那の津への文化侵攻
歴史と港の繁栄が、那の津の人々の誇りでした。その心を揺り動かしてみます。
【歴史的プライドをくすぐる「タカラヅカ」作戦】
「――いいか、お前たち。これはただの芝居ではない。『万物不変の定理』に基づく、人間の心の相転移を証明する実験なのだ」
那の津へと向かう大型交易船の甲板で、シオジは風に髪をなびかせながら、集めた孤児たちを見下ろしていた。
背後では、ジダンが「よくわかんねえけど、この衣装かっこいいな!」と、金ピカの胸当てと真っ赤なマントを羽織ってポーズを決めている。
サクラはサクラで、「……なぜ私が男装を? 殺すわよ賢者(笑)」とどす黒いオーラを放ちながらも、仕立ての良い漆黒の燕尾服に身を包んでいた。その姿は、ヒメミコ様がかつて呟いた『タカラヅカ』のトップスターそのものである。
シオジの脳内プロットは完璧だった。
那の津を名乗る港を複数抱えるナノ国は、かつて「葦原の中津国」と呼ばれ、世界の中心として君臨した絶大な歴史的プライドを持っている。中心が東遷した今でも、彼らの心には「かつての栄光への強烈な郷愁」が眠っているのだ。
「彼らの物質的な富は変わらない。だが、そこに『郷愁』という熱量を加えることで、富の流れを不可逆的にこちらへと変化させる……。これぞ『化合の定理』の応用さ」
「……ただの、隣国のお金持ちを泣かせてお財布を開かせる恐喝でしょ」
サクラの冷ややかなツッコミを、シオジは「フッ、人聞きが悪いな。ウィンウィンの関係だよ」と華麗にスルーした。
数日後、那の津の第一港。
多くの交易船が行き交い、目が肥えた豪商たちが集まるその一角に、突如として豪奢な特設ステージが現れた。
幕が上がると同時に、響き渡ったのは重厚な合唱だ。
衣装を整えた数十人の孤児たちが、一糸乱れぬ動きで、かつての「葦原の中津国」の建国神話を歌い上げる。子どもたちの透き通った歌声が、港の潮風に乗って那の津の街へと広がっていく。
「な、なんだこれは……!?」
足を止めたのは、那の津でも一、二を争う大物商人、タカクラであった。
ステージの中央には、ジダン演じる往古の英雄が立ち、サクラ演じる麗しきライバルが剣を交える。その一挙手一投足が、あまりにも美しく、そしてあまりにも「ナノ国の全盛期」を忠実に、かつ劇的に描き出していた。
何より、周囲を固めるコーラスの幼子たちの瞳が、あまりにも純粋で、懸命だった。
『我が故郷、失われし葦原の緑よ。しかし我らの誇りは、この胸に不滅なり――!』
サクラが切なくも凛とした声を響かせ、ジダンがまばゆいばかりの笑顔でそれに応える。
それは、ヒメミコ様がノリで命じた『戦場のタカラヅカ』を、シオジがその超頭脳(深読み)によって**「対象の精神に強烈な郷愁と罪悪感を植え付ける心理戦システム」**として完璧にカスタマイズした舞台だった。
「おお……おおお……!」
タカクラの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
周囲の豪商たちも、一様にハンカチを握りしめ、嗚咽を漏らしている。
彼らの脳裏には、忘れかけていた「世界を統べたナノ国の誇り」が完全に蘇っていた。そして同時に、こんなにも素晴らしい我が国の歴史を、泥にまみれた他国の孤児たちが命を削るようにして美しく紡いでいるという事実に、猛烈な「保護欲」と「罪悪感」が突き刺さったのだ。
「瑞穂の国の中心が移ったからとて、我らの魂まで枯れてはいなかった……! それを、この幼子たちが思い出させてくれたというのに、我らはただ金を数えるだけの汚い大人になっていたのか……!」
タカクラが叫び、ステージへ駆け寄る。
「おい、この劇団の責任者は誰だ!? この素晴らしい文化を、そしてこの尊い子どもたちを路頭に迷わせてなるものか! 今すぐ我が商会が、彼らの生活と教育のすべてを生涯保障する! 支援金だ、いくらでも持っていけ!!」
「我が商会もだ!」「いや、ウチが筆頭パトロンになる!」
那の津の経済を牛耳る男たちが、競い合うようにして金貨の詰まった袋をステージへと投げ入れ始めた。それはまさに、嵐のような金の雪崩であった。
その喧騒の裏、舞台袖で腕を組み、集計されていく莫大な「支援金(という名の養育費)」を眺めながら、シオジは静かに口角を上げた。
「フッ、万物不変の定理はここでも証明されたな。那の津の金は消えていない。ただ、彼らの自尊心をくすぐることで、自発的に俺のポケットへと移動しただけだ」
「……。本当に、人たらしで国一つ買いかねない男ね、あんた」
あきれ果てたサクラが、男装の帽子を脱ぎ捨てながら溜息をつく。
ジダンは「よくわかんねえけど、みんなが感動してくれて、美味い飯がいっぱい食えるなら最高だな!」と、投げ込まれた果物を丸かじりしていた。
武力を一切使わず、ただ隣国の歴史的プライドと郷愁を刺激しただけで、数十人の孤児たちの10年分を超える養育費を完全に確保した瞬間であった。
後に、この一件を報告書で読んだ王都の宰相が、「文化侵略……。あの若造、ただの賢者(笑)かと思えば、他国の経済を無血で掌握する悪魔のメソッドを編み出しおったか……」と、冷や汗を流しながら宰相印を金庫の奥深くに隠し直したというが、シオジ本人は「いやあ、皿洗いの経験が生きたな」と、どこまでも爽やかに勘違いを続けるのであった。
これがきっかけで那の津は海の国の一部と見なされるようになりました。富と領土を得た、王室は更に以前からの計画を進めるのです。




