那の津の租界にて
少し大人たちの方が前のめりになってる気がしますね
「歴史とは、ただの『状態の移行』にすぎん。そうだろう、宰相よ」
海の国の王宮。人払いを済ませた密室で、現王シャンパニ17世は、自らのルーツが記された古びた羊皮紙を見つめていた。
かつて、この地に生きていた「あまんと(海の民)」は、遙か古代に起きた鬼界カルデラの大噴火という天災により、燃え盛る大地を追われ、海へと逃げ出した。命からがら波間を漂っていた彼らが、やがて西方から流れ着いた金髪の「逃れ王族」の始祖たちと合流したことから、今の海の国の歴史は始まっている。
「すべては、かつて失った故地へ還るための【外征】。その足がかりとして、ナノ国(那の津)の掌握は絶対の条件でしたな、我が君」
年若い宰相が、悪そうな笑みを口元に湛えて応じる。
王室の真の宿願――それは武力による侵略ではない。鬼界の噴火以来、民の心に深く刻まれた「かつて世界の中央にいた」という絶対的なプライドを刺激し、国を挙げて大移動を敢行する執念の歴史の再現だった。
そのために仕組まれたのが、あの子どもたち――ジダン(圧倒的武力)、サクラ(熱狂を司る聖職)、ヒメミコ(天を突くチート発想)、そして宰相の甥であるシオジという『四角関係の若き英雄たち』の演目だった。
多感な少年少女の恋と冒険、もつれ合う四角関係。これほど大衆を熱狂させ、外征への世論を一気に沸騰させるのに都合の良いエンターテインメントはない。民衆が「がんばれ勇者!」「負けるな賢者(笑)!」と野次馬根性で騒いでいる間に、国家の全軍を東へ動かすための壮大な世論誘導。
……だったのだが。
「まさか、演目の第1幕が始まるか始まらないかのうちに、那の津が丸ごと我が国の支配下に転がり込んでくるとはな」
王は手元の報告書を見つめ、乾いた笑いを漏らした。
大人たちの計画では、これから10年かけて、じわじわとジダンたちの知名度を上げ、ナノ国の国境を脅かし、政治的交渉の末に那の津の租界を勝ち取る予定だったのだ。
それを、まだ20歳そこそこのシオジが、お友達に「実印を持たせたら国を買いかねない」と言わしめるほどのハッタリ(本人は万物不変の定理だと言い張っている)と、サクラたちを巻き込んだ『タカラヅカ芝居』だけで、那の津の豪商たちの心を完璧に侵略(洗脳)し、合法的に領土化してしまった。
「……シオジの評価が、王宮内で上がったり下がったりして、実に忙しいですな」
宰相はこめかみを押さえた。
「軍事拠点を無血で手に入れた」という点では、評価は神の領域まで爆上がりである。しかし同時に、「大人たちが10年かけて用意していた遠征シナリオを、身内のハッタリ一発で木っ端微塵に破壊した」という点では、内政の予定が狂いまくって評価は底まで爆下がりだ。
だが結果として、手に入った富と領土は本物。王室の【外征計画】は、予定を大幅に前倒しして、狂気的な速度で進められることになってしまった。
「いいかお前たち。那の津が我が国の一部となったのは、表面的な現象にすぎん」
那の津の特設大劇場――もとい、シオジが勝手に建設した「遠征軍・前線兵站基地の厨房で、シオジは相変わらず胸を張っていた。
周囲では、那の津の豪商たちからせしめた莫大なパトロンマネー(養育費)で、たらふく飯を食った孤児たちが「はい! シオジ先生!」と元気に皿を洗っている。
「那の津の富がここに集まり、俺たちの領土となった。だが、世界全体の土地の総量は変わっていない。つまり、万物不変の定理の通りだ。最初から、ここは俺たちのものになる運命だったのさ」
「……よくもまあ、そこまで恥ずかしげもなく都合のいい泥棒理論を語れるわね。あんたの叔父様、王宮で胃薬を樽ごと飲んでるらしいわよ?」
サクラが、那の津の特産品である高級な織物の衣装を片付けながら、ジト目でシオジを睨みつける。
その横では、ジダンが「なぁシオジ、那の津の飯は美味いし、みんな俺たちの劇を見て拝んでくるし、ここが俺たちの国になったなら、毎日お祭りみたいで最高だな!」と、脳筋らしい爽やかな笑顔で笑っていた。
「フッ、ジダンよ。お前は分かっていないな。王室がこの俺を次期賢者に任命した意味を。那の津はただの始まりだ。ヒメミコ様から届いた暗号、覚えているか?」
そう、すでにシオジは賢者の称号を確定させていた。
対するジダンは、勇者候補のままで有る。まあ、本人はさほど気にしては居ないが。
「確か、今は内政チートの時期とか?」
「そう王室ですら、予定以上の成果に前のめり気味になってるらしい。ここは少し落ち着いて、国力を蓄えることが肝要なのだ」
那の津の交易は、大陸方面とやまんとの津々浦々を結ぶハブとしての繁栄です。
一方、海の国の交易とは、南方と沿海州まで。
この両者が強みを持ち寄れば、さらなる成長が期待できます。
内政チートと豪語する前に、自然に経済圏は拡がり、国力の充実も叶えられるはずです。
シオジがやらかさない限りは…




