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過労死社畜、悪役令嬢の飼い猫に転生する ~美人な飼い主にモフられながら、破滅フラグはチートでこっそりへし折ります~  作者: 真野真名
第三章 王立学院に猫は潜む

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第五十一話「単独極秘調査」




 朝食後すぐ、アウグストは数名の護衛を伴って、領都へ向けて出発して行った。


 領都には、準備を整えたケンド副団長が率いる騎士団本隊がいる。

 アウグストが到着すれば、すぐに調査隊を編成できるだろう。


 俺は、公爵邸の庭で日向ぼっこをしながら、そのことを考えていた。

 ……まあ、騎士団が動くなら問題ないか。フィロパトール騎士団は、なかなか優秀である。

 俺がわざわざ出張る必要もあるまい。


 そう思っていたのだが。


『猫さん!』


 頭上から、聞き慣れた声が降ってきた。

 見上げると、ルルが庭木の枝に止まっていた。

 伝令役の鳥である。


『ちょっと、変な話があるんだけど!』


『何だ?』


『北の森の鳥たちが、みんな逃げてきてるの!』


『逃げてきている?』


『そう! 森の奥から、でっかいのが来たって!』


『でっかいの?』


『ものすごくでっかいの! 黒くて、地面が揺れて、木が倒れて!』


 それだけでは、さっぱり分からん。


『何かに追われているのか?』


『わかんない。でも、森の獣たちも、みんな南へ逃げてるみたいだって』


 なるほど。

 森の奥から何かが移動してきた。

 そのせいで、ほかの魔獣が生息域を追われ街道へ出てきている。

 そう考えれば魔獣の件も、辻褄は合うのか。


『ほかに何か分かったら、知らせてくれ』


『わかった!』


 ルルは、元気よく羽ばたいていった。


 俺は、再びクッションの上に寝転がった。


 ……さて。どうしたものか。

 アウグストたちに任せておけば、そのうち原因は分かるだろう。

 だが、もし森の奥に、騎士団でも手に負えないような魔獣がいるとしたら。

 その場合、被害が出る可能性は高い。

 街道を通る商人や旅人。領都の住民。――そして、フィロパトール家の騎士たち。


 彼らが危険にさらされるのを、黙って見ているわけにもいかない。何よりパティが悲しむ。


 前世では、仕事が増えるたびに上司を恨んでいた。

 今世では、上司もいないのに仕事が増える。これは一体、どういうことなのだろう。


 俺は、ゆっくりと起き上がった。

 まあ、様子を見るだけなら、問題あるまい。


 アウグストたちが領都で調査に乗り出すのは、早くても昼過ぎ。学院は半日授業なので、パティが戻って来るのは昼過ぎ。それまでに戻れば、誰にも気づかれまい。


 何かあれば、すぐに戻ればいい。


 そう考え、周囲に人がいないことを確認した。


 そして、領都の公爵邸を思い浮かべる。

 あそこなら、パティと一緒に何度も行ったことがある。


 庭の石畳。噴水。建物の裏手にある、日当たりのよい小さな中庭。

 場所も、景色も、はっきり覚えている。


 俺は、足元の影へ身を沈めた。

 次の瞬間。

 王都の公爵邸の庭から、俺の姿は消えていた。




 いつも静かな領都の公爵邸が、慌ただしい雰囲気を纏っていた。

 使用人たちが行き来し、厩舎では馬の準備が進められている。


 俺は、中庭の植え込みの陰から顔を出した。


 転移は成功。

 まあ、何度も来たことのある場所だから、当然といえば当然だ。


 問題は、ここから先である。


 魔獣の森には、まだ行ったことがない。位置も景色も知らない場所へは、飛べない。目で見える場所か、景色をはっきり覚えている場所だけだ。

……便利なようで、案外制約の多い能力である。


 俺は、公爵邸の外へ出た。


 領都の街並みは、王都ほど華やかではないが、活気がある。魔獣の噂も、まだそこまで深刻ではないのだろう。


 商人たちの声。

 荷馬車の車輪の音。

 通りを駆け回る子供たち。


 その中を、一匹の黒猫が歩いていく。パティとセットなら、それなりに目立つが、今日は一匹。特段、愛想を振りまく必要もない。


 そのまま街の北東側へ向かい、外壁の近くまで来たところで、屋根の上へ跳び上がった。


 高い場所から、森の方角を見渡す。

 遠くに、濃い緑の塊が見えた。


(あれだな)


 俺は、視界の先にある木立の外縁を確認。そして、転移。


 次の瞬間、森の入口近くの岩の上に立っていた。


 そこから先は、普通に森の中を進むしかない。

 俺は、木々の間へ足を踏み入れた。

 すると。


「……おい、猫がいるぞ」


 人間の声がした。


 振り返ると、革鎧を着た三人組の冒険者が立っていた。


 剣士らしい男。

 弓を背負った女。

 そして、杖を持った若い男。


 三人とも、俺を見て驚いている。


「こんなところに飼い猫か?」


「立派な首輪してるわよ」


「迷い込んだんじゃないか?」


 失礼な。迷ってはいない。目的地へ向かっているだけだ。


 ところが、剣士の男が近づいてきた。


「おいおい、危ないぞ。俺たちはギルドの緊急依頼で、街道沿いを調べてるんだ。奥は危なくて、これ以上は入れない」


 そう言って、俺を抱き上げた。


 ちょ! ちょっと待て。


「よし、街道まで戻してやるからな」


 ……いやいやいや。

 親切はありがたい。実にありがたいのだが。できれば、その手を離していただけないだろうか。

 俺は、これから魔獣の森へ行かなければならないのだ。


「にゃあ」


「おお、いい子だな」


 違う。そういう意味ではない。


 男は、俺の頭を撫でた。


 ……む。

 そこは、なかなか気持ちがいい。


 いや、違う。そうじゃない。


 俺は、男の腕からするりと抜け出した。


「あっ!」


 そのまま、木々の間へ走り込む。


「おい、待て!」


 背後から声がしたが、構ってはいられない。

 俺は、茂みの陰へ入り、姿が見えなくなったところで足を止めた。


 ……ふう。

 危うく、善意によって任務を妨害されるところだった。


 まったく。

 人間というのは、親切なのか厄介なのか、よく分からない生き物である。




 森の中は、思った以上に騒がしかった。


 鳥たちが落ち着きなく飛び回り、茂みの奥からは、何かが走り抜ける音が聞こえる。

 地面には、大小さまざまな足跡が残っていた。明らかに、通常より多くの魔獣が移動している。


 ルルの話は、どうやら本当らしい。


 俺は、鼻をひくつかせた。


 湿った土の匂い。

 苔の匂い。

 獣の匂い。


 そして、その奥に、少しばかり妙な気配が混じっている。


 魔力だ。しかも、かなり濃い。


 森の奥から、何かが周囲の魔力を引き寄せているような感覚がある。


(なるほど。こいつは、少々面倒かもしれない)


 そう思ったとき。

 茂みの向こうから、低い唸り声が聞こえた。三頭の魔狼が現れる。 毛が逆立ち、目が血走っている。獲物を狙う目というより、何かから逃げてきて、行き場を失った目だ。

 そのまま、俺を睨んだ。


 どうやら、俺を獲物だと思っているらしい。


 猫一匹なら、簡単に食えると思ったか。

 だが猫は小さくても侮れないファイターなんだぞ。

 しかも俺は、普通の猫ではない。


 魔狼たちは、じりじりと距離を詰めてきた。


 一頭が正面。二頭が左右へ回り込む。


 なかなか賢い。狩りの基本を理解しているらしい。

 俺は、試しに声をかけてみた。


『おい。悪いことは言わん。ここは引き返せ』


 ……反応なし。


 魔狼たちは、唸り声を上げるばかりだった。

 通じないか。ネズミや鳥たちとは、普通に意思疎通ができが、魔獣相手では、どうも勝手が違う。

 言葉としてのやり取りが成立しないのだ。

 こちらの意思を理解していないのか、それとも理解する気がないのか。


 まあ、どちらでもよい。


 俺は、少しだけ気配を強めた。

 神獣としての、ほんのわずかな威圧。

 その瞬間。

 三頭の魔狼が、ぴたりと動きを止めた。

 耳が伏せられ、尻尾が下がる。


 そして。


 どさり。


 三頭とも、腹を見せてひっくり返った。


 おーい。さっきまでの威勢は、どうした。俺は、まだ何もしていないぞ。


 魔狼たちは、情けない声を漏らしている。


 どうやら、降参らしい。

 まあ、よい。無駄な殺生をせずに済むなら、それに越したことはない。


 俺は、威圧を解いた。

 すると、魔狼たちは一斉に起き上がり、尻尾を巻いて逃げていった。



 これで一件落着。と思ったのだが、今度は地面が揺れた。


 どどどどどっ。


 茂みを突き破って、巨大な猪が現れた。いや、猪というより毛の生えた岩石である。


 肩までの高さが、人間の背丈ほどもある。


 額から突き出した二本の牙は、下手な槍よりも太い。


 おいおい。


 今度は、ずいぶんと大きいな。

 猪型魔獣は、俺を見つけると、迷うことなく突進してきた。


 まさしく猪突猛進。

 猫一匹に、そこまで全力を出す必要があるのか。


 俺は、その場で軽く跳び上がり、岩猪――命名、俺――の背中に着地した。

 

 なかなか安定した足場だ。と思った瞬間。


「ブゴォォォッ!」


 猪が、猛烈に暴れ始めた。

 背中に何かが乗ったことに驚いたらしい。

 左右に跳ね、体を捻り、木々の間を走り回る。


(おい。落ち着け)


 俺は、ただ乗っているだけだ。


 しかし、猪は止まらない。

 そのまま、正面の大木へ向かっている。

 俺が飛び降りるとほぼ同時に。


 どごんっ!


 凄まじい音が響いた。

 木の幹が、大きく揺れる。

 猪は、その場でひっくり返った。


(あらー)


 猪は、白目を剥いて気絶している。


(おい、大丈夫か)


 鼻先へ近づき、様子を確かめる。

 呼吸はしている。

 魔力の流れにも、大きな異常はなさそうだ。


 気絶しているだけのようだな。


 スライスして焼いた肉なら大好物だが、こんな毛だらけのやつにそのまま齧り付く気はない。

 まあこの程度のやつなら、放置しても、騎士団なら対処できるだろう。



 俺は、再び森の奥へ向かった。


 その後も、いろいろと出てきた。

 樹上から襲いかかってきた大蛇。

 岩のような甲羅を持つ巨大な亀。

 木の幹に擬態していた、妙に脚の長い虫。


 大蛇は、尻尾で軽く弾いたら、木々の向こうへ飛んでいった。

 巨大亀は、威圧したら甲羅に引っ込んだまま出てこなくなった。

 虫は、俺の姿を見た途端、ものすごい速さで逃げていった。

 これが小説なら、主人公が強大な魔物を次々と倒し、称賛される場面だ。

 現実は、何とも締まらない。


 まあ、俺としては楽でよいのだが。


 それにしても……森の奥へ進むにつれて、魔力の濃度が明らかに増していた。地面から、じわじわと何かが吸い上げられているような感覚。

 周囲の木々も、妙に元気がない。

 葉がしおれ、苔が乾き、地面には細かな亀裂が走っている。


 どうやら、元凶はすぐ近くにいるようだ。




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