次期賢者の更迭
やっぱりの展開となりました。
「何を無断で、まつりごとにまで手を出しているのだッ!?」
王宮の宰相執務室。地を這うような怒号が、重厚な本棚をビリビリと震わせた。
机を叩きつけて立ち上がったのは、シオジの伯父である宰相だ。その手元には、那の津から引きも切らずに届いた苦情の書状が、文字通り山をなしている。
「あまんとの商人たちから、悲鳴が上がっておるのだぞ! 『津料(関税)が気分で変えられて、怖くて船が出せない。商いが成り立たない』と! お前は、彼の地で一体何を仕出かした!?」
それほどの剣幕で詰め寄られているというのに、当のシオジは、なぜ自分が怒られているのか本気で理解できない、といった顔で小首を傾げていた。
「伯父上、誤解です。私は無断で政治をしたわけではありません。彼らには、それはもう懇切丁寧に、数式まで交えて説明をしておりますよ」
シオジは姿勢を正すと、さも「良かれと思ってやった」と言わしめんばかりの、自信に満ちた表情で胸を張った。
「市場における需要と供給を見定め、大富豪――ゲフン、富める者から適正に徴収し、大貧民、すなわち貧しい者が生まれないように税の均衡を調整しているのだと。まあ、現行の法に則って『津料』の名目を借りてはいますが、富の総量を不変に保つための神聖な防壁です。何度も、何度も説明しているのですから、彼らも納得していたはずですが?」
「……っ!」
宰相は深く、深く天を仰いだ。そして額に片手を添えると、そこに刻まれた深いシワを揉みほぐすようにして、苦悶の表情を浮かべる。
「お前のその……自信満々に間違った、いや、独創的すぎる説明など、商人どもは誰一人として理解できておらんわ! 理解できないが、お前があまりにも堂々と語るものだから、何か恐ろしい国家の裏計略でもあるのかと怯え、結果として出た損害を王家で負担してほしいと泣きついてきているのだぞ!」
「そんな馬鹿な……。あんなに熱心に説明を聴いて、最後には黙って深く頷いていたのに?」
シオジの顔に、あからさまな不満と戸惑いが浮かぶ。
(確かに『実印を持ってこられたら、危うく全てを預けてしまうところだった』と涙目で握手を求めてきた商人もいたはずだ。あれは私の高潔な精神に心服した証ではなかったのか?)
そんな誇大妄想めいた弟子の内心を見透かしたように、宰相は冷徹な現実を突きつけた。
「仮にも『確定した次期賢者』の称号を持つお前に対して、ただの商人が面と向かって反論できると思うのか? 人はお前とは違うのだ。言葉の裏にある権威の重さに、勝手に気圧されるものなのだよ……」
宰相はふぅ、と長く重い息を吐き出すと、机の上の書類を冷酷に引いた。
「もはや、那の津に戻ることはならん。彼の地には正式な代官を置く。お前は少し、大人しくして反省することを覚えよ」
それは、宰相から言い渡された最後通牒であった。
しかし同時に、これは最大の温情でもあった。これほどの混乱を招きながら、次期賢者という称号の剥奪にまでは一切触れられなかったのだから。
もちろんそこには、王家が10年越しで仕込んだ「四角関係の英雄譚による世論誘導」という、国家シナリオの制約があったためでもある。ここでシオジを完全な犯罪者にしてしまっては、最高の演目が台無しになってしまうのだ。
だが、そんな大人たちの冷徹な計算など、この少年の脳裏にはこれっぽっちも過っていなかった。
「そんな……! それでは、サクラたちとも離れ離れに……!?」
がっくりと肩を落とし、絶望に身を震わせるシオジ。
あいかわらず、この次期賢者の執着の方向性は、まったく的を射ていない。彼にとって那の津の利権などどうでもよく、ただ「サクラの前でドヤ顔をする機会」を奪われることこそが世界の終わりなのだ。
その締まりのない甥の態度を見て、宰相も少し、冷静にならざるを得なかったらしい。怒りで熱くなっていた頭を冷やすように、椅子の背もたれに深く身体を預けた。
「……そうだ。お前の仲間たちも一度、王都に戻してやり直しの機会を与えるべきだな。我らも、お前たちの予想以上の成果に浮かれすぎていた。そこは反省せねばならん」
少し時間をかけ、若者たちを、今度こそ本物の英雄にふさわしく育て上げなければ。大人たちの手の平の上で、ゆっくりと、しかし確実に。
「お前はしばらく実家で謹慎だ。……グローリアにも、よく言って含めておく」
「ひっ……、姉上、ですか……?」
「次期賢者」の称号を確定させ、国を揺るがす経済圏をハッタリ一つで作り上げた青年は、本日初めて、本当の恐怖に顔を青ざめさせるのだった。
天才は人も自分と同じことを出来ると、誤解しがちなようです。優れたプレイヤーが、優れた指導者になれなかった例など有名ですよね。我らの時代では、背番号3の方とか…




