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ナガツの群島 カンジの苦悩

カンジの元に送られた若者たちは、死ぬかもしれんと、逃げ出しながらも国に貢献して行きます、この経験が後年、やまんとの瑞穂国攻めに生きるノウハウとなります。

1.ナガツの島々

サーガの南、無数の島影が複雑に入り組む「ナガツの島々」。

海洋国家たる海のあまんとは、かつての故地を目の前にしながら、このナガツの地形とゲリラ戦術に激しく翻弄されていた。

敵の拠点を叩こうと艦隊を動かせば、島影へ蜘蛛の子を散らすように逃げられる。

ならばとこちらも船団を細かく分けて追跡しようとすれば、死角から各個撃破の反撃を受ける。火力担当であり、軍の宿老でもある豪腕の将・カンジ(タジカラヲ)をもってしても、純粋な武力だけではこの泥沼の戦況を打開することは叶わなかった。

そんな前線に、「陣借り」として送り込まれてきたのが、学校を出たばかりのジダンたちのパーティだった。

瑞穂の国の王女イチヒメノミコトを盲信する若き勇者候補と、そのヒメ様の『師匠役』に抜擢されたという、冴えない飯炊き男が主軸のパーティ。ヒメの忠臣であるカンジにとって、彼らは見るからに戦力外の、消化不良になりそうな面々でしかなかった。

しかし、王宮の王と宰相から届いた指示は、ただ一言、**『上手く育てろ』**という簡潔なものだった。

軍人であるカンジの答えは一つだ。まずは全員を、前線の演習所で徹底的に叩きのめす。

結果は悲惨だった。

勇者候補? 賢者候補? 何程のこともない。実戦の修羅場をくぐってきたカンジが本気で立ち合わせば、数手後には誰も立ち上がれず、床に這いつくばって呻くしかなかった。

唯一、見所があったのはサクラだけだった。彼女だけはカンジの規格外の怪力と真っ向から打ち合わず、天性の才覚でその力を「受け流す」ことで、パーティの中で最も長く盾として耐え抜いてみせた。

「これらが一体何かの役に立つのか、ヒメ様……」

その場にはいないイチヒメノミコトへの疑問を抱きながら、カンジが本陣へ戻ると、副官が苦笑しながら懐から一枚の軍令表を取り出した。

「タジカラヲに告ぐ。なるべく『師匠』と『ジダン』を徹底的に鍛えてください」

イチヒメノミコトの権限で、恐らく初めて発せられた直筆の軍令。

「ほう。我が主は、あの泥臭い奴らにずいぶんと期待しているようだな」

カンジの顔に、猛獣のような獰猛な笑顔が戻った。もっと徹底的に可愛がってやろう、と。


2. 賢者の逃亡と、禁忌の世直し

――だが、事態はカンジの想像もしない方向へ転がっていく。

数ヶ月後のこと。本陣に飛び込んできた副官の報告を、カンジは呆然と聞くことになった。

「ゴシマの長が、我が軍に対して恭順と対面を求めてきています! さらに、敵の本拠であるナガツの屋敷では、主戦派と和平派の意見がまとまらず、国を割るかという勢いでお家騒動が勃発しております!」

「……何だと?」

カンジは耳を疑った。サーガの地に海の国が戻り、故地回復を目指して以来、一歩も進展しなかった膠着状態が、信じられない速度で自壊を始めていたのだ。

原因を調査させたカンジは、さらに頭を抱えることになる。

引き金は、カンジの地獄のシゴキから「これはたまらん」と夜逃げ同然に前線から逃げ出した、シオジたちだった。

彼らは軍の届かないナガツの辺境の島々を巡り、勝手気ままに、しかし確実に民を救い続けていたのだ。

若き勇者パーティの美談は、すでにサーガ全土へ鳴り響いていた。

奴隷落ち寸前だった現地の少女を鮮やかに救い出したとか、強欲な領主の理不尽な仕打ちに対し、村人を煽動して立ち向かい、富を分配させたとか――。

それはある意味、既存の統治者(為政者)から見れば「反乱分子」として即座に首を刎ねるべき、最大級の禁忌の所行だった。

だが、これに各地の豪族の、比較的理性的で穏健な若者たちが「これこそが真の正義だ」と熱狂的に賛同。結果として、敵の体制内でお家騒動が一斉に火を噴いたのだ。

人間は馬鹿ではない。

すぐ隣の島に、民を慈しみ、不条理を叩き潰してくれる理想の「勇者と賢者」がやってきたなら、過酷な現領主を捨てて逃げ出すか、あるいは自分たちの手で狂った領主を排斥するか。選択肢は自由なのだ。

さらに決定打となったのは、シオジの荷車に積まれていた、海の国の先進的な農地づくりのノウハウと、品種改良された海の国の種苗の無料配布だった。

飢えに苦しんでいた島民たちは、こぞって海の国の農業を導入。結果として、あまんと軍は一発の矢も放つことなく、ナガツの島々を「実質的な衛星国」として次々と無血開城させていったのである。


3. サーガの丘、怪物の視線

サーガの丘に佇む、壮麗な王宮。

「我が軍がこの地に帰り着いて以来、ここまでの戦果――いや、これほど『実質的』な版図の拡大を得たことがあったかな?」

届いた報告書を前に、王は未だに信じられないといった様子で呟いた。

宰相もまた、眼鏡の奥の目を細め、羊皮紙の報告書を隅から隅まで何度も読み直してから、姿勢を正して深く頷いた。

「……まさしく、英雄たちの所業ですな。血を流さず、民の胃袋と心を掴んで国を傾ける。あの飯炊きのシオジ、恐ろしい男です」

「うむ。イチヒメの目に狂いはなかったということか」

「ええ。このまま彼らが版図を広げ、民の支持を集めるとなれば……例の『計画(婚姻による国権の委譲)』も前倒しで進めねばなりませんな。まことに王家のため、世界の均衡のためとはいえ、あの愛娘をあのような『ズルい男』に早くに嫁がせるのは、父親としては少々辛いものがおありでしょうが」

王は苦笑し、遠い南の海を見つめた。

軍事の天才であるカンジすら盤面の手駒として使い、シオジの「怠惰と優しさ」を計算に入れ、ジダンの「真っ直ぐな愚直さ」を隠れ蓑にして、極東の勢力図を完全に書き換えていく。

やまんと(日本)とあまんと(海の国)の完璧なる融和。

政治の頂点に立つ怪物たちが何手先までその眼で見据えているのか、それは前線の若者たちには知る由もない。ただ、誰も血を流さない「ズルいほど完璧な勝利のドミノ」は、優しく世界を浸食し始めていた。


王たるものは親でありながら、非常にも娘を利用しなければならない。苦衷を、感じます。ところが我らがヒメ様、その少し上を越えて行かれるらしいですね

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