋼のように揺るぎない。
「これだけは、私たちからのお願い。今日だけでいい。
一日、休んで。お願い。」
ルシルゼーレの目がわずかに揺れた。
彼女の言葉に、何かを言い返そうとして――口を閉じる。
視線がゆっくりと床へ落ちた。
「……一日、か。」
「それだけでいい。」
アメルノアの声が、そっと続く。
「焦って倒れたら、仇を取ることもできなくなる。」
静かな沈黙。
ルシルゼーレは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「……分かった。今日だけは休むよ。
でも、夜が明けたらすぐに出発する。」
俺は軽く頷いた。
「それでいい。今は体を戻せ。」
ルシルゼーレは小さく笑う。
その笑みはどこか悔しそうで、それでも少しだけ穏やかだった。




