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過労死社畜、悪役令嬢の飼い猫に転生する ~美人な飼い主にモフられながら、破滅フラグはチートでこっそりへし折ります~  作者: 真野真名
第三章 王立学院に猫は潜む

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第五十話「冒険者宣言と北からの知らせ」




 冒険者になる。


 パティがそう宣言したのは、朝食の席だった。


「パティ、冒険者になるから」


 実に唐突だった。……いや、昨日の剣術実技のあとでは、唐突でもないのかもしれない。 当の本人は、何もなかったような顔で、パンにジャムを塗っている。


「ねえ、父様。冒険者になるには、どうしたらいいの?」


 昨日の一件など、どこ吹く風である。

 いや。もしかすると、昨日の一件があったからこそ、改めて口にしたのかもしれない。


 俺は、パティの椅子の隣に置かれた専用のクッションの上で、尻尾を揺らした。


 ロムルス公爵が、パンをちぎる手を止めた。 視線が、一瞬だけ娘の顔を探る。


「ほう。冒険者か」


「うん!」


「それは、なかなか大変な仕事だぞ」


「知ってる!」


「魔獣と戦うこともあるし、遠くまで旅をすることもある」


「うん!」


「雨の日も風の日も、野宿をしなければならんこともある」


「うん!」


 ……おや。

 思ったよりも、よく分かっている。

 少なくとも、冒険者を単なる旅行者だと思っているわけではなさそうだ。


 ロムルス公爵は、しばらく娘の顔を眺めていたが、やがて穏やかに頷いた。


「そうか。ならば、まずは好き嫌いせず、しっかり食べなければならんな」


「うん!」


「体力も必要だ。剣の稽古も続けること」


「うん!」


「それから、勉強も大切だぞ。地図が読めなければ道に迷うし、計算ができなければ報酬をごまかされてしまう」


「うん!」


「礼儀作法も忘れてはならん。旅先で誰と出会うか分からんからな」


「うん?」


 パティが、少し首を傾げた。


 俺は、内心で感心した。

 なるほど。

 冒険者になりたいという娘の夢を否定せず、食事と勉強と礼儀作法へ結びつける。

 実に見事な誘導である。

 この父親、なかなか侮れない。


 ただし、一つだけ問題があった。

 パティは、本気なのだ。


 ロムルス公爵がそれをどこまで理解しているのか、少々怪しいところではある。


「父様」


「何だ?」


「冒険者になったら、テトも連れていっていい?」


 ……おい。

 なぜ、そこで俺の名前が出る。


 公爵は、俺を見た。

 俺も、公爵を見た。


 しばし、沈黙。


「まあ、テトが嫌がらなければ、よいのではないか?」


「やった!」


 おいおい。そんな軽い調子で、俺の将来を決めないでくれ。


 もっとも、パティが本当に冒険者になると言い出したら、俺がついていかないという選択肢は、最初から存在しないのだろうが。


 猫という生き物は、自由を愛する。

 少なくとも、俺はそう思っていた。

 どうやら、自由にもいろいろあるらしい。


 そんなことを考えていたときだった。


 食堂の扉が、静かに開いた。


「旦那様。領都より、急ぎの報告が届いております」


 執事のセバスである。


 その手には、封蝋の施された書状があった。


 ロムルス公爵は、わずかに眉を寄せた。


「朝からか。何事だ?」


「王都と領都を結ぶ街道にて、魔獣の出現が増えているとのことです」


 魔獣? 俺の耳が、ぴくりと動いた。


 ロムルス公爵は書状を受け取り、封を切った。目を通すうちに、その表情が少しずつ険しくなっていく。


「……ふむ。これは、放置できんな」


「何かあったのですか、父上」


 向かいの席から、アウグストが尋ねた。


「お前にも関係のあることだ」


 ロムルス公爵は、書状を息子へ差し出した。


「私にもですか」


 アウグストは、フィロパトール騎士団の団長でもある。

 普段、王都の公爵邸にいることも多いが、騎士団の本隊は領都に駐屯している。王都と領都を行き来しながら、領地の防衛を統括しているのだ。


「街道沿いで魔獣の目撃が増えている。ここ数日で、荷馬車が襲われたという報告もあるそうだ」


「被害は?」


「負傷者が数名。幸い、死者は出ておらん。ただし、商人たちの間では、すでに不安が広がり始めているらしい」


 アウグストは、書状を読み進めた。


「……森の外縁部で、通常は見られない魔獣も確認されていますね」


「うむ。単なる個体数の増加ではないかもしれん」


 フィロパトール公爵領は、王都を中心とする中央直轄領の北側を囲むように広がっている。

 王都から領都までは、公爵家の馬車で六時間ほど。遠くはないが、王都の北を守る要衝だ。

 街道が危険になれば交易に支障が出るし、魔獣がさらに南下すれば、王都そのものが脅かされる。


 フィロパトール家としては、無視できる問題ではなかった。


「私が領都へ向かいます」


 アウグストが言った。


「ケンドに連絡を。騎士団本隊から、森の調査に適した者を選抜させます」


「うむ。必要であれば討伐も許可する。ただし、まずは原因を調べることだ。むやみに森へ踏み込んで、被害を広げることのないようにな」


「承知しました」


 話が早い。さすがに優秀だな。


 俺が感心していると、隣から元気な声が上がった。


「魔獣!」


 あっ……嫌な予感がする。


「兄様、魔獣を倒しに行くの?」


「調査が先だ。必要なら討伐もする」


「じゃあ、パティも行く!」


 ……やっぱり。


 アウグストは、即座に首を振った。


「駄目だ」


「えー!」


「まだ早い」


「パティ、剣も使えるよ!」


「知っている。ケンドから報告も受けている」


 アウグストは、妹の目を見て続けた。


「お前が努力していることも、少しずつ強くなっていることも知っている。だが、訓練と実際の魔獣討伐は違う」


「でも……」


「魔獣は、こちらの都合に合わせてくれない。負けたからといって、次の試合を待ってもくれない。剣が使えることと、危険な場所へ行ってよいことは、別の話だ」


 そうだ、実に正しい。俺は、全面的に賛成する。

 十歳の少女を魔獣の森へ連れていくなど、保護者としては論外である。しかも、相手は何が出てくるか分からない魔獣の森だ。


「分かった」


 パティは、少しだけ唇を尖らせた。

 だが、それ以上は言い募らなかった。


 アウグストは、そんな妹の頭を軽く撫でた。


「お前がもっと強くなって、自分の身を守れるようになったら、そのときに考えよう」


「ほんと?」


「ああ。ただし、ケンドが認めるくらいになってからだ」


「うん!」


 ん? 意外と素直に引き下がったな。

 まあ、何事もなく済むなら、それに越したことはない。

 俺は、安心して尻尾を丸めた。


 そのときは、まだ知らなかった。

 今回の騒動が、結局、俺の仕事になるということを。




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