大富豪というゲーム
あれ?地道に内政を行うはずが…
「那の津の交易はな、姉様。大陸方面とやまんとの津々浦々を結ぶハブとして、すでに完成された繁栄を見せています」
那の津に居を構えた劇場の広々としたテラスで、シオジは手紙に向けてそうペンを走らせていた。宛先は、王都で暮らす大好きな姉、グローリアである。
「一方、我が海の国が元々持っていた強みは、南方から北の沿海州に至るまでの広大な海上ルート。……つまり、この両者が互いの強みを持ち寄りさえすれば、さらなる成長が期待できます。いや、期待できるどころか、自然と巨大な経済圏が拡がり、我が国の国力充実は何もしなくても叶えられるはずなのです」
シオジは一度ペンを置き、テラスから見下ろせる活気にあふれた港を眺めた。
そこには、那の津の豪商たちからせしめた莫大なパトロンマネーで丸々と太った孤児たちが、大陸からの交易船からお茶や絹の荷を降ろすのを手伝い、代わりに海の国が運んできた南方の香辛料や沿海州の毛皮を積み込んでいる姿があった。
これぞ、かつて少年時代に炒め煮の皿を見てひらめいた『万物不変の定理』の証明だ。
素材とルートがそこにあり、適切な熱(人々の欲)を加えれば、富の総量は変わらずとも、その循環の速度は爆発的に跳ね上がる。
「フッ、ヒメミコ様は『内政チートの時期』などと豪語されているようだが、そんな大層なハッタリをかますまでもない。ただ自然の摂理に身を任せていれば、国は勝手に豊かになるのさ。この俺が、余計なことをして流れを乱したりしない限りはな……」
そう呟いて、シオジは爽やかに微笑んだ。自覚は完璧だった。自分はただの賢者(確定)であり、余計なやらかしなどするはずがない、と。
「……なあ、サクラ」
少し離れた場所で、新調された特製の長机(カジノテーブルに酷似している)のホコリを払っていたジダンが、不思議そうに声をかけた。
「シオジのやつ、手紙書きながら『俺がやらかさない限り国は安泰』みたいな顔してドヤてるけど、あいつが今、机の上に広げてるあの図面って何だ?」
サクラは、漆黒の燕尾服の袖を乱暴にまくり上げながら、シオジの背中に刺すような視線を向けた。
「……あれは、ヒメミコ様から回ってきた『トランプ』っていうカードゲームのルールを、あいつが独自に『超翻訳』した国家再編計画書よ」
「大富豪だっけ? 面白いよな、あれ! 俺、いっつも大貧民になっちゃうけど!」
「そうね、ジダン。あなたは純粋な馬鹿だからいいわ。でも、あの『賢者様』の頭の中は違うのよ。あいつ、あのゲームをただの娯楽じゃなくて、『那の津のハブ機能を活用した、大陸と沿海州を巻き込む国際決済システム』に組み込もうとしてるわ」
「こくさい……けっさい?」
頭の上に大量の疑問符を浮かべる勇者(候補)を無視して、サクラは低く、どす黒い溜息をついた。
シオジの脳内ではすでに、ヒメミコ様から「内政チート」として渡された『大富豪』のルールが、恐ろしい形に変換されていた。
那の津に集まる大陸の物資(大富豪)と、海の国が持つ南方の富(富豪)、そして沿海州の未開の資源(貧民)。これらをカードの流通に見立て、那の津の劇場で「大富豪の勝敗に応じて関税率がリアルタイムで変動する」という、世界初の『ゲーム型・関税流動システム』を構築しようとしていたのだ。
本人は「ただ自然に経済圏を拡げるための、ちょっとしたスパイスさ」と澄まし顔だが、これが稼働すれば、大陸の豪商も海の国の貴族も、ゲームのルール(シオジの屁理屈)に振り回されて全財産を賭けた大勝負に巻き込まれることは火を見るより明らかだった。
「……また王宮の叔父様が泡吹いて倒れるわね。今度は胃薬じゃなくて、宰相印を本当に海に投げ捨てるかもしれないわ」
サクラが冷たく呟く中、何も知らないシオジは、手紙の最後にこう締めくくった。
『姉上、安心してください。那の津の経済は極めて緩やかに、そして平和的に我が国と化合しつつあります。俺の目の黒い内は、絶対にやらかしなど起きえません。 ――次期賢者、シオジより』
それは、那の津のハブ貿易が、海の国のハッタリによって「世界の勢力図を完全に塗り替える怪物」へと変貌する、ほんの数日前の静けさであった。
何か不穏な空気を感じますね。




